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ESG投資の時代が訪れた。企業に求められるESG開示とは?グローバルトレンドは他人事ではありません。

伊藤和子弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長
東京証券取引所の風景

■ ESGとは?

 4月終わりに 「#Metooのインパクト セクシュアルハラスメントが投資(ESG)リスクに急浮上 他人事ではない」という記事を書いたところ、本文の内容に対する感想とともに、「初めてESGという言葉を知りました」という感想を多く頂きました。

 一部では知られているESGですが、まだまだ認知度が低く、「なんですか? 」と率直に聞いてくださる方はいいのですが、知ったふりをして聞き流す方が少なくありません。

 ESGとは、E(Environmental 環境)、S(Social 社会)、G(Governance・ガバナンス)のことです。

 企業が環境・人権等の社会的責任を果たし、しっかりとしたガバナンスを確保することを投資家は求めるようになり、短期的な利益だけでなく、長期的な持続可能性と社会的責任への対応に注目するようになってきたのです。

 そして、世界の流れは確実にESG投資の時代となっています。

 たとえばNHKクローズアップ現代+の昨年の特集がわかりやすいですね。

  2500兆円超え!?世界で急拡大“ESG投資”とは

 先日もご紹介しましたが、4月の日経新聞はこう伝えています。

日経新聞 企業、ESG対策手探り

 株式市場を席巻する新たな潮流に企業が戸惑っている。欧米で広がる「ESG投資」は環境や社会への配慮、企業統治が優れた企業を選んで投資する手法だ。

出典:日経新聞2018年4月6日

出典:日経新聞2018年4月6日

 グローバル経済の中では、世界の潮流に日本が取り残されると、思わぬことになります。そこで、日本のなかでもESGがトレンドとして話題になり始めたのです。

 日経が出している雑誌に『日経エコロジー』という企業向けの雑誌がありますが、4月からなんとタイトルが『日経ESG』に代わっていました。雑誌にウェブサイトにこのようなメッセージを見つけました。

企業経営を取り巻く環境は今、大きく変化しています。「環境(E)」だけでなく「社会(S)」や 「ガバナンス(G)」ESGを考慮した取り組みを進めることが経営基盤の強化にかかせなくなっています。

 2015年に国連がSDGs(持続可能な開発目標)を定めて以降、この目標実現にとっても不可欠なこととして、企業のESGに関する姿勢が問われるようになってきています。

出典:日経エコロジー

 環境汚染をしたり人権侵害をする企業というのは、世界的には市民から見放され、株主も引き上げ、深刻な経営リスクに直面します。そうしたリスクのあるところへの投資を控える、というのが世界のトレンドとして当然になってきているのです。

 そして年金や保険のように、多くの人の資金を預かる巨大な機関投資家であるほど、地球の未来に責任を果たそうと考え、むしろ積極的に、環境に配慮したり、人権を尊重するところにこそ投資をしていこう、という動きになってきているのです。

 ただ日本では、諸外国に比べてESGのトレンドはまだまだ普及しているとはいえず、その鍵を握るのが透明性の確保という課題です。

 そこで、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウでは、ESGを促進するための提言書「非財務情報(ESG) 開示をめぐる国際的動向と提言」を公表しました。ここではそのリサーチ結果のポイントをご紹介します。

■ ESG情報開示に向けて 始まった議論

 この間のESG投資とESG情報開示に関する動きを見てみましょう。

 日本の最大の投資家といえば、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)。厚生労働大臣から寄託された年金積立金の管理及び運用をしており、私たちのお金ですから、長期的に未来を見据えた運用をしてもらいたい、ということになりますね。

 そこで、GPIFは2015年に、国連責任投資原則という国連が定めた責任ある投資のための原則に署名しました。

 同原則では、機関投資家には、受益者のために長期的視点に立ち最大限の利益を最大限追求する義務があるとして、この受託者としての役割を果たす上で、環境上の問題(Environment)、社会の問題(Social)および企業統治の問題(Governance)(ESG)が重要であるとして、投資対象の企業等に対してESGの課題について適切な開示を求め、きちんと対応しないところにはエンゲージメントを進めていくとされています。ESGに関するGPIFの説明は、こちらです。

