Yahoo!ニュース

子ども被災者支援法の「基本方針案」はあまりに不十分。23日までパブコメをやっています。

伊藤和子弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

政府がサボタージュを続けていたことで批判を浴びていた、「原発事故子ども被災者支援法」。この法律は、原発事故の被害に会った周辺の住民の方々について、居住、避難、帰還などその選択の如何を問わず、支援をし、子ども・妊婦等に特に配慮する、とした基本法で、2012年6月に成立した。

全文はこちらです。http://law.e-gov.go.jp/htmldata/H24/H24HO048.html

ところが、政府はこの法律を実行しないまま1年以上も放置し、法に義務付けられている「基本方針」も策定しなかった。

水野参事官のツイッター問題で話題になったりしたが、その後もたな晒しが続いていた。

ところが、政府は今年8月30日になって唐突に「基本方針案」を公表。正確にいうと、原発事故子ども被災者支援法第5条に基づく「被災者生活支援等施策の推進に関する基本的な方針(案)」というもの。実はいま、人知れず、パブリックコメントをやっている。

● 短いパブコメ期間

パブリック・コメントの意見受付締切りは当初、わずか二週間後の9月13日と設定され、これでは短すぎる、と延長を求める声があがり、9月23日まで延長された。それにしても短い。「説明会」みたいなものは開催されているが、被災者・原発事故被害者、避難者への意見聴取のための公聴会等は予定されていない。被災者が求めているのに開催しない意向のようだ。

福島第一原発事故を受けて、政府が昨年実施した、エネルギー政策に関する、2030年の原発依存率を問う意見聴取は、約2カ月のパブリック・コメント募集期間を設け、公聴会も全国で開催された。これと比較しても、今回の対応は、被災者・国民からの意見聴取を著しく軽視していると言わざるを得ない。

支援法5条3項は「政府は、基本方針を策定しようとするときは、あらかじめ、その内容に東京電力原子力事故の影響を受けた地域の住民、当該地域から避難している者等の意見を反映させるために必要な措置を講ずるものとする。」とするが、このような短い周知期間ではとても要請を満たしているとは言えない。

それに、今回の基本方針案およびパブリック・コメント募集が全国各地に生活する避難者、原発事故の影響を受けた広範な地域に住む住民に広く周知されたともいえない。

長い間、法律をたな晒しにしたうえでこのようなやり方、被災者置き去り、原発事故被災者軽視との強い批判を免れないと思う。

●「基本計画案」の中身もあまりに不十分

公表された「基本方針案」の内容をみると、極めて不十分で、被災者・避難者の方々は失望・落胆している。

「基本方針案」に書かれていることの多くがこれまでの施策を何らの課題検証・反省もないまま踏襲するものにとどまり、原発事故被災者の切実な要望、ニーズに全然答えていないのだ。

今年5月に国連「健康に対する特別報告者」グローバー氏が、年間1mSvを基準として住民の健康の権利を守るために政策の転換を求める具体的な勧告を出したが、そこからも著しくかけ離れ、国策が引き起こした人災である原発事故の救済としてあまりにひどいものである。

(グローバー勧告http://hrn.or.jp/activity/area/cat32/post-211/) 

ここでおおまかなポイントをみていきたい。

第1 に、「支援対象地域」は、「福島県中通り」「浜通り」地域が指定されているが、指定の根拠となる客観的・合理的基準は何ら示されていない。福島原発事故後に放出された放射性物質の影響は、県境で遮断されるものではなく、福島県外の地域にも多大な影響を及ぼしているのだから、福島県内の地域のみを指定する理由は見出しがたい。国は放射線量に基づいて、公平性、客観性のある合理的な基準を定立し、同等の被害を受けた地域住民には平等に支援を行うべきだ。

公衆の被ばく限度に関する日本の従前からの基準は年間1ミリシーベルト。今年5 月、国連「健康に対する権利」特別報告者アナンド・グローバー氏は、低線量被ばくでも健康に悪影響を及ぼす危険性があることから、国はもっとも影響を受けやすい子ども等の保護を考慮し、公衆の被ばく限度を1 ミリシーベルト以下に低減すること、子ども被災者支援法の支援対象地域は1 ミリシーベルト以上の地域を含むことを勧告した(http://hrn.or.jp/activity/A%20HRC%2023%2041%20Add%203_UAV.pdf)。

