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安倍政権「価値の外交」はどこへ向かう? 求められるのは真の人権外交である。

伊藤和子弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

1 安倍政権の外交方針

1月18日安倍総理大臣は、インドネシアのユドヨノ大統領との首脳会談を行った後、共同で記者会見し、日本のASEANとの外交に関する5つの原則を発表した。

報道によれば、その内容は、「1. ASEAN諸国とともに自由、民主主義、基本的人権などの普遍的価値の定着と拡大に、ともに努力していく。2. 力ではなく法が支配する、自由で開かれた海洋は公共財であり、これをASEAN諸国とともに全力で守り、アメリカのアジア重視を歓迎する。3. さまざまな経済連携のネットワークを通じて、貿易や投資の流れを一層進め、日本経済の再生につなげ、ASEAN各国とともに繁栄する。4. アジアの多様な文化、伝統をともに守り育てていく。5. 未来を担う若い世代の交流を、さらに活発に行い、相互理解を促進する」とされる。

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130118/k10014902761000.html

ここで注目したいのは、五原則のトップ「ASEAN諸国とともに自由、民主主義、基本的人権などの普遍的価値の定着と拡大に、ともに努力していく」点である。

第一次安倍政権が短命に終わったためにあまり進まなかった「価値観外交」が再開されると伝えられているが、その本気度はどうであろうか。中国封じ込めが先にあり、「価値」によってアジアを分断することが狙いで、その方便として「人権・民主主義」と言っているだけだとすれば、説得力がなく、国際社会や近隣諸国から信用されない。

安倍首相の以下の英文論文などを見ると、「日中関係を向上させるうえで、日本はまず太平洋の反対側に停泊しなければならない。というのは、要するに、日本外交は民主主義、法の支配、人権尊重に根ざしていなければならないからだ」などと書かれ、中国のプレゼンスを牽制するための日本の軍事プレゼンスをアジアで高めることを意図し、その正当化として人権・民主主義を語っているように読める。

非常にきな臭い。

http://www.project-syndicate.org/commentary/a-strategic-alliance-for-japan-and-india-by-shinzo-abe

もし、軍事プレゼンスの拡大が本意なら、突如として人権・民主主義など持ち出さないでいただきたい。

そして、本当に人権や民主主義等の価値を実現するために日本が真摯な国際貢献をすることを決意したのであれば、言葉だけでなく具体的なアジェンダや行動が求められる。

2 日本の目指すべき人権外交

ヒューマンライツ・ナウは人権NGOとして、発足以来、日本政府に対し、人権外交を繰り返し求めてきた。これまでの提言には、以下のもの等がある。

(第一次安倍政権時) http://hrn.or.jp/activity/pressrelease070124.pdf

(鳩山政権時) http://hrn.or.jp/activity/advocacy.jpgobt20090907.pdf

私たちの基本スタンスは、後者の提言書で述べた通り、「私たちが提案する人権外交は、価値感の違いを理由に特定の国を排除したり、政治的意図や国益を背景に対立を助長するものでは決してないし、そうあってはならない。また、欧米の人権外交政策に単に追従するのではなく、相互理解と対話を前提とした独自の外交政策であるべきである。」という点にある。

この間、日本政府が確かに外交における人権・民主化について以前より積極的になったものの、私たちの提起した課題の多くは、いずれの政権でも十分に達成されていない。

日本は今も東南アジアの多くの国の主要援助国であり続けているが、東南アジアでは未だに深刻な人権侵害が続いている。例えば、カンボジアでもミャンマーでも、今も深刻な人権侵害が続く。日本政府に対し、その影響力を有効に行使してほしいという声は多く、カンボジアでは、政府の人権侵害をなくすために主要援助国である日本のより積極的な役割を求めて、多くの市民が日本大使館前でデモをする光景が昨年も多々見られた。

ところが、日本がその期待に応えるだけの貢献を人権・民主主義に関する重要な局面で行っているとはまだ言えない。残虐な人権侵害が発生しても、タイムリーに明確なメッセージを明確にして影響を与えたり、解決のために動く、ということはまだまだ少ない。また、人権状況改善のプロジェクトにODA供与したり、人権監視・アドボカシーを行う市民社会組織に直接援助するということも稀である。

以前、外務省とのODA政策協議で「アジア地域において深刻な、女性に対する暴力をなくすための日本のODA援助案件として、過去にどのようなものがあり、どんなことをやってきたか」と聞いたところ、「アジアではそうした前例はない」という回答を受けて驚いたことがある。

現在のミャンマーの民主化に関する日本の援助政策を見ても、人権に関する支援の項目は非常に内容が薄い。もっと人権の伸長に直接役立つ効果的な支援をすべきである。

深刻な人権侵害が発生している国において、是正を求めないまま援助を続けることは人権侵害を助長する危険がある。援助を人権状況改善のためのさせるためのリバレッジに活用すべきだ。

また、国どうしの外交のみでなく、各国で人権活動を展開する有力な市民組織と強いパイプを確立し、彼らの活動をエンパワーすることも必要だ。欧米諸国の多くはかねて東南アジアの人権NGOと太いパイプを確立し、信頼を得ている。中国との関係でも、国内で改革を求める困難な市民やジャーナリスト、民間の人権活動家たちをサポートするポジティブな役割を果たすことが必要だ。