2016年には、企業年金連合会もPRIに署名しています。

 これに先立つ2014年、日本版スチュワードシップ・コードである、「責任ある機関投資家の諸原則」が策定されました。この文書でも「機関投資家は、投資先企業の持続的成長に向けてスチュワードシップ責任を適切に果たすため、当該企業の状況を適格に把握すべきである。」とされ、把握すべき内容としては、社会・環境問題に関連するリスクに関わる事項が想定されるとしています。

 一連の流れで、ESG情報に関する企業の情報開示や把握ということが繰り返し強調されています。

 投資家としては、投資先の企業が環境面、人権面でどんなことをしているのか、どんなガバナンスを確立しているのか、ということを企業側から明らかにしてもらわないと、いくらESGを重視した投資をしたいと考えても、どうしようもありません。

 そこで、日本でもESG情報の開示、ということが議論され始めたのです。

■ しかし、諸外国ははるかに進んでいる。

 GPIFのPRI署名のインパクトは大変ポジティブで、ESGというトレンドを日本の投資環境に意識させた功績はとても大きいと言えるでしょう。 しかし、こうした動きはまだまだ諸外国から見れば圧倒的に遅れているのが現状です。

 ヒューマンライツ・ナウでは、提言書「非財務情報(ESG) 開示をめぐる国際的動向と提言」 のなかで、各国のESG開示についての法制や規則を調査し、公表しました。

 提言書では、EU諸国のほとんど、そしてアジアでも、日本よりはるかにESG情報の開示が進んでいることがわかります。

欧州のようにESG開示を法制化で義務が課されている国もある一方、アジアでは証券取引所が独自のルールを策定する動きが日本よりはるかに進んでいます。そこで主だった諸外国の状況の概要を紹介します(内容は要約しています)。

  

■ 欧州- EU非財務報告指令

 EUは、企業の社会的責任について活発な議論を展開してきましたが、2014年10月、欧州議会及び欧州理事会は、年次財務諸表、連結財務諸表及び関連する開示に関して規定する欧州議会理事会指令を修正し、平均従業員数が500人を超える企業に対して、ESGに関する情報開示を義務付ける欧州議会理事会指令(「EU非財務報告指令」という。) を採択しています。そこでは、少なくとも、環境、社会及び従業員、人権の尊重、腐敗防止・贈収賄に関する事項に関連して、以下のような情報を、毎年の経営報告書に含めなければならないとされています。

・ 取り組み方針の説明とその結果

・ 主要なリスクの特定と、対処方法

・ キーとなる業績指標(Key Performance Indicators (KPI))

 そしてこの指令で、EU加盟国は、2016年12月6日までに、当該指令を国内法化することが義務付けられました。現時点で既に、EUでは、スペイン以外の27か国においてこのEU指令に基づくESG開示の立法が制定されています。スペインについても法制化が進んでいると言われています。

■ 英国現代奴隷法

 欧州で最も有名なESG開示の立法は、2015年にイギリスで成立した「現代奴隷法」(Modern Slavery Act 2015)でしょう。

 イギリスにおいて全部又は一部の事業を営んでいる、または商品又はサービスを提供している、年間の売上高(Turnover)が3600万ポンド以上の企業に対して、「奴隷と人身取引に関する声明」を公表することが法律上義務付けられています。

 日本企業もこの基準を満たせば開示をしなければならないとされています。

 そこで開示されるべき情報は以下のとおりとされていて、その企業のウェブサイトの一番目立つ場所に開示されなければならないとされています。

・企業のストラクチャー、事業及びサプライチェーンに関する情報

・企業の奴隷労働及び人身売買の防止に関するポリシーに関する情報

・企業の事業及びサプライチェーンの中における奴隷労働及び人身売買の防止のためのデュー・ディリジェンスのプロセスに関する情報

・企業の事業及びサプライチェーンの中で奴隷労働及び人身売買が行われるリスクに関する情報と、その企業におけるリスク評価とリスク管理のための取組みに関する情報

・奴隷労働及び人身売買がその事業又はサプライチェーンの中で行われないことを確保するための取り組みの有効性に関する情報

・企業の従業員に対して提供されている奴隷労働及び人身売買に関する教育制度に関する情報

 奴隷、人身取引というと「そんな極端な問題はありえない」という認識をされるかもしれませんが、児童労働、債務労働、移民労働(パスポートを取り上げられたまま就労し移動の自由が制限されているひどい例もあります)、あまりにも過酷で賃金が低い場合、などは奴隷労働や人身取引と評価されることがあります。自社だけでなくサプライチェーン、つまり下請けや委託先工場、さらに原材料調達にもさかのぼって取り組みをしている状況を開示しなければならないというので、重い責任なのです。なお、オーストラリアでも現在、類似の法律の制定が審議されています。