支援法2条にも基本理念として、「被災者生活支援等施策を講ずるに当たっては、子ども(胎児を含む。)が放射線による健康への影響を受けやすいことを踏まえ、その健康被害を未然に防止する観点から放射線量の低減及び健康管理に万全を期することを含め、子ども及び妊婦に対して特別の配慮がなされなければならない。」と書いてあるのだ。

支援対象地域は少なくとも追加線量1 ミリシーベルトの地域を含む全自治体とすべきである。

第2 に、基本方針案の「被災者の支援」の項目には、支援対象地域に居住する者、避難している者、帰還する者についてそれぞれ支援内容が記載されているが、支援対象地域に居住しながら今後避難を希望・選択する者に対する支援策が全く記載されていない。

各種世論調査からも、福島県内の住民の中には、今も避難を希望・検討している方々がたくさんいることが明らかとなっている。基本方針が、将来的に避難をする住民に対する支援策を何ら示さないとすれば、被災者一人ひとりの居住、避難、帰還についていずれを選択した場合も適切に支援するとした同法の基本理念(2 条2 項)に反する事態となる。

政府は、まだ避難をしていないけれど、将来的に避難する住民に対しても、住居の確保、移動の支援、就業・学習の支援を行うことを基本方針に明記し、そうした避難に関わる支援についての情報をきめ細かく、支援対象地域に居住するすべての住民に提供する手段を講じるべきである。特に、新規避難者のための、民間借り上げ仮設住宅の提供による居住地支援は急務だと思う。

第3 に、基本方針は避難者のために、借り上げ仮設住宅を引き続き提供する、とするが、平成27 年3 月末まで、1年半の延長しか言明していない。子どもの成長発達、進学を考えるに当たり、1 年半より先の支援が見えないという状況では、子どもが安心して最善の進路を選ぶことはとても難しい。大人にとっても子どもにとっても、長期的な将来の見通しが立たなければ、先が見えず、生活再建も就職や進学の計画をきちんとたてることも難しい。

こういうやり方は、放射線影響が長期にわたることを前提に、必要な支援を確実に実施すべきとする基本理念(法2 条5 項)と相いれない。

いま、線量が20ミリシーベルト以下になると、避難指定が解除され、東京電力の賠償も打ち切られるので、避難生活が続かずに、心配しながら帰還を余儀なくされる人が相次いでいる。ひどい事態だと思う。これからもっとそういう地域は増えていくだろう。

帰りたい人が帰るのはよいけれど、帰りたくない人を兵糧攻めにしたり、住むところも支援を受けず、帰るしかない、ということでよいのだろうか。

政府は、避難指示の有無を問わず、避難者に対し、従前の住居の追加線量が年間1ミリシーベルト以下に低減し、安全で自発的な帰還が可能となるまで、長期にわたる借上住宅・公営住宅の支援継続すべきである。

公営住宅も無料とすべきだ。

第4 に、子どもの健康を守り心身共に健全な育成をするための措置は、極めて貧弱である。基本方針案は、「移動教室」について福島県内に留めるとしており、県外を含むリフレッシュ・キャンプを主に週末に実施するに過ぎないとしている。チェルノブイリ事故後には、当事国の政府が全ての子どもに対し、国費により1カ月以上の非汚染地への長期の保養を実現している。

これと同様に、国費による長期の保養・移動教室の措置を基本方針案でも明記すべきである。

第5に、医療・健康診断に関する基本方針も、多くの批判があるのに、ほとんどこれまでと変わっていない。

まず、健康管理調査は福島県任せ、つまり、現在の県民健康管理調査任せである。

しかし、この調査は福島県民に限定されていて対象者の範囲が狭すぎるし、検査項目も不十分である。

被爆者援護法やJCO事故後には、年間1ミリシーベルト以上の被ばくを前提として、医療支援の措置が講じられているのに、なぜ原発事故だけ狭い範囲の人しか検査しないのだろうか。

政府は、追加線量年間1ミリシーベルト以上の地域に居住するすべての住民とすべての原発労働者に対し、放射線起因で発生する可能性のあるすべての傷病に関する包括的な検査を年に1度行い、国が実施の責任を負うべきである。

