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AV出演強要被害者に警察が衝撃の冷たい対応。「強姦で告訴?被害当日に警察に相談しましたか?」

伊藤和子弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

1 進むAV出演強要対策への対策

おかげさまで、AV出演強要問題は、政府全体で取り組む課題と位置づけられ、各省庁が連携して対策を進めることとなり、被害防止の啓発活動等も旺盛に取り組まれています。

2017年3月21日、アダル トビデオ出演強要問題・「JKビジネス」問題等に関する関係府省対策会議が設置され、 政府を挙げた取組を推進することとなり、本年4月は政府一体となった「AV出演強要 ・「JKビジネス」等被害防止月間」と位置付けられました。

昨年から見れば、「進んだなー」と思い、携わってきたものとして大変感慨深いです。関係者の皆様にはまず、お礼を申し上げたいと思います。

2 ところが、、、ある日の警察対応にショック

4月はAV出演強要問題に関する集中月間だったことから、私はある女性のご相談を受けて、一緒に警察に被害相談に行くことにしました。

実は、その対応が大変ショックなもので、私もこの20年くらい女性の人権の問題で警察に被害者と同行したなかでも、ワースト1ではないか、と深く記憶に刻まれることになりました。

「日本の女性の性的被害に対する警察対応はまだこのレベルのところがあったのか?」

がんばっている警察の方々がいらっしゃることを知っていただけに衝撃だったのですが、「二度と繰り返してほしくない」との思いから、事例を振り返ってみたいと思います。

(1)  その女性は深刻なAV出演強要被害にあい、このことについて2016年6月にある警察署に被害相談にいき、取調べを受けましたが、その後ほどなくして、同警察署から「証拠がないため捜査を打ち切る」などと言われたそうです。

その話は私から見ると「なぜ? 」と疑問が残るものでしたが、私自身警察に同行しなかったので、「いまだに被害者一人で行くと警察は冷たいことがあるよなあ。。」(これは、性犯罪被害のご相談に乗るたびにいつも感じていることなのです、本当に残念ながら)ともやもやしていました。

しかし、4月が集中月間! ということで、これまで取り組まなかった被害救済もがんばってくれるかもしれない、そんな希望を持って、私は彼女と一緒に4月の半ばに関東地方のある警察署を訪問しました。

女性は厳しい処罰を求めていましたので、労働者派遣法、職業安定法だけでなく、強姦、人身取引などの犯罪についても告訴・告発する書面を用意して出かけました。

(2) ところが、警察署で最初に対応した生活安全課の2名の警察職員に被害者の方が「昨年6月に相談に来た」といったところ、最初のリアクションは「そのような記録はありませんよ」でした。

それはおかしい、と言ったところ急きょ記録を探し始め、「ありました」「別に終わりにはしてないですよ」というのです。

「それなら、なんで進めてくれなかったのですか」と女性が質問したところ、「まあ、いろいろ忙しくて」と笑ってごまかすという対応でした(この時点で女性はショックを受けてしまいましたね)。

私は気を取り直して告訴状を示し、告訴する罪として、強姦、人身取引などがある、と伝えたところ、女性の警察職員から

「強姦であればここでは扱えません。ここで扱えるのは労働者派遣法や労働法関係だけです」「強姦なら刑事課ですが、こちらでやるか、刑事課に行くか、どちらにしますか」と聞かれました。

AV出演強要と言っても、労働者派遣法なら生活安全課、強姦なら刑事課、と管轄が別れるのは、まあ、弁護士にはわかります。

しかし、被害者の方から見ればひとつの被害ですから、なんとかならないのか、窓口一つにできないか、と思いますよね。

(3) ただ、私が耳を疑ったのは次の一言でした。

「強姦を主張するんですね、そうすると被害にあったその日のうちに警察に電話しましたか?」と女性の警察官が聞いてきました。

「え? どういう意味ですか? 」と聞くと、

「強姦の被害にあった方はふつう24時間以内に警察に連絡しますよね。」などというのです。

私は、「いいえそれは違います。私は性被害案件を多数扱ってきましたが、多くの被害者は24時間以内に警察に被害相談したりできないのが現実ですよ」と言いました。

すると警察官は「被害にあった方というより警察が対応する被害者、ということですね。」

そしてさらに

「私も以前、刑事課にいたので、たくさん強姦事件を扱ってきましたが、私が事件処理をした事件の被害者のほとんどは24時間以内に警察に被害相談にきていましたよ。そうでない案件は立件した例はみたことがありません。24時間以内に来ない場合は証拠もなくなってしまいますから、立件は難しいです。」

