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AV強要・被害者の訴えを受け、刑法「淫行勧誘罪」で関連業者を逮捕。この摘発の持つ意味は何か。

伊藤和子弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

■ AV強要問題に新しい展開

 「モデルになりませんか?」「タレントになりませんか?」などと女性を騙して、AV出演を強要される被害。あまりにも深刻な人権侵害の訴えが相次いでいます。

 政府が被害をなくすために対策に乗り出しましたが、それでも悪質な勧誘が続き、業界の自浄作用があまりみられませんでした。

 そんななか、今年に入って、新しい展開がありました。被害者の訴えに警視庁が動いたのです。  

アダルトビデオ(AV)に出演経験のない女性にAV出演を強要して性交させたなどとして、警視庁はAV制作会社「ビエント」(東京都杉並区)社長の■■■=と芸能プロダクション「ディクレア」(渋谷区、閉鎖)元営業部長の■■■■の両容疑者を淫行勧誘の疑いで逮捕し、19日発表した。■■容疑者は容疑を一部否認し、■■容疑者は認めている。

:https://www.asahi.com/articles/ASL1M323JL1MUTIL002.html?iref=pc_extlink|朝日新聞

}}}( 被疑者名等を一部省略)。

 珍しいのは、刑法の「淫行勧誘罪」という罪が適用されたことです。

 TBSが以下のように報道しています。

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淫行勧誘罪とは、淫行の常習がない女性を営利目的で勧誘して性交させることを禁じた法律ですが、警視庁によりますと、全国で昭和11年以来、実に82年ぶりの適用ということです。

出典:TBSニュース

 いったいなぜこのような条文が適用されたのでしょうか。その影響はどういうところにあるのでしょうか。

■ 淫行勧誘罪とは?

 淫行勧誘罪は刑法182条に規定があり、条文は以下のとおりです。

(淫行勧誘)

第百八十二条 営利の目的で、淫行の常習のない女子を勧誘して姦淫させた者は、三年以下の懲役又は三十万円以下の罰金に処する。

 ここで、「淫行の常習」というのは、

 不特定人を相手に性的交渉を持つ習慣のこと、とされています(前田雅英・刑法各論講義 第6版)。

 性交渉の経験がない女性を勧誘した場合に限る者ではありませんし、年齢も問わないとされています。

 AV出演や売春などを業務としていない人を勧誘してAV出演させ、性交渉をさせた場合は、広くこれに当てはまることになります。

 また、ここに「勧誘」というのは、対象となった女性に性交渉の決意を生じさせる一切の行為を含むとされ、勧誘が少なくとも性交渉に至る一因となっていれば、「勧誘」にあたるとされています(大コンメンタール刑法)。

 そして、この罪は、勧誘した段階でなく、女性に性行為をさせた段階で成立する(既遂となる)とされています。

 AV出演のプロセスでは、スカウト、プロダクション、制作会社、メーカー等が関わってきますが、出演して性交渉をする結果をもたらす行為を行ったのであれば、プロダクションだけでなく、スカウトや制作会社、メーカーでも処罰対象となりうることになります。

 他方、出演した女性、共演して女性と性交渉をした男性は原則として処罰されないことと考えられています。

 ただ女性が嫌がっているのに無理やり性交渉をしたり、自ら説得したり、積極的に加担した男優は、処罰の対象となりえるでしょう(大コンメンタール刑法より)。

■ なぜ82年ぶり?

では、なぜこの法律は使われなかったのでしょうか。おそらく戦後に入って売春防止法などの新しい法律ができたことによると思います。

 昭和31年に制定された売春防止法には、売春をさせた関係者・業者を処罰する規定があります。関連する条文は例えば以下のようなものですね。

第七条 人を欺き、若しくは困惑させてこれに売春をさせ、又は親族関係による影響力を利用して人に売春をさせた者は、三年以下の懲役又は十万円以下の罰金に処する。

2 人を脅迫し、又は人に暴行を加えてこれに売春をさせた者は、三年以下の懲役又は三年以下の懲役及び十万円以下の罰金に処する。

第十条 人に売春をさせることを内容とする契約をした者は、三年以下の懲役又は十万円以下の罰金に処する。

第十二条 人を自己の占有し、若しくは管理する場所又は自己の指定する場所に居住させ、これに売春をさせることを業とした者は、十年以下の懲役及び三十万円以下の罰金に処する。(以上、抜粋)

 たいていの悪質な勧誘事例は、この売春防止法を適用すれば足りる、ということで、淫行勧誘罪がほぼ使われなかったことが推測されます。このほか、児童福祉法、児童ポルノ法で、子どもに性行為や売春をさせる行為を禁じる条文もつくられ、淫行勧誘罪の目的はほぼ他の法律で達成されるとみられてきたのです。

 しかし、AV出演は売春には該当しないという説が有力であり(対価は性交渉ではなく出演の対価だと言われ、相手方が不特定ともいえないなどが理由とされています)、売春防止法が適用できないことから、深刻な被害が続くAV出演強要事例に対応するために、この長らく使われなかった条文を使おう、ということになったのではないか、と推察されます。

■ 泣き寝入りしてきた被害者を救うことに。

 今回の摘発、まだ警察の捜査が始まったばかりで、起訴・裁判の行方を見守りたいと思いますが、AV強要事例について淫行勧誘罪での有罪判決が、判例として確立していくことになれば、悪質な勧誘や強要被害をなくし、泣き寝入りしてきた被害者を救うために大きな前進となるのではないか、と期待することができます。

