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ネットで事実に反する誹謗中傷を受けたらどうしますか? やってみると簡単。池田信夫氏への名誉棄損訴訟

伊藤和子弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長
「物言えば叩かれる」の風潮を変えましょう(画像は事案とは関係ありません)

■ 広がるフェイクニュース、ネット上のデマや中傷

  インターネットが普及し、特にSNS利用が浸透するなか、ネット上の誹謗中傷、名誉棄損は深刻になりつつあります

  記憶に新しいところでは、ヒラリー・クリントン氏が大統領候補の当時、「クリントン氏らが首都ワシントンのピザ屋に拠点を置き、児童への性的虐待や児童売買に関与している」との偽ニュースが流れ、大統領選挙にも一定の影響を与えたというのです。

  全く根も葉もないニュースなのに大量に拡散され、人々が信じることになり、大統領選挙にまで影響する、とても怖いことです。

  日本でもネット社会で、同様な被害が増えています。デマでも根拠がなくてもどんどんしつこく攻撃すればよい、という風潮が広がっているようです。

  私も弁護士という職業柄、特に女性の方から心無い誹謗中傷や名誉棄損を受けた! ということで、ご相談を受けたり案件を担当したり、ということをしてきましたが、なんと自分も被害にあうことになったのです。

■ 池田信夫氏に対する裁判

  私事で恐縮ですが、多くの皆さんの悩みとも関係することなので、紹介いたします。

  私は池田信夫氏という評論家の方に名誉棄損の訴えを起こして、この6月に東京高裁で勝訴判決をもらいました。

弁護士ドットコムニュースが伝えてくれています。

経済評論家の池田信夫氏にインターネット上で虚偽の情報を流されて、名誉を傷つけられたとして、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウの事務局長をつとめる伊藤和子弁護士が損害賠償などを求めた裁判の控訴審判決で、東京高裁は、計約57万円の損害賠償の支払いを命じた一審東京地裁判決を変更し、計約114万円の支払いを命じた。判決は6月22日付。

きっかけとなったのは、児童買春などの調査で来日した国連の特別報告者、マオド・ド・ブーア・ブキッキオ氏が2015年10月、日本記者クラブでの記者会見で発言した内容だ。ブキッキオ氏の発言は「日本の女子学生の3割(30%)は現在、援交をやっている」と訳されたが、「13%」の誤訳だったとして、のちに訂正された。

伊藤氏が(1)ブキッキオ氏がNGO関係者から聞き取りをおこなっていたこと、(2)その会合に参加したことをツイッターで報告したところ、池田氏は「(伊藤氏が)『日本の女子学生の30%が援助交際』などのネタを売り込んでいる」などとツイッターやブログで批判した。

出典:弁護士ドットコムニュース

   第一審の東京地裁判決は昨年11月に出ていたのですが、賠償額があまりにも少ない。そこで弁護士さんの勧めもあり、東京高裁に控訴をしたわけです。その結果、東京高裁では、賠償額が倍増しました

  それでも私の請求額から比べると少なく、謝罪広告も認められなかったので不満ではありますが、最高裁までやるということはせずに判決は確定しました。

  そして、その後、池田信夫氏は賠償額を耳をそろえて全額支払われました。

  結論からいいますが、根拠のないデマを言われた名誉棄損裁判ですから、相手は訴訟にまともに反論できず、やってみると簡単だった、ということになります。

■ 私が池田信夫氏に裁判を起こすことになった経緯。

   2015年10月下旬に、国連児童ポルノ等に関する特別報告者が来日し、この方が開いた記者会見で、日本の女子高生のなかでの援助交際の比率について13%が援助交際をしているなどと言及し、その後撤回するということがありました

   この一連の動きに関連して、ツイッターで20万人以上のフォロワーを持つ池田信夫氏が国連特別報告者に虚偽の報告をしたのは私であるとの、事実に基づかない情報を何度もしつこく流したのです。

