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いじめで不登校、7割が「重大事態ではない」? 目指すべきは「問題ない」学校なのか

石井志昂『不登校新聞』代表
校舎(イメージ写真)(写真:アフロ)

2015年に茨城県取手市の中学3年生が自殺した問題で、市の教育委員会が「いじめの重大事態に該当しない」との議決を撤回したことが報じられた。しかし取手市の事件以外でも「重大事態」と判断されていない事例は多い。

いじめの重大事態とは

そもそも、いじめの「重大事態」は「いじめ防止対策推進法」で規定されている。具体的には、1.いじめにより児童生徒の生命等に重大な被害が生じた疑いがあるとき、2.いじめにより児童が、相当期間、欠席を余儀なくされている疑いがあるときである。

「いじめの重大事態」になった場合は、詳細な調査の実施、教育委員会や関係機関との連携、支援方策の策定が学校などに求められる。

つまり、通常のいじめであれば、担任などの判断で事態収拾を図るが、重大事態になれば大掛かりな調査や他機関との協働などが求められる。

いじめ防止対策推進法の規定では、いじめをきっかけとした不登校は「重大事態」にあたるが、不登校の理由に「いじめ」が含まれる者の大半が「重大事態ではない」と判断されている。取手市の問題だけではない。

いじめを理由に含む不登校件数と重大事態(第2号)の件数
いじめを理由に含む不登校件数と重大事態(第2号)の件数

昨年、発表された文科省調査によれば、不登校理由に「いじめ」を含む者は704件(複数回答)。このうち「重大事態」だったのは218件と全体の3割にとどまった。7割は重大事態として判断されなかったことになる(注)

この点について文科省は「確実に事実を精査したわけではないが」としたうえで「すでにいじめは解消しているが、不登校以前にいじめがあったケースなどが考えられる」と回答。

つまり、不登校の背景にはいじめも一つの要因として考えられるが、不登校になった時点で「いじめは解消している不登校」などが全体の7割近く、というのが文科省の見解。

いじめ解消率に疑問の声も

別の調査によれば小中学校で1年間に起きたいじめ22万4540件のうち、88.6%が「解消した」とされている(2015年度)。そう判断しているのは各学校である。

しかし、いじめ自殺の場合は周囲の認識とは異なり「いじめられているケース」が多かった。毎年90%前後を推移する「いじめ解消率」は、不登校当事者から以前より疑問の声が上がっていた。

「いじめを先生に相談したところ、いじめている人と握手させられて『これで仲直りね』と言われておしまいだった。『チクった』ことを理由にいじめはひどくなり、その後も先生は助けてくれることがなかった」(不登校当事者)

学校からの報告をまとめた文科省調査とは異なり、15年間、不登校当事者に取材をしてきたかぎりでは学校が「いじめを解消した」ケースのほうが少ない。

現場を知らない教委には…

一方、学校現場で働く教員からは「問題を教育委員会に報告したくない」という声も聞かれた。

「現場の問題を教育委員会が介入して解決できるとは思えない。ただでさえ忙しいのに、現場を理解してない教育委員会にふりまわされるのは勘弁してほしい。問題の隠ぺいは反対だが、現場に負担をかけないよう管理職が問題を『報告しない』ことがあっても理解できる」(教員)

いじめを不登校理由に含む者の大半が「重大事態」として判断されないのは「いじめは解消している不登校」が多いからではなく、いじめが大人からは見えづらく、学校が「問題を報告しづらい」状況があるからではないだろうか。

深刻な事態ほど

本来、いじめを理由に含む不登校は「重大事態」である。しかし、いじめが解消されていることを理由に「重大事態」と判断されないということがわかり「学校は深刻な事態を見逃しているのではないか」という危惧は、いまだぬぐえない。

それだけではない取手市の事件が起きた同年、岩手県矢巾町で中学2年生の男子生徒がいじめを苦に自殺した。男子生徒は、再三にわたり、担任に学校での苦しさを訴えていたが、矢巾町では「いじめはゼロ件である」と毎月、報告していた。

