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「自分の行動を記録する」セルフモニタリングは、なぜ「要介護になるのを予防」できるのか、神戸大の研究

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:アフロ)

 介護を必要とする高齢者が増加しているが、要介護になるのを予防できるかもしれない一つの方法がわかってきた。それは、自分で自分の行動を記録すること。神戸大学がその研究成果を発表した。

どうしたら要介護になるのを予防できるのか

 要支援(要支援1、2)と要介護(要介護1〜5)と認定される状態の違いは、要支援が基本的に一人で生活できるが部分的な介助が必要な状態で、要介護は運動機能の低下のみならず思考力や理解力の低下もある状態だ。65歳以上の人(第一号保険者。40歳から64歳の人は第二号保険者)は、要支援や要介護になった時に条件に応じて介護保険サービスを受けられるようになる。

 厚生労働省が定める要介護状態の定義は、身体または精神の障害があるため、入浴、排せつ、食事などの日常生活における基本的な動作の全部または一部について、厚生労働省令で定める期間(原則6カ月)にわたり継続して常時介護を要すると見込まれる状態のことだ。また、要介護になる要因として、フレイル(加齢によって心身が衰えた状態)、低栄養、認知機能低下、既往症などがある。

 介護予防サービスを受ける要支援に認定された高齢者に対し、問題の発生を予防できるようにすれば要介護にならなかったり、要介護になることを遅らせたりすることが期待できるかもしれない。

 身体活動を増やすことは、心血管疾患、糖尿病、筋力の衰えによる骨折などを予防するだけでなく、生活の質(QOL)を向上させるためにも重要だ。 日常的によく歩くといった身体活動が減少したり座りっぱなしの状態になったりすることが多い高齢者は、死亡リスクが上昇すると考えられ、要介護状態になる高齢者は健康な高齢者より身体活動が少ない(※1)。

 セルフ・エフィカシー(Self-Efficacy、自己効力感)は、あることをうまくできるという自信(自分自身の可能性の確信)のことで、以前から身体活動との関係が研究されてきた概念だ(※2)。特に、目標設定や記録を付けるなど自分の行動の監視(セルフモニタリング)、行動のフィードバックなどが、高齢者の身体活動のセルフ・エフィカシーを高めるために有効なようだ(※3)。

加速度計で高齢者の身体活動量を調べる

 そのため、神戸大学大学院保健学研究科の北村匡大研究員 (令和健康科学大学リハビリテーション学部理学療法学科講師)、井澤和大准教授らの研究グループが、要支援高齢者を対象に、加速度計を用いた結果を自身で記録するセルフモニタリングによる介入研究を実施し、セルフモニタリングしたほうが、歩数、座位行動、軽強度活動といった身体活動を改善することを明らかにし、その成果を学術雑誌で発表した(※4)。

 加速度計を使った高齢者の客観的な身体活動量の調査研究は多い。例えば、米国で行われた65歳以上の参加者を対象にした研究によれば、加速度計で計測した身体活動量が多いほど、認知機能の低下がみられず、脳の状態が健康であることがわかったという(※5)。

 自分自身の行動の記録を付けるセルフモニタリングは、セルフ・エフィカシーを高めるために重要とされているが、これまで要支援高齢者を対象に身体活動に焦点を当てた効果的な介入プログラムの検証はほとんど行われていなかったという。また、加速度計を使ったセルフモニタリング介入が、要支援高齢者の身体活動量や生活の質(QOL)にどんな影響をおよぼすかについてもまだ明らかになっていない。

 同研究グループは、2022年10月から2023年1月にデイサービスでリハビリテーションを受けた65歳以上の要支援者、歩行可能な人の中から52人に参加してもらい、介入群(加速度計を使ったセルフモニタリングによる介入群)24人、介入なしの対照群23人にランダムに振り分けた。

 そして5週間の期間で、介入群は、加速度計、パンフレット、カレンダーが渡され、身体活動の教育を受け、歩数と座位行動の目標を設定し、歩数と座位行動時間をカレンダーに記載し、週に1回のフィードバックを受けた。一方、対照群は、加速度計、パンフレット、カレンダーが渡され、身体活動の教育を受けることまでは同じだが、カレンダーへの記録やフィードバックは行われなかった。