   その経緯は、このヤフーニュース個人で以下に詳細に説明しています。

http://bylines.news.yahoo.co.jp/itokazuko/20151101-00051024/

   ちょうど、国連特別報告者が日本の女子高生の13%が援助交際をしていると発言した、というニュースが駆け巡り、世論が「誰がそんなことを?」と関心や怒りが高まった瞬間に、突然何の根拠もなく、池田氏が私が情報元と決めつけ、20万人以上のフォロワーに拡散されたわけですから、多くの人がそれを信じて、私を信用できないなどと言い出したのです。

  まさに根も葉もない「炎上」、こわいなと思いました。

  こうした行為は明らかに名誉棄損であり、私が国連に対し虚偽の事実を報告している、という誤解が生まれることは、弁護士であり、国際人権NGOの事務局長をしている私の信用を失墜し、業務にも影響が及びます。

  そこで私は、2016年4月に、池田信夫氏を被告として、東京地裁に名誉棄損訴訟を提起したのです。

■なぜ提訴したのか。

  こう振り返ると、とんとん拍子ですぐに裁判をしたのか、と思われますが、実は、すぐに訴訟をしようという話にはなりませんでした。

  医者の不養生みたいな話で、私自身、弁護士としてたくさん提訴してきましたが、自分が原告になるのは初めての経験、やはり自分が裁判をするとなるといろいろ躊躇を覚えるものです。

  弁護士費用は弁護士にとっても出費ですし、自分も裁判するとなると勝つために何年間も裁判最優先にしないといけない、自分で自分のことについて訴訟するのも気が重い。

  また、「池田氏なんか相手にしないでほしい」「伊藤さんはいろんな活動で忙しいのに、裁判まで時間を割かれるともったいない。そんな時間があるならもっと有効に活用してほしい」などと言われました。

  私も、「裁判長引くかなあ・・・面倒だあ・・・」と思っていたのです。

  そんな時、以前から親しかった佃克彦弁護士と弁護士会の懇親会で会う機会があり、佃先生が引き受けてくれることになりました。これはラッキーでした。 佃先生は名誉棄損分野の第一人者で、書籍も出されており、大変信頼してお任せしています。

参考・https://gunosy.com/articles/RPLOg

http://www.amazon.co.jp/%E6%9C%AC-%E4%BD%83-%E5%85%8B%E5%BD%A6/s?ie=UTF8&page=1&rh=n%3A465392%2Cp_27%3A%E4%BD%83%20%E5%85%8B%E5%BD%A6

■ 提訴した直後に起きたこと

  提訴されたことに池田氏はGW頃に気付いたらしく、Twitterでさらに誹謗中傷を始めました。

  このような訴訟はスラップ訴訟だ、という論旨で、不当訴訟だと大キャンペーンを開始し、さらに、私を名指しして「法廷内外で協力して、害虫を駆除しよう。」とTwitterで述べ、それをリツイートする人もいたのです。

  弁護士が弁護士でない人を提訴することがスラップ訴訟になるなら、弁護士が権利を侵害された場合何もできなくなり、弁護士は憲法上の裁判を受ける権利を奪われるということになりますが、まったくおかしな話です。

  また、人間を害虫になぞらえて駆除しようという言論は、ルワンダのジェノサイドやナチス時代の迫害でも使われたものであり、まさに異常な状況でした。

  そこで、こうした表現も不法行為に該当するということで、追加提訴をして追加賠償を求めました。東京地裁、東京高裁とも、この件についても不法行為と認め、賠償を命じています。

■ ところが提訴後は、、あっけない裁判

   提訴直後のリアクションが激しかったので、一体どんな裁判になるか、と思っていたのですが、裁判は証人尋問も行われず、あっさりと結審し、判決になりました。

   スラップ訴訟で訴訟自体失当である、という主張はありませんでした。   

   そして、池田氏は、真実性の証明をしませんでした。

   真実性の証明というのは、名誉棄損言動として訴えられた言動が、公共性を有し、真実であれば、名誉棄損は成立しないことになるので、「いや自分の発言は真実なのだ」と主張することで、名誉棄損で訴えられた場合は通常これを行うのです。

