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「加熱式タバコ」にも「動脈硬化症」のリスクが:新型タバコ最新研究

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:イメージマート)

 若年層を中心に加熱式タバコの喫煙者が増えている。タバコ会社は有害性の低減をうたっているが、健康へのリスクが低くなっているかどうかはわからない。最新研究では、加熱式タバコにも紙巻きタバコと同様の有害性が指摘されている。

加熱式タバコの最新研究

 米国のFDA(食品医薬品局)は2020年7月、加熱式タバコのアイコスの販売を許可した。ただし、これは単にタバコ製品としての認可であり、健康への悪影響が低減されていることを認めたわけではない。ちなみに、特許違反の疑いで米国貿易委員会から、米国内でのアイコスの販売と輸入は現在停止されている。

 タバコ会社は加熱式タバコについて、有害性の低減をうたっている。将来は紙巻きタバコの製造販売を完全にやめ、加熱式タバコなどの新型タバコへシフトすると宣言する会社もある。だが、これまでのタバコ会社の行いを振り返れば、そんな宣言に信憑性はない。

 加熱式タバコが上市されて10年ほどが経つ。この新型のタバコ製品に対し、健康への影響を評価した研究は当初あまり多くなかった。タバコ製品は、ニコチン依存による長期の継続的な日常使用により、有害物質が次第に体内へ取り込まれ、がんを発症させたり呼吸器疾患、心血管疾患などを引き起こしたりするので短期的な影響を評価するのは難しい。

 だが、最近になって加熱式タバコの有害性についての研究が多く出されるようになってきた。各国で加熱式タバコの喫煙者が増え、公衆衛生上の影響が無視できなくなってきたということだが、特に呼吸器や血管への悪影響を無視できない結果が目につくようになってもいる。

 日本の研究グループが2022年に発表した研究では、加熱式タバコからの抽出物を実験用の肺の細胞に曝露させたところ、炎症性のタンパク質が発現して細胞毒性を示し、肺がん幹細胞の増殖に関係する影響があったという(※1)。この研究にはJT(日本たばこ産業)の関連機関からの研究助成が出ているが、それでもこうした評価になるというのは重要だろう。

動脈硬化症のリスクが

 英国の研究グループが2023年5月に発表した研究では、肺がんを診断する16のバイオマーカーに対し、加熱式タバコに切り換えた喫煙者による35の論文を比較検討している。16のうち、3つのバイオマーカーでは改善がみられたが、残りの13のバイオマーカーでは紙巻きタバコと同じか、バイオマーカーがより悪化した論文があったという(※2)。同研究グループは、既存のバイオマーカーだけでは加熱式タバコの肺がんリスクを評価できない危険性があると指摘している。

 スウェーデンの研究グループが2024年3月に発表した研究では、加熱式タバコの短期間の喫煙でも血管機能へ悪影響がみられ、血栓の形成や動脈硬化の徴候が出ることがわかった。喫煙後すぐに心拍数が増加、アテローム性動脈硬化症の危険因子として知られる現象が起きたという(※3)。同研究グループは、参加者が少なかった(24人)ものの、加熱式タバコの血管への悪影響が明らかになったとしている。

 日本の研究グループが2024年3月に発表した研究では、がんの外科手術を受けた患者2850人について加熱式タバコの過去喫煙者132人、現在喫煙者306人の気道閉塞(正常値より低い肺活量、FVC)を調べた(※4)。過去研究ではアイコスなどの加熱式タバコが気道を含む呼吸器へ悪影響をおよぼすことがわかっている(※5)。

 その結果、加熱式タバコを吸ったことのない患者より、過去・現在の加熱式タバコ喫煙者のほうが気道閉塞の割合が高かった。また、この結果は紙巻きタバコのみの喫煙者の割合とほぼ同じであり、加熱式タバコの過去喫煙者でも気道閉塞のリスクが大きかったという。

生活習慣病や歯周病への悪影響も

 中国の研究グループが2023年10月に発表した研究では、生体細胞を模した立体構造モデルを用い、加熱式タバコの毒性評価をしている。その結果、紙巻きタバコと同様、加熱式タバコも酸化ストレスによる細胞毒性を示し、細胞内ミトコンドリアの代謝サイクル(TCA)に悪影響をおよぼすことが示唆された(※6)。このサイクルは身体のエネルギー産生に重要であり、この循環が阻害されると生活習慣病を引き起こしたり悪化させたりする恐れがある。

 クロアチアの研究グループが2024年1月に発表した研究によれば、加熱式タバコも紙巻きタバコほどではないが、歯周組織へ悪影響をおよぼすことがわかった。同研究グループは、口腔内の衛生状態を良好に保つためには、加熱式タバコもやめて禁煙するのが最も効果的と述べている(※7)。

※1:Naoya Hirata, et al., "Effects of cigarette smoke extract derived from heated tobacco products on the proliferation of lung cancer stem cells" Toxicology Reports, Vol.9, 1273-1280, 2022
※2:Sophie Braznell, et al., "What Can Current Biomarker Data Tell Us About the Risks of Lung Cancer Posed by Heated Tobacco Products?" NICOTINE & TOBACCO RESEARCH, Vol.26, Issue3, 270-280, 21, May, 2023
※3:Gustaf Lyytinen, et al., "Use of heated tobacco products (IQOS) causes an acute increase in arterial stiffness and platelet thrombus formation" Atherosclerosis, Vol.390, 117335, 6, March, 2024
※4:Satomi Odani, et al., "Association between heated tobacco product use and airway obstruction: a single-centre observational study, Japan" BMJ Open Respiratory Research, Vol.11, Issue1, 7, February, 2024
※5-1:Sukhwinder Singh Soha, et al., "IQOS exposure impairs human airway cell homeostasis: direct comparison with traditional cigarette and e-cigarette" ERJ open research, Vol.5, Issue1, 00159-2018, 2019
※5-2:Athanasia Pataka, et al., "Acute Effects of a Heat-Not-Burn Tobacco Product on Pulmonary Function" medicina, Vol.56(6), 292, 12, June, 2020
※6:Hongjuan Wang, et al., "Evaluation of toxicity of heated tobacco products aerosol and cigarette smoke to BEAS-2B cells based on 3D biomimetic chip model" Toxicology in Vitro, Vol.94, 18, October, 2023
※7:Ivana Miskovic, et al., "Periodontal Health Status in Adults Exposed to Tobacco Heating System Aerosol and Cigarette Smoke vs. Non-Smokers: A Cross-Sectional Study" dentistry journal, Vol.12(2), 26, 29, January, 2024

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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