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3.11から2年 福島で続く人権侵害

伊藤和子弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

東日本大震災・福島原発事故から2年が経過した。

福島原発事故で、放出されたセシウムは、政府発表でも広島に投下された原爆の168倍とされる。ストロンチウム、プルトニウムについても放出され、それが広範な地域を深刻に汚染している。NGOヒューマンライツ・ナウでは、震災・原発事故後の人々の状況は「人権問題」だという観点から調査・政策提言などの活動をしてきたが、今も人権侵害、というほかない事態が続いている。

特に福島では事態は深刻である。

● 先の見えない避難生活

強制避難となった人たちの状況については、先日このブログで双葉町に関する騎西高校の実情を紹介したが、仮設住宅に住む人たちの「未来が見えない」「展望がない」も大変に深刻である。

月額の精神的賠償が東京電力から出てもローンに消え、包括的賠償が遅延しているため、将来にむけた生活の見通しが全くたたないのだ。仮設住宅でのDVや児童虐待も深刻だと報道されるが、残念ながらこのままの状況では被害は続いていくだろう。いつまで仮設住宅のような劣悪な環境に人々を置きつづけるのだろうか。http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130310-00000029-jij-soci

● 避難支援がないまま、被曝にさらされる人たち

一方で、この放射線汚染は、多くの地域住民、とりわけ放射線による健康被害を受けやすい妊産婦、幼児、子ども、若い世代に深刻な影響を及ぼしている。

現在、政府は年間実効放射線量20mSvを基準として避難指示等の措置を行っているが、この基準は、国際放射線防護委員会(ICRP)による国際基準に基づいた以前の国際基準の約20倍である。

福島市、伊達市、郡山市、南相馬市・・・避難指定されなかった地域のなかには、現実に驚くほど深刻に汚染されている地域がある。最近、地元の市民団体が放射線量を測定してくれ、教えてくれたところによると、線量が以前よりあがっている地域もあるという。多くの人は低線量被曝の影響を懸念して、「避難したい」と考えている。http://www.asahi.com/national/update/0914/TKY201209140652.html

しかし、政府は年間20mSv以下の地域について、避難指定しないというだけでなく、避難を望む人に対する支援をほとんどしていない。いわゆる自主避難に対する支援スキームはほとんどなく、政府は自主避難者への新規住宅支援を昨年末に打ち切ってしまった。

そのため、今も子ども、乳幼児、妊婦、若い世代が、危険を感じながら、健康被害のリスクを防ぐ方法もなく、深刻な汚染の続く地域に住み続けることを余儀なくされている。

子どもための低線量放射線地域への学校の移動に関する措置は全く取られていない。新鮮な空気のもとでの保養システムについても公的支援が全く確立していない。

さらに、福島県は、「実効放射線量100mSv未満では身体的被害が発生する証拠はない」との立場を繰り返し、そのような立場から、すべての政策が決定・実施されている。政府は、「実効放射線量100mSv未満での身体的被害に証拠はない」という放射能副読本を子どもに配布し、リスクを適切に情報提供していない。そのため、原発事故に基づく放射線の影響に懸念を感じる人々が少数派となって孤立し、自主避難を行うことが難しい状況を作り出している。

チェルノブイリでは、自然放射線を除く年間追加線量5mSV以上の地域は強制避難地域とされ、年間追加線量1mSv以上の地域は「避難の権利」地域とされ、強制避難者、避難を望む者には完全賠償と医療支援、避難支援がされたという。1mSv以上の地域の人々は1~2カ月の汚染されていない地域への保養が国費で認められていた。それでも痛ましい健康被害が今も続いているのである。それに比べると日本の支援がいかに劣悪で非人道的か明らかだ。日本の労働規制(電離放射線障害防止規則)では、3カ月で1.3mSvを超える地域は放射線管理区域として一般人の立ち入りが禁止され、資格のある労働者であっても飲食したり寝ることは許されない。それをはるかに超える放射線量の地域で子どもたちは毎日飲食し、眠り、外で遊んでいるのだ。同規則では、妊娠した女性が腹部に2mSv以上の線量を妊娠中に浴びてはならないと規制されている。それをはるかに超える線量を福島の女性たちは浴びたまま、保護されていない。私は本当に深刻な人権問題だと思う。

http://hrn.or.jp/activity/project/cat11/shinsai-pj/fukushima/post-111/

子どもや妊婦、若い世代には一刻も早く、避難の支援とそのための財政的手当てをすべきだ。2013年予算には1mSv以上の地域に関する避難支援が全く予算計上されていないが、先送りが許される問題ではない。