セルフモニタリングで身体活動量が増えた

 その結果、介入群は、対照群と比較して、歩数、軽強度活動(体重1キログラムあたりの酸素摂取量=メッツによる1.8メッツから3.0メッツまでの活動、※6)が増え、座りっぱなしが減った。一方、生活の質に大きな違いはなかったが、これは研究期間の短さが原因かもしれないとしている。

セルフモニタリング介入の効果。記録をつけず、フィードバックを得られないと身体活動量が減り、座りっぱなしが増えることがわかる。神戸大学のリリースより。
セルフモニタリング介入の効果。記録をつけず、フィードバックを得られないと身体活動量が減り、座りっぱなしが増えることがわかる。神戸大学のリリースより。

 同研究グループは、今回の研究により、要支援高齢者に対する加速度計を用いたセルフモニタリング介入は歩数、座位行動、軽強度活動を改善する可能性が示されたとしている。また、自身で記録するセルフモニタリングは、積極的な身体活動に対する動機づけに影響を与え、行動変容させる効果があったのではないかと述べている。

 今後は、今回の研究参加者を追跡調査し、さらに参加者を増やし、またリクリエーションや旅行など、生活の質に関係する多様な身体活動の影響に関する研究を続けていく予定という。

 前述した通り、要介護になる要因として、フレイル(加齢によって心身が衰えた状態)、低栄養、認知機能低下、既往症などがある。フレイルというのは、健常な状態と介護が必要な状態の中間で、心身が虚弱になった状態のことを指す。

 フレイルの状態になっても、本人の努力や適切なアプローチによって健康な状態に戻ることもあれば、自分で日常の生活ができないような要介護の状態になってしまうこともある。この研究によるセルフモニタリングという行動は、自分ができるというセルフ・エフィカシーを高め、身体活動量を維持し、増やす動機づけになっているのかもしれない。

 散歩へ外出するなどの身体活動量が増えれば、そして筋力を低下させないようにすれば、フレイル(加齢によって心身が衰えた状態)になることを予防できる(※7)。そして、身体活動量を維持できれば、要介護になるのを予防できる可能性も高い。

※1:Masahiro Kitamura, et al., "Physical Activity and Sarcopenia in Community-Dwelling Older Adults with Long-Term Care Insurance" European Journal of Investigation in Health, Psychology and Education, Vol.11(4), 1610-1618, 8, December, 2021
※2-1:David P. French, et al., "Which Behaviour Change Techniques Are Most Effective at Increasing Older Adults' Self-Efficacy and Physical Activity Behaviour? A Systimatic Review" Annals of Behavioral Medicine, Vol.48, Issue2, 20, March, 2014
※2-2:Lisa M. Warner, et al., "Sources of self-efficacy for physical activity" Health Psychology, Vol.33(11), 1298-1308, 7, April, 2014
※3:Yuya Watanabe, et al., "Comprehensive geriatric intervention in community-dwelling older adults: a cluster-randomized controlled trial" Journal of Cachexia, Sarcopenia and Muscle, Vol.11, Issue1, 26-37, February, 2020
※4:Masahiro Kitamura, et al., "Effects of self-monitoring using an accelerometer on physical activity of older people with long-term care insurance in Japan: a randomized controlled trial" European Geriatiric Medicine, doi.org/10.1007/s41999-024-00935-w, 14, February, 2024
※5:Katherine J. Bangen, et al., "Greater accelerometer-measured physical activity is associated with better cognition and cerebrovascular health in older adults" Journal of the International Neuropsychological Society, Vol.29, Issue9, 15, February, 2023
※6:1.8メッツは立ったり皿洗いなど。2.0メッツはゆっくりした速度の歩行、料理、食材の準備、洗濯、洗車など。3.0メッツは普通の速度の歩行、電動アシスト自転車の移動、立って子どもの世話、大工仕事など。
※7:沓澤智子、「サルコペニアとフレイル」、日本呼吸ケア・リハビリテーション学会誌、第29巻、第3号、359-364、2021年

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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