Yahoo!ニュース

「民主化」をめぐる動きに翻弄されるミャンマーのひとびと。

伊藤和子弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

先週東京では、IMF世界銀行総会に合わせて、ミャンマー支援国会合が開催された。

先進国はこぞっとミャンマーの民主化を後押しすると表明、日本政府は来年1月に累積債務を放棄し、新たな円借款プロジェクトに乗り出すという。(財務省の報告 https://www.mof.go.jp/international_policy/convention/other/myanmar_houdou.htm)

しかし、投資が加速するミャンマーで、実際には何が起きているのか。

私の活動するNGOヒューマンライツ・ナウでは、軍政当時からビルマの人権問題を監視し、様々な国際社会への働きかけをしてきた。

だから定期的に情報が入ってくるのだが、特に少数民族からは、国際ニュースで伝えられる「民主化」とは裏腹に、悲鳴のような声が聞こえてくる。

現政権は少数民族との停戦合意を次々にしているが、まだ停戦が完全に実現したわけではなく、戦闘を続けている民族もいる。

そうした民族に対する現政権・軍の弾圧は本当に残虐なものである。

殺害、家の焼き討ち、拷問、レイプ・・軍事政権当時と変わらないありさまである。

停戦合意が実現しているはずの地域でも、武力衝突は続いている。

少数民族の人が言う、「停戦合意が実現すれば、ビルマ軍は撤退し、平和が来ると思っていた」と。

しかし、現実には、ビルマ軍は残留し、地元住民を強制労働に駆り立てたり、違法な税を徴収したり、生まれ育った地域から強制移住させたり、という人権侵害が続いているという。

少数民族側だけ武装解除したので、彼らを守ってくれる者はいなくなり、ひとびとは国軍を怖れて国軍に従うしかない状況だというのだ。

特に、停戦後、少数民族の住む地域の貴重な資源や農地がビルマ軍や政府によって大量に接収され、人々はそうした地域から追われ、強制移住を余儀なくされている。貴重な資源を奪われ、ずっと耕作し生活してきた生活の本拠地を補償もなく奪われているというのだ。

ミャンマーでは、土地は国有とされ、最近ようやく法律で耕作の権利を登録できることになった。しかし、少数民族の人々は誰も法律のことを知らず、登録の仕方など知らない。そこで、登録されていない土地はどんどん開発の対象となり、奪われていくのだ。

そして、「民主化」という流れを受けて投資に参入した西側諸国の企業が、こうして奪われた土地で企業活動を開始しているのだという。

今年8月にミャンマー国境で少数民族の人々から情報を聞いた際、こういう話は満ち溢れていた。一人が、「奪われた土地のあとに日本企業のセメント工場が建設された」と言っていたので、驚いて調べ始めたが、あとで「よく調べたらほかのヨーロッパの国の企業だった」と教えてくれたことがある。しかし、いつ同じことが日本から進出する企業や日本のODAプロジェクトで発生するかわからない。

そうなったとしたら、民主化支援どころか、これまで細々営んできた少数民族の生活自体を奪うことになる。

そしてこれまで、開発プロジェクトには、地元住民の強制労働がつきものだった。こうした危険性はいまも残っている。

今、日本の企業がしきりにミャンマー詣でをし、官民挙げて日本経済再生のための恰好の投資先としてミャンマーに殺到しているように見える。

表面上は「民主化を支援」などと言っているが、現実には、「軍政」という重しがなくなり、我先に駆けつけようとするその姿勢に、本当にミャンマーの民主化を支援しよう、軍政下で苦しんだ人々の生活がより良いものとなるように貢献しよう、というところは全く見られない。

以下の政府の文書も、官民一体となった進出という意図が露骨である。

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/package/dai16/siryou02.pdf

こちらの読売の社説も、民主化は枕詞で、経済的覇権の獲得・中国へのけん制という姿勢があまりに露骨。

http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20121012-OYT1T01595.htm

独裁政権下で苦しんできた人々の人権面での改善や民主主義の促進ということに何らの配慮もない投資が進むことになれば、新たな人権侵害が引き起こされる。

つまり、海外からの投資・開発・企業進出により、土地や資源を奪われて、一層苦境に立たされる人々が増大する、という新しい人権侵害である。

これまでの人権侵害の主要な加害者は軍政だったが、今度は私たちの国の企業や国が加害者になるだろう。

私はミャンマーの若い世代のリーダーたちと交流がある。

みんな、長年の人権侵害と希望の持てない国のあり方に苦しんできたが、今度こそ民主化が実現するのではないか、と希望を抱いていた。

しかしいま、彼らは今急速に起きていることにとまどい、怒っている。

彼らが抱いた希望が失望そして絶望に終わるのを見たくない。

政策担当者・進出企業には、もう一度よく考え直してもらいたい。

まずは、本当に住民を犠牲にしない投資環境が整っているのか。

ミャンマーの特殊性や過去の慣例を踏まえて、人権侵害に加担しないためのアセスメントや調査等のガイドラインを確立できているのか。

そして、各国と競って国益を全面に乱開発をする姿勢をやめ、各国が協調して少数民族を含む住民の利益をはかり、共通のルールを構築するように、日本が積極的な役割を果たしていくべきではないのか。

そして、民主主義や人権、少数民族支援や市民社会の形成等に直接裨益する援助こそ行っていくべきではないか。

弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

1994年に弁護士登録。女性、子どもの権利、えん罪事件など、人権問題に関わって活動。米国留学後の2006年、国境を越えて世界の人権問題に取り組む日本発の国際人権NGO・ヒューマンライツ・ナウを立ち上げ、事務局長として国内外で現在進行形の人権侵害の解決を求めて活動中。同時に、弁護士として、女性をはじめ、権利の実現を求める市民の法的問題の解決のために日々活動している。ミモザの森法律事務所(東京)代表。

伊藤和子の最近の記事