■ フランス「人権デュー・ディリジェンス法」

 フランスでも、2017年3月、EU非財務報告指令を受けて「人権デュー・ディリジェンス法」が制定され、施行されています。

 この法律は、フランス国内に5000名超又は世界規模で1万名超の従業員(当該企業又はその子会社に雇用される従業員)を有するフランス企業は、自社、子会社、並びに確立したビジネス関係を有する下請け及びサプライヤーの事業活動における人権及び基本的自由、健康への影響、環境への重大な影響、並びに、人身傷害に関するリスクの特定及び軽減を図るメカニズムについての計画を策定し、年次報告書の中で開示する義務を課されることにしています。

■ 米国

 米国では、カリフォルニア州で、「サプライチェーン透明化法」としてESG開示'が定められているほか、連邦レベルでも、個別に人権侵害が発生しやすい紛争地の鉱物の問題について紛争鉱物規制が行われ、開示義務が課されています。

 こうした動きは欧州と米国だけでなく、日本以外のアジアにも広く及んでいます。アジアでは、証券取引所の規則として、詳細なESG開示が義務付けられる形式が多くみられています。

■ シンガポール証券取引所規則

 シンガポール証券取引所は2017年から、上場企業に対してサステナビリティー報告書の公表、また公表しない場合はその理由の説明(Comply or Explain)を求めています。開示するESG情報としては以下のこと等が指定されています。

・「重要なESG要素」 当該会社に係る重要なESG要素を特定し、その理由を説明する

・「政策、実践及びパフォーマンス」 特定した重要なESG要素ごとに当該企業の政策、実践及びパフォーマンスを記載する

・「目標」 特定した重要なESG要素ごとの将来に向けた目標を設定する

・「ステートメント」重要なESG要素を決定し、当該重要なESG要素を管理している役員会のステートメントを含める

■ 中国でもESG開示

 中国では、深刻な環境汚染を背景に、国務院が中央企業に対してCSR報告を義務付け、上海証券取引所は上場企業のうち3種の企業に対しCSR報告の作成及び開示を義務付け、他の上場企業に対しても自主的にCSR報告を作成及び開示することを求めています。

 さらに、深せん証券取引所も、上場企業に対して自主的にCSR報告を作成及び開示することを奨励し、その後一定規模を満たした企業についてはCSR報告の開示を義務付けています。

 このほか、中国でESG投資が急速に進展している状況がこちらのレポートからもお分かり頂けると思います。

■ 他のアジア諸国

 このほか、マレーシア、台湾、インドの証券取引所でCSR報告書やステートメントの開示が規則等で求められています。

■ 日本でも諸外国並みのルールで透明性の確保を

 一方、日本には何らかのルールがあるのでしょうか。

 東京証券取引所等に上場する会社等は、同取引所の有価証券上場規程上、コーポレート ガバナンス報告書の開示が求められています(東京証券取引所有価証券上場規程419条)。

 この運用は2015年から始まっており、社会・環境問題をはじめとするサステナビリティーを巡る課題、女性の活躍促進を含む社内の多様性の確保、内部通報に関する対応が原則として示され、その実施または実施しない場合にはその理由の開示が求められることとなっています。

 しかし、諸外国で求められている開示に比べてその内容はきわめて抽象的なため、サプライチェーンにまでさかのぼって人身取引や児童労働がないかどうか、環境汚染対策をどうしているのか、というような厳しい方針や取り組み結果の開示までは求められていません。

 一言でいえば、ゆるい。耳障りのよい態度表明をしていれば済むというレベルです。

 現在、「コーポレート ガバナンス・コード」は改定作業中ですが、このESG開示についてはほとんど改善が見られない原案が示されています。大変残念です。

 透明化が進まないことのデメリットはなんでしょうか。

 ESGに関する情報開示が十分でないことは、ESG情報にセンシティブな投資家からは投資判断ができない、ということになります。

 特に海外の大手の投資家は大変シビアな目で投資先のESG情報を見て投資しているので、きちんと説明責任を果たさない日本企業には投資がこない、ということになってしまいます。さらに、ESGを意識するGPIF等の日本の有力な機関投資家からみても、ESG情報開示が十分でないまま推移するのは好ましい投資環境とはいえないでしょう。