   この場合であれば、私が

  「『日本の女子学生の30%が援助交際』などのネタを売り込んでいる」のは事実であるということを証拠に基づいて主張、立証するということになります。

  ところが、池田氏はこの主張をすることを放棄したのです。

  そして、出てきたのは、仮に伊藤弁護士がそのような情報を提供したと言ったとしても、それ自体は伊藤弁護士の社会的信用を低下させるものではないので、名誉棄損ではない、というような珍説と言っては失礼かもしれませんが、裁判所から排斥される主張を展開されてきたのです。

  そうなりますと、裁判は早いです。数回で結審、判決となりました。私は出廷することは一度もなく、陳述書だけ準備しました。

  裁判の物理的・心理的負担はほとんどゼロです。

  そもそも根拠もない、証拠もないデマを言われた場合、名誉棄損の訴訟をすれば、根拠のないことを言いたい放題言った人間は、反論のしようがない、証拠も出せないため、裁判はすぐに終わり、勝訴できる、

  これが今回得られた大変ポジティブな教訓だったと言えるでしょう。

  そして、賠償金が低いと思ったら控訴をすればいいのです。

  根拠のないデマを言われた名誉棄損裁判の場合、簡単に勝てる、ということを是非お伝えしたいと思います。

  中には政治的に難しいケースもあるでしょうし、すべてのケースに当てはまらないかもしれませんが、何の根拠もない不当な非難や侮辱、攻撃に対しては、やはり泣き寝入りするのではなく、自分の権利のために裁判を利用することを皆さんにお勧めしたいと思います。 

   そして、安易に根も葉もない発言を続ける論者の方や安易にそれを拡散する方にも、そういうことを続けると制裁を受けます、賠償金を支払うことになります、ということをこれを機によく注意していただきたいと思います。

■ 泣き寝入りより権利行使したほうがいい。 

  私も当初提訴するか迷っていたわけですが、結果から見ると、やはり権利を侵害されたら救済手段を求めるというのが大切だと改めて思いました。

  「権利の上に眠る者は保護されない」、これは法学部に入ったばかりの頃に勉強する有名な格言ですが、改めて思い出しました。

  人には常々そのようなお話しをしている私も自分が直面して実感したわけです。

  法学部に入って最初の頃に読む本に「権利のための闘争」というイェーリングという人の本があり、

自己の権利が蹂躪されるならば,その権利の目的物が侵されるだけではなく己れの人格までも脅かされるのである.権利のために闘うことは自身のみならず国家・社会に対する義務であり,ひいては法の生成・発展に貢献するのだ.

出典:https://www.iwanami.co.jp/book/b248600.html

  というメッセージが有名ですが、まさにそうだと思います。

  と言いますのも、私の裁判経過を見ていた女性の方々から提訴時や判決時にたくさんのメッセージをいただき、「励まされた」「みんながやられっぱなしでもんもんとしていたが、すっきりした」「私も提訴してみる」等という方が多かったのです。

  同じ人物の被害にあっているという方にも何人もおあいしました。

  実際、こうした方の中にはその後、法的手段に訴えて、和解したり、裁判したり、解決される、という方がいるのを知っています。

  本当に、根も葉もない中傷の場合、相手の氏名等が特定されていれば、簡単に法的手段をとり、勝訴することができるはずですので、困っている方には是非お勧めしたいと思います。

  そして、そのためにも、弁護士はもっと敷居が低くならないといけないと痛感いたします。

■ 女性やマイノリティがターゲットにされやすい、物言えば叩かれる風潮

  私の場合、池田氏に一度もあったこもなく、なぜ、根拠もないのに断定するのかも全く意味不明でした。

  ところが、特にSNS上では、ある程度名の知られた人物が、自信たっぷりに断定口調で、「これが犯人」と事実無根でも名指しすれば、多くの人が「何か根拠があるのだろう」「きっと面識があり正しい人物評なんだろう」と思われ、拡散されたり信じられたりしていくのです。普通の方は、識者と言われる人が何の根拠もなく人を名誉棄損したり誹謗中傷するようなことはまさかすまい、と思うからでしょう。

