Yahoo!ニュース

10万匹以上の野良犬がいて、捕獲と殺処分が違法である国の映画『ストレイ 犬が見た世界』とは?

石井万寿美まねき猫ホスピタル院長 獣医師
『ストレイ 犬が見た世界』のパンフレットを筆者が撮影

映画『ストレイ 犬が見た世界』(3月18日から公開、地域によって違います)は、トルコの都市・イスタンブールでの野良犬の日常を半年間にわたり追ったドキュメンタリーです。この映画は、北米を代表するドキュメンタリー映画祭のひとつ、Hot Docsカナダ国際ドキュメンタリー映画祭で最優秀国際ドキュメンタリー賞を受賞。

「犬の目線」である低いアングルから撮影されています。トルコは、野良犬の捕獲と殺処分が違法である珍しい国です。10万匹以上の野良犬がトルコでは暮らしています。

日本では、野良犬の殺処分が行われています。トルコと日本の動物愛護の違いを見ていきましょう。

なぜ、イスタンブールは野良犬が大切にされているのか?

『ストレイ 犬が見た世界』の予告より

この映画は、イスタンブールのストリートで暮らしているゼイティンという名の推定年齢2歳(当時)の雌の大型犬の目線で作られています。ゼイティンは、交通量が多い道も車の流れをよく見て渡ります。車も野良犬に配慮しているようで、野良犬をうまく回避して運転しています。

そして、野良犬たちは、シリア難民の少年たちと寝起きをともにしたりもしています。ゼイティン以外の野良犬たちもイスタンブールの街を縦横無尽に歩き回っています。

野良犬を街であまり見ることがない日本人から見ると、こんなに野良犬と仲良くできるのだと全編を通して感動します。

トルコの野良犬の保護の歴史

トルコは、ずっと野良犬に優しい国だったわけではありません。歴史を見ていきましょう。

1909年の頃は、イスタンブールにいた野良犬を捕獲して、マルマラ海にある孤島に約8万匹の野良犬を置き去りにしました。その野良犬のほとんどは飢え死にして、泳いで逃げようとした野良犬もいたそうです。

その3年後の1912年にマルマラ海沿いで大きな地震があり、トルコの人たちは、犬の祟りではないかとささやいていたそうです。

ところが、2004年にトルコで「動物保護法」が施行されたことより、ストリートで暮らす野良犬や野良猫の保護を自治体ですることになったのです。具体的には、税金で必要な治療や不妊去勢手術や狂犬病ワクチン接種などをしています。

映画を見ていると、耳にタグが付けられた野良犬がいますが、その子たちはワクチン接種が終わっているのです。

2021年に「動物の権利法」が施行され、野良犬や野良猫たちは、モノではなく命あるもので、生きている権利があると扱われています。野良犬や野良猫への虐待は罪になります。

そんなトルコですが、2021年のトルコのある街でペットブルが人間を襲う事件がありました。それを受けてクリスマスにエルドアン大統領が「飼い主のいない動物たちの住みかは道路ではない。シェルターだ」と発言して、トルコ国内で物議をかもしているそうです。

このエルドアン大統領の発言を聞いたこの映画のロー監督はロサンゼルスに住んでいるのですが、主役の野良犬のゼイティンの身を案じてトルコへ飛び、捜し回りました。すぐには見つからなかったけれど、数日後に以前と変わりなくカフェで寝ているゼイティンと再会できたといいます。それで、ゼイティンの身を案じて面倒を見てくれる人を見つけました。ゼイティンは、いまは保護犬としてイスタンブール郊外で暮らしているとのことです。

日本には、狂犬病予防法がある

日本では、犬に狂犬病予防法がありそこには「予防員は、第四条に規定する登録を受けず、若しくは鑑札を着けず、又は第五条に規定する予防注射を受けず、若しくは注射済票を着けていない犬があると認めたときは、これを抑留しなければならない」と定められています。この法律によって日本では、野良犬と呼ばれる飼い主のいない犬たちは捕獲されるのです。

簡単にいうと、野良犬は狂犬病ワクチンを打っていないので捕獲する国なので、街で野良犬を見ることは、ほとんどないのです。

いまのトルコは(未来は変わるかもしれませんが)、野良犬にも狂犬病ワクチンを打って、街で暮らす動物とみなされています。この辺りが、日本と大きく違います。

動物愛護とは?

『ストレイ 犬が見た世界』のパンフレットを筆者が撮影
『ストレイ 犬が見た世界』のパンフレットを筆者が撮影

この映画を見ると、国によって野良犬に対しての考え方が違うことがわかります。トルコと日本では野良犬に対してかなり差があります。

日本は、狂犬病予防法の国なので、いまのように捕獲は仕方がないかもしれません。しかし、みんなの考え方が変化して、トルコのように野良犬は街で暮らす動物と考えるようになり、税金で不妊去勢手術やワクチン接種をしてもいいとなると、動物愛護が変わっていくのでしょう。

映画を見ていると、ゼイティンは大型犬ですが、凶暴なこともなく、ある一定な距離をおいて人間と共存していました。他の野良犬も映画で見る限り、群れでも人間を襲うことはなかったので、トルコ人に優しくされているのでしょう。トルコは野良犬に対して、愛情深く接している国があることがわかります(野良犬を叩いたり、いじめたりしていると凶暴になります)。

この映画を見ると、日本の動物愛護の考え方が成熟して、野良犬にもってと優しくしてもいいのでは、と思ってくるのです。野良犬は、人が生み出したもので、野良犬にはなんの罪もないです。なかなか難しいことだとは、わかりますが、野良犬が地域社会と共存できるといいですね。

映画に映し出されるその街では、たくさんの野良犬が人間と絶妙な距離感を保ちながら、自分たちのペースで生きています。

映画のなかで、イスタンブールのモスクから流れるアザーン(礼拝を知らせる詠唱)に耳を傾けて、遠吠えするゼイティンは神々しかったです。日本は、決して動物愛護先進国になっていないことを教えてくれる映画でした。

野良犬や野良猫の保護活動に関心のある人は、映画館に足を運んでみるのはいかがですか。

『ストレイ 犬が見た世界』は以下のサイトにあり、各地域の映画館も紹介されています。

https://transformer.co.jp/m/stray/

まねき猫ホスピタル院長 獣医師

大阪市生まれ。まねき猫ホスピタル院長、獣医師・作家。酪農学園大学大学院獣医研究科修了。大阪府守口市で開業。専門は食事療法をしながらがんの治療。その一方、新聞、雑誌で作家として活動。「動物のお医者さんになりたい(コスモヒルズ)」シリーズ「ますみ先生のにゃるほどジャーナル 動物のお医者さんの365日(青土社)」など著書多数。シニア犬と暮らしていた。

石井万寿美の最近の記事