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初調査でようやくわかった「ひきこもり主婦」の実態 背景には学歴も職歴も求められる女性像

石井志昂『不登校新聞』代表
「対人恐怖を感じる」と答えたひきこもり女性の割合(実態調査より筆者作図)

 本日、初めて「現役のひきこもり女性」を対象にした実態調査の結果が取りまとめられました(分析・一般社団法人ひきこもりUX会議/監修・新雅史助教)。調査結果からは、これまで可視化されてこなかった「ひきこもり主婦」の存在が浮かび上がってきました。ひきこもり女性における主婦の割合は4人に1人。背景には、ひきこもりにかぎらず女性全体が背負わされている問題点が見えてきました。

■ひきこもり=外出不可は誤解

 ひきこもりと言えば「自宅や部屋から一歩も外へ出られない」というイメージが根強くあります。ひきこもりの人が玄関を開けるシーンでエンディングを迎える、というドラマもあるぐらいです。

ひきこもり男性のイメージカット(不登校新聞)
ひきこもり男性のイメージカット(不登校新聞)

 もちろん、ひきこもりの人が外へ一歩も出られない状態もあります。上記のカットは、ある男性のひきこもっていた当時を描いてもらったイメージイラストです。しかし、国の調査でも、ひきこもりの定義はそこまで狭く考えられてはいません。

 コンビニや病院への外出など「用事があれば出掛けられる人」もひきこもりの定義に入っています。

 では国は何に主眼を置いて「ひきこもり」だと定義しているのか。ひらたく言えば「働けるはずなのに働けない人」を問題視しているのです。コンビニや病院へ行けても、それだけでは自活できません。

■4人に1人が「ひきこもり主婦」

 ひきこもりは54万人いると国は推計しています。この推計は15~39歳に区切ったものです。40歳以上の人や家事を切り盛りする「主婦」は対象外です。

 しかし、実際には主婦であっても、ひきこもり状態の人と同様に苦しんでいる人がいます。「ひきこもり主婦」という存在や問題が知られていないため、本人もSOSを出せずに苦しんでいる場合があります。

一般社団法人ひきこもりUX会議のメンバー(撮影・ひきこもりUX会議)
一般社団法人ひきこもりUX会議のメンバー(撮影・ひきこもりUX会議)

 こうした状況をよく知る「ひきこもりUX会議」は、女性(性自認含む)にかぎった調査を2017年に行ないました。そして今回、分析を進めて「ひきこもり主婦」についての結果も取りまとめています。1回の調査だけでは結果を断定することができませんが、ひきこもり主婦などの大まかな傾向が初めてわかったと言えます。

 分析対象となったのは「現在ひきこもっている女性」143人。このうち既婚者の女性は38人。ひきこもり女性のうち、4人に1人が主婦でした。ひきこもり主婦からは「そんなに多いんですか」という声を複数、聞きました。

ひきこもり女性における主婦の割合(筆者作図)
ひきこもり女性における主婦の割合(筆者作図)

 というのも当事者どうしも結婚していることを隠す傾向があるからです。「結婚すれば脱ひきこもり」だと考えるひきこもり当事者も多く、既婚者は当事者から疎まれてしまうからです。ひきこもり主婦自身も「主婦の割合」は知らなかったのです。

■ひきこもり主婦の平均年齢は45歳

 分析によってわかった平均年齢やひきこもり期間は下記のとおりです。

◎平均年齢 45.2歳

◎ひきこもり期間 1カ月~20年

◎ひきこもり期間の平均 7.6年

 ひきこもり期間の平均は「7年」と長期にわたります。しかし、ひきこもりの平均期間としては、けっして特色のあるデータではありません。他の民間団体の調査では、ひきこもりの平均期間は10年。39歳を上限とした国の調査でも「7年以上」が3割ともっと多かったからです。

正社員経験者の割合(筆者作図)
正社員経験者の割合(筆者作図)

■ひきこもり主婦の学歴と職歴

 国の調査でも判明していなかった学歴や職歴もあきらかになりました。

◎大学進学率  47.7%

◎正社員経験率 76.3%

◎アルバイト等を含む就労経験者率  94.6%

◎アルバイト等を含む就労の平均期間 10.1年

 私が取材したところ、働き方はさまざまでした。40代のひきこもり主婦は、8年間、正社員として勤め、そのあいだに受けたパワハラにより、20年間ひきこもっています。30代のひきこもり主婦は、アルバイトなどをして「働ける時期」と「ひきこもりの時期」を交互にくり返していました。

 10年間、継続して働いていた人ばかりではありませんが、「働けない」「学校にも行けない」というひきこもりのイメージとは異なります。

 主婦以外のひきこもり女性の大学進学率は39.1%。正社員経験率は26.7%。単純比較はできませんが、ひきこもり主婦のほうが割合は高くなっています。また、他の調査結果を参照してもひきこもり主婦の大学進学率や正社員経験率は高いと言えます。