と、被害女性の立件は受け付けられないかのような発言をしたのです。

近年、警察では、性犯罪証拠採取のためのDNAキッドによる証拠保全が進んでいます。それによって、見知らぬ人からの強姦でも証拠を保全できるし、科学的な証拠による裁判が可能になるなど、大きな前進がありました。

そこで、支援団体さんなども、「被害にあったらできるだけすぐに警察に行って」と呼びかけています。

「性暴力に遭ってすぐ 」(しあわせなみだ)

こういう啓発活動についても、DNAキッドという流れについても本当に歓迎すべきことです。

しかし、やはりすぐに警察にいけない被害者の心情も配慮すべきであり、DNAキッドによる捜査が進んでいるからと言って、24時間以内に警察に凝れなかった被害者の事案についてうけつけないという態度を取るべきではありません。

私はこれまで、長時間誰にも被害を打ち明けられなかった親族による性虐待の事件を何件も取り組み、警察にも親身に対応いただいていました。近親者からの性虐待については、今国会に上程されている刑法改正案でも、さらに訴追を容易にしていくために「監護者わいせつ罪」と「監護者性交等罪」の導入が考えられているというのに、その日のうちに警察に相談に来ない限りきちんと扱わないなどという扱いがあるとすれば、重大な後退というほかありません。

また、AV出演強要被害については、DNA証拠を採取するまでもなく、出演したビデオで性交渉については容易に立証されるのですから、「24時間以内に来ないと証拠が散逸する」というのは明らかにとんちんかんな話です。

(4) 気を取り直して、私と被害者の女性は、労働者派遣法等でも捜査をしてほしいけれど、強姦等の刑法犯でも取り扱ってほしいと強く申し入れた結果、事件は同じ警察署の刑事課に回されました。

刑事課の廊下で私たちはしばらく待たされていたのですが、突然廊下に現れたベテランとおぼしき男性の警察官が取った行動はさらにひどいものでした。

突然、

「●●さんいる?」「まずあなたひとりでこっちに来て」と怖い表情で被害女性を呼んだのです。

私は驚き、「まず代理人である当職も同行のうえ、告訴状について説明させてください。」と言いましたが、

警察官は「いや、本人の調べが先だ」「弁護士は同席できない。一対一で話す」「それから告訴状について聞く」の一点張り。

私は「性被害の取調べですので、被害者の心情に配慮して、私を立ち会わせてください」と申し入れましたが、警察職員は「それはだめ」と拒絶し、本人に「来るの?来ないの?」と強引な態度に終始しました。

女性は、未だPTSDに苦しみ、男性恐怖症にもさいなまれており、到底男性警察職員と一対一で密室で取調べに応じられる状況になかったのです。そのことをまず私から事情を説明して丁寧な取り調べをお願いしようとしたのですが、、、被害者に対する配慮に著しく欠ける対応に、私も女性も多大なショックを受けました。

このような不当な取り扱いには到底耐えることができないと判断し、私たちは事情聴取を行わないことを決め、警察署を後にしました。

(5) このような経緯で、女性は、告訴はおろか、被害相談すらできませんでした。被害者の女性のショックは想像するに余りあります。もう二度と同じ警察署にはいきたくない、という心情のようです。