 日本政府も、2017年6月に閣議決定された「未来投資戦略2017」等で、ESG要素に関する情報開示について少し言及していますが、法制化などの抜本的な進捗はみられません。

  そこで、ヒューマンライツ・ナウでは、「コーポレート ガバナンス・コード」の改定案にパブリックコメントを出し、提言書では以下のとおり提言しています。

・コーポレートガバナンスコードの改定にESG開示をEU指令なみのものとすること  

・有価証券報告書における非財務情報開示の促進  

  少なくとも、人権の分野に関しては、早急に以下の点を開示する必要があると考えます。

・事業およびサプライチェーンに関して、ILO条約の促進及び遵守などの方針と企業活動上の人権リスクへの対応(とりわけ強制労働、奴隷労働、人身売買、児童労働、障害者・性的少数者・外国人差別・職場におけるハラスメント)

・障害者差別解消法に基づく障害者施策の情報、性的少数者、外国人も含めた多様性確保と差別禁止のための方針

・女性活躍促進法・男女雇用機会均等法に基づく男女平等・女性の活躍に関する取り組み、差別解消法に基づく障害者施策の情報、性的少数者、外国人も含めた多様性確保と差別解消のための取り組み

・女性差別、女性に対する暴力、セクシュアルハラスメント、パワーハラスメントに対する防止、被害救済のための方針と相談対応・調査・救済に関する体制

さらに

・これと併せて、イギリスの現代奴隷法、フランスの人権デューディリジェンス法と同様の法律を日本としても制定すること

を重要な課題として提起しています。

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■ 企業のモラルハザードや人権侵害をなくすために

 ESGのなかで、これまでS=Socialは軽視されてきましたが、Socialの中核をなす人権・労働が近年強く意識されるようになってきました。これは日本においては大変重要なことです。

 昨今、日本では、人権や差別、ハラスメントに関連した企業不祥事が絶えませんし、財務省のような省庁、スポーツ界でも、セクハラや暴力、差別等の問題が次々と明るみに出ています。日本社会そのものが、人権、環境や持続可能性などを軽視し、モラルハザードに陥っているのではないか、と心配される事態が続いているのです。ブラック企業、過労死などの横行をみると、日本では最も大切なものである人的資源=人を使い捨てにしているのではないか、それでいいのか、という疑問が生まれます。そうしたなか、長期的な視野に立ったイニシアティブが社会の中から生み出されることが期待され、ESG投資はそのひとつの流れといえるでしょう。

 投資、特に年金や保険は、ひとりひとりの市民のお金から来ています。未来に責任をもたない、サステナブルでない、ハラスメントが横行し、差別的で、人間を使い捨てにする、そんな企業慣行を厳しくジャッジして、誰もが働きやすく地球にやさしいビジネス、持続可能な未来に貢献するビジネスにこそ投資していく役割をESG投資が担っています。

私たちの提言についても、是非投資家の方々とも議論をして進めていきたいと考えています。

※ 5月22日夜に広尾・聖心女子大学でヒューマンライツ・ナウはESG投資・ESG開示に関するセミナーを開催し、今回公表した提言書についても発表します。この分野で第一線で活躍されている方々を講師にお迎えして議論する予定です。

 ESGについて知りたい方にお勧めです。ここでは昨今問題となっているセクハラ問題等に関連する議論もできればと思っています。

 ESG開示・ESG投資をめぐる国際的動向と日本の課題」 http://hrn.or.jp/news/13852/

※ こちらは主に一般の方向けの概説ですので、わかりやすく開示事項等をまとめています。厳密かつ正確な開示事項・条件等については、提言書、そして原典にあたられるようお願いいたします。

  

  

弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

1994年に弁護士登録。女性、子どもの権利、えん罪事件など、人権問題に関わって活動。米国留学後の2006年、国境を越えて世界の人権問題に取り組む日本発の国際人権NGO・ヒューマンライツ・ナウを立ち上げ、事務局長として国内外で現在進行形の人権侵害の解決を求めて活動中。同時に、弁護士として、女性をはじめ、権利の実現を求める市民の法的問題の解決のために日々活動している。ミモザの森法律事務所(東京)代表。

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