  ところが、現実には、特にそうしたことがまかり通っているのです。

  こうした名誉棄損、意図的なデマ、誹謗中傷は、被害は男女問わずあるようですが、特に女性には深刻なように感じています。

  日本では、2015年にはシールズという学生グループのうち女子学生たちが、事実に反する名誉棄損や、とても性的に屈辱的な誹謗中傷を受けるという被害にあっていました。若いのに、突然多くの人の注目を集めるようになってしまった女子学生、免疫も準備もできていないのに、突然多くの人たちから誹謗中傷されるわけです。特にTwitterですと、匿名の誰だかわからない人間からの執拗な非難。抗議しようにもどこの誰かもわからない。気味が悪いし、社会的に発言したり、社会運動をしようとしても嫌になってしまいますね。

  また、女性の政治家の方たちも、タレントさんたちなど、執拗な被害にあっている人たちがいます。

  一言でいうと、物言う生意気な女は叩け  ということでしょうか。

  このように女性がターゲットになりやすいというのは、世界的にも広がっている現象のようです。

ヨーロッパ諸国では「女性に対するヘイトスピーチ」と定義づけ、すでにヨーロッパ評議会としても対策を講じることが決定し、各国で取り組みが始まっています。

   男性でも被害に苦しむ方もいると思いますが、なかなか反撃ができない、法的手段に訴えないであろう、とみなされた人やマイノリティが対象になりやすいように思います。そして、反論したり、法的手段に訴えたりしないと、どんどんエスカレートしていくでしょう。

  そして、こうしたことは、だれにでも開かれたインターネット空間等で行われているわけですから、見ている者も怖くなります。

  物言えば批判の域を超えて大々的に叩かれる、デマや性的な誹謗中傷される、という言論空間では、若い世代が委縮して物が言えなくなってしまうでしょう。

  良い政治家も育たない、民主主義も育たない。日本社会の健全な発展を阻害するものであり、残念なことです。

  提訴時に私は個人ブログにこのように書きました。

  

最近、社会的発言をする人、人権や自由に関する現在の日本の空気に危機感を抱き、政府のありように物申す人、権利を行使しようとする人に対し、インターネット上で事実に反する悪質な誹謗中傷や侮辱がなされるケースが増え、物が言いにくい萎縮した環境ができつつあります。特に女性がそうした誹謗中傷や侮辱のターゲットになりやすい状況があります。

  もちろん、インターネットその他での自由な言論は大切ですが、事実に反する個人への誹謗中傷はかえって言論を萎縮させるもので、言論空間にとってもマイナスです。

  私としては、この問題を法的に解決していくことが、同様の問題に悩む方々を励まし、社会にも一石を投じることになるのではないかと考えました。特に若い世代の人たちのためにも、現在の言論環境を少しでも改善するために行動したい、という思いもあります。

出典:ブログ

  このように簡単に勝訴できたことをご報告することを通じて、多くの方に泣き寝入りしたり委縮したりしないで、行動してもらいたいと願ってやみません。

  これから、「裁判女子」という言葉をはやらせたり、「裁判女子会」などをやってみたいと思います。

  そして、物言う女性は叩かれる、権利を主張するマイノリティは叩け、というような由々しき風潮をなくしていきましょう。

【参考】

 池田氏への名誉棄損訴訟 一審東京地裁判決 → http://mimosaforestlawoffice.com/documents/20161125_hanketsubun.pdf

 池田氏への名誉棄損訴訟 二審東京高裁判決(確定) → http://mimosaforestlawoffice.com/documents/20170711_kousoshin.pdf

弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

1994年に弁護士登録。女性、子どもの権利、えん罪事件など、人権問題に関わって活動。米国留学後の2006年、国境を越えて世界の人権問題に取り組む日本発の国際人権NGO・ヒューマンライツ・ナウを立ち上げ、事務局長として国内外で現在進行形の人権侵害の解決を求めて活動中。同時に、弁護士として、女性をはじめ、権利の実現を求める市民の法的問題の解決のために日々活動している。ミモザの森法律事務所(東京)代表。

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