■ひきこもった「理由」トップ3

 このほか判明したこととしては、ひきこもりの理由などで「既婚」「未婚」の差がない傾向も見てとれました。

◎コミュニケーション不安 84.2%

◎精神的な不調や病気   81.6%

◎人間関係(家族以外)  63.2%

※全16項目/複数回答可

 ひきこもり主婦に聞いた「ひきこもった理由」のうち、トップ3の回答結果は上記のとおりです。主婦以外のひきこもり女性もトップ3は同一項目が選ばれました。

■ひきこもり主婦の自己認識をめぐる回答

( )内が「主婦以外のひきこもり女性」の回答結果

◎自分が嫌い      92.1%(93.3%)

◎対人恐怖がある    79.0%(74.3%)

◎相談できる人がいない 42.8% (39.4%)

 既婚、未婚にかぎらず「大半のひきこもり女性は自己否定感が高く、対人恐怖を持っている」こと、そして4割の人が「相談できない」という傾向が見てとれました。

 とくに結婚していても「相談できない人」の割合は変わらないという結果は注目に値します。

 なお、私が取材したひきこもり主婦の方は「ひきこもり後に結婚した人」も「結婚後にひきこもった人」も両方います。しかし、ひきこもった理由や自己否定感などは、双方、変わらないという印象を受けています。

 こうした取材や分析結果は「結婚しても問題は変わらない」ことを反証しているとも言えるでしょう。

■結婚では解決しない4つの重荷

 しかし、なぜひきこもり主婦は学歴や正社員率が高いのか。そして結婚をしても「ひきこもりの苦しさ」はなくならないのか。

 分析したひきこもりUX会議代表・林恭子さんは「ひきこもりや主婦にかぎらず、現在の女性は、求められてきた『4つの女性像』があるからだ」と指摘しています。

 4つの女性像とは「よき妻」「よき母」「よき社会人」「よき娘」です。

 良妻賢母でありながらも、社会人としても働けるキャリアウーマンであり、両親からの期待に応えられる「いい子」であること。

 ひきこもり主婦も主婦以外のひきこもり女性も学歴も職歴も求められ、がんばってきた。しかし、それゆえに自分の許容量を超えてしまい、立ち止まらざるをえなかった。女性に求められた女性像は「生きる希望」につながらず、むしろ「心のなかの重荷なり苦しまされている」と林さんは指摘します。

林恭子さん(撮影・不登校新聞)
林恭子さん(撮影・不登校新聞)

 心の重荷は結婚や就労では解決されません。林さんらが指摘している課題解決の方法は「いまの自分が否定されずに開示できる場」が確保されることです。

 ありのままの自分を語ることができ、それが受けとめられる。その過程のなかではじめて「求められた姿」と「自分の姿」の乖離に気が付き、その溝が埋まっていく。林さんたちは「世の中から求められた姿ではなく、いまの自分を生きていいんだということを知ってほしい。そのためにまずは安心して集まれる場が必要だ強く感じた」ことからひきこもり女性だけの場や調査を始めたそうです。

■当事者に即した実態把握を

 ひきこもり女性への調査分析と取材によって上述のような結果が出ました。

 くり返しになりますが、ひきこもり女性の4人に1人が主婦だったことなどは、国の調査では見えてこなかった実態であり、意義のある結果でした。

 ひきこもりの打開策としてなにが有効なのかは公民ともに手探りの状態です。しかし、ひきこもり当事者の実態が可視化されれば、打開策の方向性は見えてくるでしょう。願わくば、今回の分析結果が国でも共有され、年齢や職種で区切るような「うわべの実態調査」はやめて、当事者の実態に即した調査が始まることが期待されます。

 現実を把握してから、なにが必要かを考える。やはり、それが遠いようで一番の近道だと思えてなりません。

※「相談できる人がいない」の割合……質問事項で、相談できる人が「いない場合は問10へ進んでください」と示しているため、相談できる人が「0人」と回答、もしくは「無回答」の者の合算値を表示。

【2018年8月7日14時39分 画像修正】

『不登校新聞』代表

1982年東京都生まれ。中学校受験を機に学校生活が徐々にあわなくなり、教員、校則、いじめなどにより、中学2年生から不登校。同年、フリースクールへ入会。19歳からは創刊号から関わってきた『不登校新聞』のスタッフ。2020年から『不登校新聞』代表。これまで、不登校の子どもや若者、親など400名以上に取材を行なってきた。また、女優・樹木希林氏や社会学者・小熊英二氏など幅広いジャンルの識者に不登校をテーマに取材を重ねてきた。著書に『「学校に行きたくない」と子どもが言ったとき親ができること』(ポプラ社)『フリースクールを考えたら最初に読む本』(主婦の友社)。

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