Yahoo!ニュース

カビにも発酵菌にもなる糸状菌、抗生物質を生み出す放線菌、人類と菌類の関係を考える

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(提供:イメージマート)

 小林製薬が製造販売した健康食品を摂取した人に腎疾患などの健康被害が出ているが、麹はカビ(糸状菌)の一種であり、人類はカビに悩まされ、あるいは別の細菌(放線菌)を医薬品として利用してきた。そんな細菌と人類の関係について考えてみた。

糸状菌と放線菌

 ペニシリンなどの抗生物質が発見され、その抗菌作用から細菌などによる感染症の治療が劇的に進歩した。ペニシリンは、パンなどに繁殖する青カビ(糸状菌)が作り出す物質で強い抗菌作用がある(※1)。

 このように、細菌が作り出す抗生物質は、多くの医薬品のもとになった。

 特に結核に対しては、1943年にストレプトマイシンが発見されたことで、多くの結核患者の命が救われることになる(※2)。ストレプトマイシンのようにStreptomyces属の放線菌が作り出す抗菌性抗生物質や人為的に作られた半合成物質による医薬品の名前には、その語尾に「マイシン(mycin)」がつけられるようになった。

 ストレプトマイシンは、放線菌の一種のStreptomyces属の細菌(グラム陽性細菌、バクテリア)が作り出す物質で、結核菌や大腸菌などの真正細菌のタンパク質の合成を阻害する。このことでごく一部の患者に難聴や腎機能障害など副作用が出ることがあるが、患者の細胞内にある真正細菌由来のミトコンドリアへ悪影響をおよぼすことで生じると考えられている。

 一方、カビの糸状菌は、衣類や建物に生育して汚染することから嫌われるが、洋の東西を問わず古くから味噌、醤油、チーズなどの発酵食品を作る際に活用されてきた。また、発酵過程から得られる多種多様なアミノ酸や酵素が、医薬品や健康食品などに使われるようになっている。

 糸状菌と放線菌は、同じ単細胞生物だが、遺伝学的にかなり離れた距離にある菌類だ。しかし、どちらも胞子を出し、糸状に菌糸を延ばし、そこから胞子を放出する。その過程で二次的に生理活性物質を作り出すことを知った人類は、抗生物質として、あるいは発酵物質として活用してきた。

 ストレプトマイシンは防カビ薬品として使われ、前述したような副作用があるように、糸状菌や放線菌などの細菌が作り出す物質は、使い方や容量などによって薬にもなるし毒にもなる。

カビ毒とは

 例えば、糸状菌が二次的に作り出すカビ毒(マイコトキシン、真菌毒)だ。

 カビ毒には数百種類があり、厚生労働省はデオキシニバレノール(トリコテセン系カビ毒、コムギなど)、パツリン(リンゴ果汁など)、アフラトキシン類(穀類、ナッツ、牛乳、チーズ、豆など)、シトリニン(米、穀類、ブドウなど)などで規制値を設定している(※3)。

 この中では、アフラトキシン類が発がん性があって強毒であり、厚生労働省のアフラトキシン規制は、全ての食品を対象に1キログラムあたり10マイクログラム(アフラトキシンB1)だ。また、多種多様なカビ毒に対する警戒と制御が重要とされている(※4)。

 シトリニンは、体重1キログラムあたり0.2マイクログラム(成人)で腎臓や胎児などへの毒性があるとされる(※5)。シトリニンの摂取量については、厚生労働省は1グラムあたり0.2マイクログラム以下(第8版食品添加物公定書)、欧州食品安全機関(EFSA)では1キログラムあたり2000マイクログラム以下(1グラムあたり2マイクログラム)にすることを定めている。

 発酵すると二次的にカビ毒のシトリニンを作り出してしまう紅麹菌は、日本を含むアジア諸国で食品の着色料や肉の保存、発酵食品などに活用され、最近ではコレステロール値を下げる機能があることでサプリメントなどにも使われるようになっているが、シトリニンは過熱しても毒素はなくならないため、これまでも健康被害が多く起き、その制御が長く問題になってきた(※6)。

 人類は、カビや放線菌を使い、医薬品や食品などに活用してきた。だが、これらの菌類が作り出す物質には、メリットとデメリットの両面があることを忘れてはならない。

※1:Rodald Bentley, "The Development of Penicillin: Genesis of a Famous Antibiotic" Perspectives in Biology and Medicine, Vol.48(3), 444-452, 2005
※2:Albert Schatz, et al., "The Classic: Streptomycin, a Substance Exhibiting Antibiotic Activity against Gram-Positive and Gram-Negative Bacteria" Clinical Orthopaedics and Related Research, Vol.437, 3-6, August, 2005
※3:Tomoya Yoshinari, "Mycotoxin regulations for food and official analytical methods in Japan" JSM Mycotoxins, Vol.71(2), 75-78, 2021
※4:Md Atiqul Haque, et al., "Mycotoxin contamination and control strategy in human, domestic animal and poultry: A review" Microbial Pathogenesis, Vol.142, May, 2020
※5:Dubravka Flajs, Maja Peraica, "Toxicological Properties of Citrinin" Archives of Industrial Hygiene and Toxicology, Vol.60, Issue4, December, 2009
※6-1:Biing-Hui Liu, et al., "Evaluation of Citrinin Occurrence and Cytotoxicity in Monascus Fermentation Products" Agricultural Food Chemistry, Vol.53, Issue1, 170-175, 10, December, 2004
※6-2:Masayo Kushiro, "Historical review of researches on yellow rice and mycotoxigenic fungi adherent to rice in Japan" JSM Mycotoxins, Vol.65, No.1, 22, April, 2015

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

石田雅彦の最近の記事