「いじめ防止対策推進法」策定に尽力した馳浩議員は、同法の策定理由は「見て見ぬふりをさせないこと」だと言った。しかし、現実は逆の方向へと動いていないだろうか。

ならば「いじめ調査の精査を」と学校へ呼びかけるだけでは足りない。

学校や親などに「解決の糸口」を見せることで「問題とヘルプを訴えやすい学校」に変えていく必要があるだろう。スクールソーシャルワーカー(以下・SSW)という仕事は、「糸口」の一つになる。

解決の糸口になるスクールソーシャルワーカー

スクールソーシャルワーカー・竹村睦子さん
スクールソーシャルワーカー・竹村睦子さん

SSWの竹村睦子さんによれば、SSWの仕事は「困難を抱える子どもの環境整備」。SSWは、子ども自身に問題があると見るのではなく、「子どもたちが抱える困難は環境との不適合である」という視点からアプローチをしていく。

実際にはどうするのか。

「読書が好きだった」という、ある子どもの場合、親は「ひきこもって外に出られない」という不安を抱えていた。ところが、SSWは読書に共感し、話し合える信頼関係をつくっていった。その後、何度目かの家庭訪問時に本人が「神保町へ行きたい」と言い出した。東京都にある古本屋街だ。SSWとともに出かけると、その途中でいま現在の苦しみが言葉として「こぼれてきた」という。

子どもの困難は「親子関係が煮詰まっていること」にあり、その解消のためには彼自身が落ち着ける場所を見つける必要があった。子どもが選んだ場所は「近所の図書館」。結果的には当初の親の不安が解消され、本人も落ち着いていった。

「信頼関係を築いて環境調整をする」

それがソーシャルワーカーの仕事であり、フリースクールや学校現場で働く人にも、こうした視点で働く人はいる。「当事者視点に立った環境調整」は、えして子ども自身から必要とされる。

いじめを受けた後で、あるいは不登校をした後で、誰が、その傷と向き合い、回復の過程に立ち会っていくのか。実際にそこを担ってきたSSWらの結果や実践例が共有されることは「解決の糸口」を明示することにつながるのではないか。

問題とヘルプを訴えられる学校を

問題を預けられる先が見えなければ、責任感のある人は問題を自分で抱えるしかない。問題の解決策が見えなければ、目を伏せて問題を過ぎ去るのを人は待ってしまう。人の資質の問題ではない。制度設計の問題だ。

「いじめの重大事態ではない」という取手市の議決は今回、撤回された。あらたな調査委員会も立ち上がるという。しかし、これらは氷山の一角にすぎない。

いま現在の社会では「問題がない学校」を目指すより、まずは「解決の糸口」を例示し、「問題とヘルプを訴えられる学校」を目指すべきではないだろうか。

(注)ここで一点、付記したいのは「不登校即、重大事態」と判断してほしいわけではない、ということだ。そもそも法律によって「いじめの重大事態」を規定するにあたり、不登校の支援者からは強い懸念が示されていた。それは「不登校即、重大事態」と規定され、一人ひとりの状況を無視した「学校介入」「形だけのいじめ解消」「強引な再登校」などの懸念があったからだ。

不登校当事者の気持ちを無視した対応は、学校での傷を再度、深めることになる。不登校が社会問題化して30年ほど、学校の対応が不登校当事者の傷をより深くえぐったケースは後を絶たない。こうした経緯があるからこそ「重大事態」への懸念の声が強かった。

『不登校新聞』代表

1982年東京都生まれ。中学校受験を機に学校生活が徐々にあわなくなり、教員、校則、いじめなどにより、中学2年生から不登校。同年、フリースクールへ入会。19歳からは創刊号から関わってきた『不登校新聞』のスタッフ。2020年から『不登校新聞』代表。これまで、不登校の子どもや若者、親など400名以上に取材を行なってきた。また、女優・樹木希林氏や社会学者・小熊英二氏など幅広いジャンルの識者に不登校をテーマに取材を重ねてきた。著書に『「学校に行きたくない」と子どもが言ったとき親ができること』(ポプラ社)『フリースクールを考えたら最初に読む本』(主婦の友社)。

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