● 健康に対する権利

20ミリ以下の地域に住む人たちに対する、健康への悪影響を未然に防ぐ医療措置も十分ではない。

山下俊一教授が中心になって進めている福島県の県民健康管理検査は隠ぺい体質であり、低線量被曝を過小評価し、批判が高まっている。

福島県がこの検査を通してやっているほとんど唯一の実質的な検査は、子どもに対する甲状腺検査であるが、福島県は、甲状腺検査を18歳未満の生徒・児童に限定し、福島県のすべての子どもの「予備検査」を終えるのに3年かかるとしている。しかも、甲状腺検査について、福島県は、5.0mm以下の甲状腺結節や20.0mm以下の甲状腺嚢胞は安全である(A2判定)とする独自の基準を恣意的に設定し、「安全」と判断された子どもは2年後にしか次回検査を受けられず、検査の画像データも開示されない(個人情報なのに行政の情報開示請求手続きをとれ、という)。

チェルノブイリ事故を見ても関係する症例は心臓病、先天性異常、白内障、免疫不全、糖尿病、白血病等さまざまであるのに、甲状腺がんのみにフォーカスし、エコー検査のみを行っており、尿、血液の検査を並行して行ったりしていない。内部被ばく検査も県の健康管理調査では実施されていない。

チェルノブイリ事故後、例えばベラルーシにおいては、1年に2度、子どもだけでなく大人も含め、甲状腺、血液、尿、目、歯、内科・内部被ばく検査等の包括的な検査が無料で実施されていることと比較すれば、現在の健康調査は明らかに不十分である。

子ども・大人を問わず、周辺地域に住むすべての人に、放射線に関連するすべての項目について、無料で、包括的な健康診断を少なくとも毎年1回行う健康管理システムが確立すべきだ。そのためには、人材も機材も限界があり、また福島以外の地域に住む人々が必要な検査を受けられるようにするために、県ではなく国が責任を持ち、透明性の高い、低線量被曝の危険性を正当に評価する専門家が関与した調査が実現すべきだ。

こうした状況は、昨年11月に来日した国連特別報告者アナンド・グローバー氏も強い懸念を示し、抜本的な改革を求めていた。原子力規制庁のなかに、住民の健康管理のあり方に関する検討チームができ、そのなかでも福島県医師会の副会長がグローバー氏の勧告に沿う改革を求めていた。

私たち市民団体は共同のステートメントをだし、こうした状況に対する抜本的な改革を求めてきた。

http://hrn.or.jp/product/post-1/

しかし、規制庁の検討委員会が出している総括案は極めて不誠実なものだ。福島県医師会の示した懸念などは顧みられないまま、

「WHO ならびにUNSCEAR の報告(WHO:2006,UNSCEAR:2008)では、チェルノブイリ事故では小児甲状腺がん以外の放射線被ばくによる健康影響のエビデンスはないと結論付けている」ことを前提に、現状の健康管理を追認した総括案が出されている。

http://www.nsr.go.jp/committee/yuushikisya/kenko_kanri/data/0005_01.pdf

こうしたなか、甲状腺検査の結果、二次検査に進んだ子どもについてがんが発見された。福島県は2月13日に、東京電力福島第一原発事故の発生当時に18歳以下だった3人が甲状腺がんと診断され、7人に疑いがあると発表した。しかし、県はそれでも「総合的に判断して被曝の影響は考えにくい」と説明しているという。このような低線量被曝の過小評価は何のためなのか。危険がある以上、最悪の事態を想定してそれに備えるべきであり、もっと包括的な検査をすべきなのに、なぜ低線量被曝の危険性を頭から否定するのだろうか。

子どもたちをモルモットのようにしているとしか思えない。

最近、震災から2年を機に、自民党・公明党が、「復興加速化のための緊急提言」を出した。

http://www.jimin.jp/policy/policy_topics/120212.html

この中には、一般的な方針としては評価できるものもあるが、放置できないのは、放射能に関するリスクコミュニケーションについて「学術団体やNPO等の協力を得て、安全性・安心感を醸成するためのリスクコミュニケーションを強化すること」としていることだ。安全性・安心感を醸成するキャンペーンで人々を追い詰める政策は絶対にやめてほしい。

未来を担う子どもたちのために、命や健康を守る施策することが国の責務ではないか。

日本の中に深刻な人権侵害が継続している。このまま漫然とこのことを許してはならないと思う。

弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

1994年に弁護士登録。女性、子どもの権利、えん罪事件など、人権問題に関わって活動。米国留学後の2006年、国境を越えて世界の人権問題に取り組む日本発の国際人権NGO・ヒューマンライツ・ナウを立ち上げ、事務局長として国内外で現在進行形の人権侵害の解決を求めて活動中。同時に、弁護士として、女性をはじめ、権利の実現を求める市民の法的問題の解決のために日々活動している。ミモザの森法律事務所(東京)代表。

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