基本方針案には「有識者会議」を開いて今後のことについて検討するというが、これは、従来の原子力村関係の人々だけで構成されてはならない。

低線量被ばくの影響を慎重に考慮する専門家・住民の代表を中心に検討機関を構成し、その公開性・透明性を徹底すべきだ。

● 住民との協議機関の設置が必要

さらに、基本方針案には、支援策の策定・実施・見直しに関し、住民・避難者の意見を反映させる仕組みに関する言及が全く存在しない。法5条3項の趣旨に照らし、基本計画策定・実施・見直し等を進めるに当たり、住民との協議機関を常設で設ける必要がある。

協議機関には、避難中の住民、帰還した住民、支援対象地域で居住を続ける住民の代表、現在または元原発作業員を含むものとし、女性、青年、子ども、高齢者、障がい者が参加する機会を十分に保障すべきだ。

● 抜本的な見直しが必要

さらに、基本方針案は、除染、線量測定、リスクコミュニケーション等いずれの項目についても、大きな批判があるのに耳を貸さず、これまでのやり方を無批判に踏襲するだけのようだ。そして、ここに書ききれないが、住民のニーズにきめ細かく対応するものになっていない。

特に、これから帰還する人、今居住している人には、割合様々な施策が用意されているのだが、避難をしている人、これから避難を希望する人に対する支援が、あまりにも少ない。帰還に誘導する政策意図が見えるけれど、これは避難する人も帰還する人も居住する人も等しく救済しようという法の趣旨に反している。

低線量被ばくの影響はまだまだわからないところがたくさんある。そんななか、国として帰還を奨励し、インセンティブを与える一方避難している人を兵糧攻めにするような政策でよいのか、はなはだ問題である。

低線量被ばくの健康影響については知られていないことも多いが、最新の広島・長崎の研究でも低線量被ばくが健康に悪影響を及ぼす、との結論が出ている。特に影響を受けやすい子どもや妊婦を基準に、国は健康被害が絶対出ないよう必要なすべての対策を取るべきである。

安倍首相はIOC総会で、健康被害は現在も過去も将来もないと大見得を切った。全然事実と違うが、そこまで言うなら、万全の対策を打つべきだ。

そうした観点に全く欠ける、基本方針案は、住民の切実な要望を踏まえて全面的に見直されるべきだと考える。

● みなさんも是非パブコメを出しましょう。

このように、基本計画案の内容は極めて不十分であるが、このままの予定では23日でパブコメも終わってしまう。

政府はパブコメの期間を延長し、もっと被災者・避難者の方々の声を聴く公聴会を全国各地で設けるべきだ。

しかし、そのためにも、たくさんの意見が届けられ、たくさんの人が関心を寄せていることを示すことが大切だと思います。

9月23日の締め切りまでに、多くの人がパブコメを出してくれるとよいと思う。

パブコメはこちらから送ることが出来る。

http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=PCMMSTDETAIL&id=295130830

パブコメの内容は短くても構いません。

こちらのウェブサイトにヒューマンライツ・ナウのパブコメと、簡単な記載例を紹介してみた。

http://hrn.or.jp/activity/topic/923/

こちらの子どもたちを守るネットワークにも、パブコメの書き方に関するわかりやすい解説があり、

市町村の出したパブコメも紹介されている。

http://shiminkaigi.jimdo.com/principle/

多くの人が関心を失うと政府は被害者を見捨てる。そのことが繰り返されてきた。だからこそ是非関心をもつて小さなアクションをしてくれる人が増えるととても嬉しい。この連休中に。

弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

1994年に弁護士登録。女性、子どもの権利、えん罪事件など、人権問題に関わって活動。米国留学後の2006年、国境を越えて世界の人権問題に取り組む日本発の国際人権NGO・ヒューマンライツ・ナウを立ち上げ、事務局長として国内外で現在進行形の人権侵害の解決を求めて活動中。同時に、弁護士として、女性をはじめ、権利の実現を求める市民の法的問題の解決のために日々活動している。ミモザの森法律事務所(東京)代表。

伊藤和子の最近の記事