 なぜでしょうか。

 これまで、AV出演強要については、被害が深刻であるのになかなか関連業者が刑事処罰を受けないままできました。

 AV出演強要は、「強要」「強制性交等」などの罪にあたる場合が多いはずです。しかし、女性に対する脅しや強要などの行為が目に見えにくいところで密かに行われることが多いため、強要等を裏付ける客観的証拠に乏しいことが多い一方、出演の「同意書」などを取られていることもあり、なかなか立件がしにくい実情がありました。

 また、売春に該当しないと解釈されていますので、「人を欺き、若しくは困惑させてこれに売春をさせる」という売春防止法の条文も適用されません。

 最近は、AVへの勧誘や派遣について、職業安定法、労働者派遣法などによる業者の摘発が何件か続きました。

(職業安定法)

第63条 次の各号のいずれかに該当する者は、これを一年以上十年以下の懲役又は二十万円以上三百万円以下の罰金に処する。

二 公衆衛生又は公衆道徳上有害な業務に就かせる目的で、職業紹介、労働者の募集若しくは労働者の供給を行つた者又はこれらに従事した者

(労働者派遣法)

第58条 公衆衛生又は公衆道徳上有害な業務に就かせる目的で労働者派遣をした者は、一年以上十年以下の懲役又は二十万円以上三百万円以下の罰金に処する。

 しかし、これらは労働関係の法律ですので、適用される前提として、AV出演をさせられた人が「労働者」であることが要件となります。

 しかし、強要被害にあった女性が果たして労働者なのか? と聞かれてもきっと戸惑うことでしょう。

 AV強要事例では、多くの場合、プロダクションもメーカーも契約書を被害者に交付しないまま、出演を強要することが多く、労働契約であることを立証するために、被害者から契約実態について事情聴取をしたり書類を取り寄せるなど、立証にはいくつかのハードルがあります。

 また、これらの法律での摘発を避けるために、プロダクションの多くが、AVの勧誘を受けた女性との契約書にあえて労働契約と書かず、「タレント契約」「業務委託契約」などの契約書を締結してカムフラージュをしてきました。最近では、女優が労働者でなく独立自営業者である、という前提の統一的な契約書を作る動きもありました。そのような契約書にサインしてしまうと、「独立自営業者だね」ということで、被害者が法律の保護を受けられなくなることも危惧されてきました。

 こうしたなか、淫行勧誘罪が適用されることとなれば、「労働者か否か」に関わらず、AV出演を望んでいない女性を不当に勧誘して出演させ、本番の性行為をさせる行為を広く処罰対象とすることができます。  今後、不適切な勧誘を防止することにつながり、被害をなくすうえで大きな前進になるのではないかと期待されます。

 また、職業安定法、労働者派遣法とも、スカウトやプロダクションを処罰することができても、制作会社やメーカーを処罰対象としていませんでした。労働者派遣法58条は、有害業務に労働者を派遣した派遣元は処罰対象ですが、労働者の派遣を受けて有害業務をさせた派遣先は処罰対象とされていません。

 しかし、淫行勧誘罪では、女性に性行為を決意させ、その原因をつくる行為が処罰対象となりますので、メーカーや制作会社も処罰を免れないこととなります。本番の性交渉を前提としたAV制作を企画・立案したうえで、女性に出演をされて性交渉を含む撮影を行うプロセスに積極的に関与した関係者が広く処罰対象となる可能性があります。

 今回も、AV制作会社の社長が逮捕されており、業界に激震が走ることは想像に難くありません。

 これを機会にAV業界は今度こそ真剣に、強要被害をなくすために、制作の在り方を根本的に改めるべきでしょう。

 メーカーや制作会社はこれまで他人事のように、自分たちの責任を否定し続け、被害者がいくら「販売を差し止めてほしい」と求めても無視するケースが後を絶ちませんでしたが、今後このような他人事の態度は通用しなくなるのではないでしょうか。

■ 今後に向けて

 以上のとおり、淫行勧誘罪による摘発がもつ意義を考えてきましたが、これでAV強要問題のすべてが解決するというわけではありません。

 淫行勧誘罪は古い条文のままで、勧誘の対象となるのは女性に限られ、「姦淫」は性交のみで、口淫、肛門性交等は含まれていません。

 昨年刑法が改正され、男性の被害も強制性交等罪(旧・強姦罪)の対象となりましたが、AV強要に男性の被害もあることを考えると、今後この条文も改正したほうがいいのでは、と思われます。

 また、売春防止法12条の管理売春などと比べると、淫行勧誘罪の刑は軽いので、均衡を欠いており、処罰規定・処罰類型を将来的に見直すことが必要でしょう。

 そして、被害者が一番苦しんでいるのは、自分が出演強要されたAVが販売・配信停止されずに半永久的にインターネット等を通じて広範に拡散・流通し続けることです。意に反する性行為をさせられた映像の販売・配信を迅速に止めることができる、そのことによって深刻な二次被害を防ぐ、法的な仕組みを確立することが被害救済にとっては不可欠です。

 被害をなくし、被害者を救済するためには、AV出演強要被害に関する特別立法を制定することが必要だと考えます。

 今回の摘発とその後の司法判断を注目しつつ、こうした動きを受けて、特別立法への議論が本格化していくことを強く期待したいと思います。(了)

弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

1994年に弁護士登録。女性、子どもの権利、えん罪事件など、人権問題に関わって活動。米国留学後の2006年、国境を越えて世界の人権問題に取り組む日本発の国際人権NGO・ヒューマンライツ・ナウを立ち上げ、事務局長として国内外で現在進行形の人権侵害の解決を求めて活動中。同時に、弁護士として、女性をはじめ、権利の実現を求める市民の法的問題の解決のために日々活動している。ミモザの森法律事務所(東京)代表。

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