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なぜアイコスの「フィリップモリス」は「紙巻きタバコ」をやめないのか

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:ロイター/アフロ)

 タバコ会社で世界最大手のフィリップモリスインターナショナル(以下、PMI)は「煙のない社会」を目差し、紙巻きタバコの製造販売からの撤退をアナウンスしている。いったい、それは本当なのだろうか。

喫煙率が5%を下回るとどうなるか

 PMIが英国の新聞紙上へ「We're Trying to Give Up Cigarettes(我々は紙巻きタバコを諦めようとしている)」という広告を出したのは2018年1月のことだ。当時のCEO、カランザポラス氏もあちこちで「紙巻きタバコの有害物質はフィルターでは除去できない」と明言し、将来的に同社が紙巻きタバコから撤退するというような発言をしていた。

 同社は、2000年代の初めごろから、いわゆる有害物質を軽減したリスクの低い製品(Reduced Risk Products、RRP)の開発を積極的に始め、加熱式タバコ(アイコス)を2014年にイタリアと日本とで最初に上市した。また、2017年には米国で設立された「スモークフリー(煙のない)財団」へ資金提供(12年間に10億ドル=約1500億円)を始めている。

 21世紀に入り、先進諸国での喫煙率は下がり続けている。喫煙率が5%を下回ると、もはや利益を生み出すビジネスとしてタバコ産業は成立しないと考えられている(※1)。

売上げが伸びている紙巻きタバコ

 ところが、先進諸国での喫煙率は下がっているが、中国や途上国などでは依然として紙巻きタバコの喫煙者が多く、喫煙率もまだ高い。実際、同社は加熱式タバコやスヌース(無煙タバコ、ZYN)などの新型タバコの売上げを伸ばす一方で、紙巻きタバコの売上げも着実に増やしている(純利益+3.5%、実質+5.5%、2023年のPMIアニュアルレポート)。

 PMIは、喫煙率が世界的にも上位のインドネシアに子会社を持ち、インドネシアのタバコ市場で同社のブランドは独占状態を続けている。こうした市場を同社は絶対に手放したりはしない(※2)。

 将来的なビジネス展開を考えれば、加熱式タバコやスヌースなどのニコチン供給製品の販路を広げ、ニコチン依存症の喫煙者を減らさず、むしろ若年層への訴求で増やそうとし、ロビイングなどで各国政府のタバコ規制を妨害し、喫煙率の減少に歯止めをかける方向へ注力するだろう。しかし、紙巻きタバコが依然として主流である市場で、PMIは紙巻きタバコから手を引くことを考えてはいないのだ(※3)。

 PMIは今後、世界中のニコチン依存症の喫煙者に対し、日本と同様に紙巻きタバコを売りつつ、新型タバコへのシフトを進めようとするだろう。実際、タバコ対策が進むニュージーランドでは、前述したスモークフリー財団を通じて同社のマーケティング活動が行われている(※4)。

PMIが紙巻きタバコを手放すことは絶対にない

 米国のFDA(食品医薬品局)はアイコスについて曝露低減製品としてはいるが、健康への悪影響が低減されていると述べてはいない。

 リスクが低減されているとされる新型タバコも、その長期間の使用でどんな健康への悪影響が出るかまだはっきりとわかってはいないし、有害物質を体内へ入れることに変わりはない(※5)。しかも、アイコスを吸うことによる有害物質は、販売国によって違うのではないかという疑いを示した研究も出ている(※6)。

 PMIは、アイコスの莫大な開発費をまだ回収できていない。また、BAT(ブリティッシュアメリカンタバコ)やJTI(日本たばこ産業インターナショナル)などの競合を突き放すためにもR&D費の投入を続けざるを得ず、そのためにも紙巻きタバコからの収益はなくてはならないものだ。

 以上をまとめると、PMIが紙巻きタバコから撤退することは絶対にない。同社がいう「煙のない社会」とは、ニコチン依存症の喫煙者を手放さず、同社のビジネスを持続させるための方便に過ぎない。

 そして、禁煙できないニコチン依存症は、長期間の有害物質の持続的な摂取と関連疾患の発症、そして短い寿命を意味する。

※1:Frederieke S van der Deen, et al., "Impact of five tobacco endgame strategies on future smoking prevalence, population health and health system costs: two modelling studies to inform the tobacco endgame." Tobacco Control, Vol.27, Issue3, 2018
※2:Kenneth E Warner, "An endgame for tobacco?" Tobacco Control, Vol.22, Issue suppl1, 2013
※3:Richard Edwards, et al., "Evaluating tobacco industry 'transformation': a proposed rubric and analysis" Tobacco Control, Vol.31, Issue2, 3, March, 2022
※4:Andrew Waa, et al., "Foundation for a Smoke-Free World and health Indigenous futures: an oxymorn?" Tobacco Control, Vol.29, Issue2, 10 May, 2019
※5-1:Nick Wilson, et al., "Improving on estimates of the potential relative harm to health from using modern ENDS (vaping) compared to tobacco smoking" BMC Public Health, 21, Article number: 2038, 8, November, 2021
※5-2:Hongjuan Wang, et al., "Evaluation of toxicity of heated tobacco products aerosol and cigarette smoke to BEAS-2B cells based on 3D biomimetic chip model" Toxicology in Vitro, Vol.94, 105708, 6, October, 2023
※5-3:Stanton A. Glantz, et al., "Population-Based Disease Odds for E-Cigarettes and Dual Use versus Cigarettes" NEJM Evidence, Vol.3(3), 27, February, 2024
※5-4:Silvia Granata, et al., "Toxicological Aspects Associated with Consumption from Electronic Nicotine Delivery System (ENDS): Focus on Heavy Metals Exposure and Cancer Risk" International Journal of Molecular Sciences, Vol.25(5), 2737, 27, February, 2024
※6:Noel J. Leigh, et al., "Nicotine, Humectants, and Tobacco-Specific Nitrosamines (TSNAs) in IQOS Heated Tobaco Products (HTPs): A Cross-Country Study" toxics, Vol.12(3), 180, 27, February, 2024

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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