同時に、日本が欧米と異なる信頼・好意を寄せられてきた理由として、上から目線で押し付けずその国のオーナーシップを尊重する、人権を口実とする介入=軍事行動をしない、という要素がある。こうした長所を最大限に生かし、建設的で効果的な人権外交を進めることが必要だ。長年培った信頼や、平和国家という資産、欧米でも途上国でもないという独自のポジションから、日本はそれが可能な立ち位置にあり、人権分野で世界への好ましい貢献が可能なはずだ。

3 足元はどうか。

ただ、そのために足元をみるとどうだろう。

まず外務省では、人権人道課という課が人権外交を担当しているが、本気に人権外交を進めるには人員が十分とはいえないと思う。課を部に格上げするくらいの体制が必要だろう(民主党政権当時外務省の担当者からそのような期待があったようだが、実現していない)。

他方、人権外交という以上、日本が人権について他国から尊敬され、他国をリードするようなトラックレコードなのか、という問題がある。国際スタンダードである、政府から独立した人権擁護機関の設置(民主党政権で関連法案が出たが自民党は設置しない方針)、人権条約の選択議定書批准、という人権を尊重している国としてのミニマムな条件すらクリアせず、世界から取り残されている。この点では近隣の韓国、モンゴルが先に行ってしまい、東北アジアレベルでも説得力がない。

かえって、自民党憲法改正憲法草案では、現行の人権保障を大幅に後退させる改正条項案が提案されていて、本当に懸念される。

国際社会における人権の評価の重要な指標はジェンダー平等であるが、日本のジェンダー平等に関する国際比較はいつも著しい低順位のままである。そして、安倍政権が、国内のジェンダー平等の伸長に積極的かといえば、いったいどうであろか。

国際社会から日本の人権状況の改善が求められる課題が多々あることは国連の会議に行けば一目瞭然であるが、自分の国の人権状況の改善はサボタージュし、他地域の人権・民主主義には突如熱心に発言する、というダブルスタンダードは、明らかにおかしい。

まず、人権・ジェンダー平等という点で、足元である自国において、国際スタンダードに依拠した、誇れる政策を実施してこそ、他国も日本を人権先進国として尊敬するであろうし、人権分野で他国をリードする役割を果たしうる。

4  人権外交を標榜する以上は誠実な貢献を

このようなわけで、安倍政権の人権外交の本気度についてはいつくもの疑問が浮かび、課題も多々ある。

しかし、人権外交を標榜する以上は、国際スタンダードに基づく人権の国内外での実現に誠実に努力してほしい。真面目に政策を考え、課題を進め、誠実な貢献を現実に積み重ねるべきだ。

私たちとしては、人権NGOとして、これからも提言・アドボカシーをしていくのみである。最後に、2010年にあるメディアに掲載した私の文書をご紹介したい。私の想いはずっと変わらない。

◆ 提言直言(伊藤 和子氏)

▽ アジア外交 人権を明確に位置づけて

ノーベル平和賞が中国人権活動家の劉暁波氏に授与される。劉氏は中国国内で民主化を求める非暴力の活動を続け、その言論を理由に懲役11年を宣告されて 獄にいる。中国で自由を奪われている活動家は劉氏に限らず、今回の受賞は、中国で多くの人権活動家が弾圧を受けていることに改(あらた)めて警鐘を鳴ら した。同時に、今回の受賞は、世界第2の経済大国となった中国に、人権問題でも責任ある役割を果たすよう強く求めたものだ。

日本では、劉氏受賞の決定と相前後して発生した尖閣諸島問題を巡り、「中国とどう向き合うか」の議論が活発だが、対中強硬路線か経済重視の協調か、近視眼的な国益論に終始している観がある。

しかし、経済・軍事で力を増す中国は国内に深刻な人権問題を抱えている。対外的にもミャンマーなど世界の人権侵害国に多額の経済援助を進め、後ろ盾の役 割を果たしている。開発独裁を続ける国を抱えるアセアン、著しい貧富の格差のもと軍事化が進む南アジアも含め、今後世界への影響力を確実に増すアジアが 人権尊重や民主主義を尊重する地域となるのか、世界が懸念している。

日本は、人権・人道・平和を標榜(ひょうぼう)する国にふさわしい役割をアジアで積極的に果たすべきだ。外交に人権を明確に位置づけ、地域で苦境に立つ 人々への貢献を大局的に考える必要がある。人権外交は、価値を踏絵に対立をあおるものではない。劉氏らの釈放やミャンマー問題も含め、内外の人権課題に 関する中国への意見表明と対話を、躊躇(ちゅうちょ)せず強化してほしい。

中国全土には、土地・環境・労働問題など苦境にある人々のために活動する草の根の人権活動家も多数いる。日本にはこうした市民社会の努力を助ける役割も 求められている。

日本・韓国・中国・北朝鮮を含む東北アジア地域への国連人権高等弁務官事務所招致にも日本は積極的になるべきだ。

弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

1994年に弁護士登録。女性、子どもの権利、えん罪事件など、人権問題に関わって活動。米国留学後の2006年、国境を越えて世界の人権問題に取り組む日本発の国際人権NGO・ヒューマンライツ・ナウを立ち上げ、事務局長として国内外で現在進行形の人権侵害の解決を求めて活動中。同時に、弁護士として、女性をはじめ、権利の実現を求める市民の法的問題の解決のために日々活動している。ミモザの森法律事務所(東京)代表。

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