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3  警察官の対応の問題について

この警察対応へのショックをるる述べてきたのですが、こうした対応は、最近の警察庁の通達からみても明らかにおかしいものです。

(1) 警察庁生活安全局保安課長は、平成28年6月17日付で警察庁丁保発第119号を発令し、「本人の意に反してAVへの出演を強いるように行為は、精神的・肉体的苦痛をもたらす深刻な人権侵害であり、このような行為に対して迅速かつ的確な対応が求められる」とし、強姦等の性犯罪等の取り締まりを含めた適切な対応を求めています。

(2) また、報道によれば、本年3月31日付で決定された政府緊急対策では、AV強要には強姦(ごうかん)罪を適用し、厳正に取り締まるとされています。

そして、警察庁生活安全局保安課長らが平成29年3月31日付で発した警察庁丁保発第40号によれば、「事情聴取を行う際には、性的プライバシーに関する者を含むものであるという特徴に十分配意し、聴取の方法、時間、場所等について配意するとともに、女性警察官等の適任者に対応させる、女性警察職員を立ち会わせるなど、相談がしやすい環境整備に努めること」とされています。

(3) ところが、私が経験した警察署の生活安全課の致傷等での被害相談・申告を奨励するどころか、これを否定するような内容であり、その日のうちに連絡がなければ受け付けないかのような対応であり、著しく問題があると同時に、警察庁の方針とは真逆です。

また、同刑事課の対応は、事情聴取における被害者への配慮に著しく欠けるものであり、相談しやすい環境整備に努めるとする通達に反するものでした。

警察庁、警視庁のAV出演強要被害に関する取り組みとこの間の通達は、被害に苦しむ女性たちを勇気づけるものでした。しかし、ここで書いたような事態が起きてしまうと、せっかくの被害者の期待を裏切り、セカンドレイプにつながりかねません。

4  本当の被害救済のために

私は、その日のうちに抗議文を作成して警察に送ったところ、課長さんお二人がご本人に直接謝罪に来られました。

通達はわかっているけれども十分に行き届いていなかったという話でした。

本当に例外的な現象だと願いたいところですが、関東地方の一大都市の警察署でこのようなことですので、あまり楽観的になれません。

これはAV出演強要の案件でしたが、同じ対応が性犯罪被害でもなされていたら、性虐待事案でもなされていたら、と思うと、暗澹たる思いになります。

現在、国会には刑法の性犯罪規定の改正案が上程されていますが、法律の規定だけでなく、警察での被害者対応についても本当にきちんと集中的に時間をとって国会で議論してほしいと願います。

私は政府や警察をDisりたいわけでは決してありませんし、この間のAV出演強要被害をめぐる、政府・警察の対応には、深く感謝し、歓迎するひとりです。これからもがんばっていただきたい、

しかしだからこそ、やっているふりだけではならないわけで、本当に被害者を救済できるように、警察やその他の期間で被害者の心情を受け止めて相談しやすい環境を作ってほしいと願わずに言われません。

最終的に証拠を見て起訴する、起訴しない、という判断は当然あると思いますし、それはケースバイケースかもしれません。しかし、訴えをおざなりにしたり、拒絶的だったり、心情に配慮しないようなやり方では、被害者が相談にこなくなってしまうことでしょう。

警察庁、警視庁には、再度このようなことが繰り返されないように、これまでの通達の趣旨を全警察署に徹底され、被害者が被害申告をしやすいように体制を整備し、教育研修を行うことを求めたいと思います。

政府は5月中にも中長期的な対策を決定して実施していくとされています。是非被害防止とともに、真の被害救済への道筋をつくる、実効的な対策をまとめてほしいと願わずにいられません。(了)

弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

1994年に弁護士登録。女性、子どもの権利、えん罪事件など、人権問題に関わって活動。米国留学後の2006年、国境を越えて世界の人権問題に取り組む日本発の国際人権NGO・ヒューマンライツ・ナウを立ち上げ、事務局長として国内外で現在進行形の人権侵害の解決を求めて活動中。同時に、弁護士として、女性をはじめ、権利の実現を求める市民の法的問題の解決のために日々活動している。ミモザの森法律事務所(東京)代表。

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