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【きょうだいの中でも小さい子を引き取る】工場で生まれた子猫たち…そこには厳しい動物界の掟があった

石井万寿美まねき猫ホスピタル院長 獣医師
(写真:アフロ)

とらじちゃんが、当院へやってきたのは、去年の11月のことでした。

飼い主のWさんが、「ウンチが出ない」といわれて、手のひらに乗るほどの1850グラムの野良の子猫でした。

「とらじちゃんはどうされたのですか」と筆者が質問すると「知り合いの工場に住みついている母猫が2匹産んだみたいでね。小さな男の子をもらいました。線が細かったので。もう1匹の子は、女の子で大きくて元気そうで誰でも育てられそうなので、他の人に譲りました」とまっすぐ前を向いてWさんは、答えました。

とらじちゃんは、雄の子猫としては小さい方で先天的な疾患を持っていました。Wさんの熱意や手術の甲斐もあり、いまでは他の猫と変わりなく元気に走り回っています。

今回は、生まれたときに雌より小さかった雄の子猫が、持っていた疾患について解説します。まずは「動物界の掟」を説明し、次にとらじちゃんの成長を見ていきましょう。

残酷な動物界の掟

写真:PantherMedia/イメージマート

どんな子猫でも全てを助けようと思っている人には、残酷な動物界の掟があることを知ってもらわなければなりません。そのことをちゃんと理解して、野良猫を保護しないと命を守れない場合もありますので、知識として、知ってくださいね。

猫などは、出産、子育てでうまくいかないことがあるので多くの子どもを産みます。猫が、1匹しか産まないことはまれです。多くの場合は、3、4匹の子猫を産みます。多い場合は、6匹ということもあります(そのため、1回出産させてしまうと多頭飼育崩壊に陥るリスクが上がりますね)。

それは、全部、育てられないかったときの保険のようなものです。以下の子は、特に育たない可能性が高いケースです。

体重の軽い子

雄なのに雌より小さい子

猫の場合は、兄弟であれば、雄の方が大きいです。

あまり母乳を飲まない子

他の兄弟を押しのけてでも、母乳を吸わない子はなかなか育ちません。

以上のような子は、母猫は育てるのを放棄することが多いです。

自分のエネルギーが無駄になる可能性があることはしないのです。元気で、よく母乳を飲む子だけを懸命にお世話するのが動物の世界です。人のように、この子は、あまり飲まないので、何度も哺乳するとかしないのです。弱った子に乗って寝る母猫もいます。

猫の世界だけではありません。たとえば、鳥の子育ても一番大きな口を開けている子だけに、餌をあげます。口を開けない子の口を無理矢理にこじ開けたりはしないのです。

このようなことから、考えるととらじちゃんは、雄なのに雌より小さくて、かなりリスクを持っていました。とらじちゃんの場合は、単に小さいだけではなかったのです。

先天的疾患 臍(さい)ヘルニア

術後のとらじちゃん 撮影筆者
術後のとらじちゃん 撮影筆者

とらじちゃんは、臍ヘルニアを持っていたのです。

簡単にいえば、「出べそ」です。生後間もない子犬、子猫の臍輪というお臍の部分が閉じずにいる子もいます。それが成長と共に治る子もいます。

しかし、とらじちゃんは、成長と共にその出べそがだんだんと大きくなっていきました。定期的に来院されていましたが、それ以外は、とらじちゃんは元気に育ちました。

【症状】

とらじちゃんは、初めはよく見ないとわからない程度の出べそでした。初診は、ウンチが出ない、つまり便秘でした。子猫は、母猫が体をなめてくれないと、便秘になりやすいです。しかし、それだけではなく、臍ヘルニアのために、腹筋がよわかったのです。処置をすれば、すぐにウンチが出ました。

しかし、臍ヘルニアがくるみ大までなりました。お腹の真ん中にでっぱりがあるのです。

触るとやわらかく、おなかの中に押し戻すことができます。腸間膜だけで小腸は出ていませんでした。これだけ大きな臍ヘルニアだと、将来、小腸が多量に出る可能性があります。そうなれば、腸内の通過障害や痛みも伴い便秘になり、最悪のケースは命を危険に晒す可能性があります。

【治療】

とらじちゃんの場合は大きな臍ヘルニアだったので、去勢手術のときに外科的に臍ヘルニアを閉じることにしました。手術をしてわかったのですが、臍ヘルニアだけではなく、腹筋の疾患で、正中線付近、つまり腹筋の真ん中の筋肉が、先天的に薄いのです。和紙のように弾力性がなく縫合しようとすると、腹筋が裂けてしまいそうでした。

2回目の手術 先天的に腹筋が薄い

筆者は、Wさんにとらじちゃんは、先天的に腹筋が薄いことを告げました。そして、臍ヘルニアは、閉じたけれど、前後の筋肉が薄いので、そこがまた裂けるかもしれないことも伝えました。

Wさんは、「先生と話し会いながら、じっくり治療をする」と言われました。食欲がない元気がないなどがあれば、すぐに来てもらうことにしました。もし、他の部分も出べそのようになれば、手術することに決めました。

術後10日過ぎた辺りから、臍の上で胸に近いところが、少し膨らんできました。成長と共に腹筋が厚くなることを期待しましたが、そういうわけにもいかないようだったので、とらじちゃんは、2度目の手術を受けました。

とらじちゃんは、2度目の手術も成功して以来、臍ヘルニアにはなっていません。Wさんは、嬉しそうでした。

「小さい子をもらいますと言ったのは、本心からです。とらじになにかあっても守っていこうと思っていました。でも実際にできるか不安でした。手術に我慢してくれてありがたい」とWさんは言われてました。

とらじちゃんは、Wさんの言っていることがわかっているのか、ケージの中で得意そうな顔をしているように筆者には見えました。

まとめ

写真:アフロ

野良猫の子猫を育てるときに、注意してほしい点は、残酷な動物界の掟があるということです。

上記のとらじちゃんのように、体重が軽い小さな子は、弱いし、ほっておくと命の危険もあります。

兄弟で体重の軽い子は、先天的な疾患や免疫力が弱かったりもします。つまり育たないこともあります。そのような知識をしっかり持ってお世話をしてあげてくださいね。兄弟の中でも小さい子猫や子犬は、特に気を配らないといけません。何か不調があれば、動物病院にすぐに連れて行ってくださいね。

まねき猫ホスピタル院長 獣医師

大阪市生まれ。まねき猫ホスピタル院長、獣医師・作家。酪農学園大学大学院獣医研究科修了。大阪府守口市で開業。専門は食事療法をしながらがんの治療。その一方、新聞、雑誌で作家として活動。「動物のお医者さんになりたい(コスモヒルズ)」シリーズ「ますみ先生のにゃるほどジャーナル 動物のお医者さんの365日(青土社)」など著書多数。シニア犬と暮らしていた。

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