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「乳がん」治療に「副作用のない新たな抗体薬」の可能性、東北大など

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:イメージマート)

 東北大などの研究グループが、世界で初めて乳がんのがん細胞にのみ反応する特異的な抗体開発に成功した。東北大のリリースによれば、副作用のない抗体医薬品の開発につながる研究成果だという。

副作用の強い抗体薬

 乳がんと診断される患者数は年間9万7812例(男性670例、女性9万7142例、2019年)で、女性の患者数は年々上昇傾向にある。部位別がん罹患数では女性の第1位が乳がんだ(第2位は大腸がん、2019年)。

 乳がんにはいくつか種類(サブタイプ分類)がある。がん細胞の表面にHER2(ヒト上皮成長因子受容体2)という細胞増殖に関係するタンパク質が過剰発現しているタイプをHER2型といい、乳がんの約20%(胃がんの20%も)だが、悪性度が高く、進行が速いとされてきた。

 このHER2型乳がんの薬物療法としては、HER2に対する抗体薬(がん細胞の目印である抗原にのみ結合し、がん細胞を死滅させる薬剤)としてトラスツズマブ(ハーセプチン)などを用いる。だが、トラスツズマブは、がん細胞以外の正常細胞に対しても高い反応性を示し、そのため特にHER2タンパク質が必須な心臓に対して副作用があった(※1)。

副作用のない抗体医薬品へ

 トラスツズマブの副作用を軽減し、その機能を発揮させるためには、がん細胞のみに特異的に作用させる必要がある。東北大学大学院医学系研究科分子薬理学分野の加藤幸成教授の研究グループは、すでに2014年、がん細胞を特異的に攻撃するCasMab(Cancer-specific Monoclonal antibody)という抗体薬の開発に成功しており(※2)、今回、HER2のみを特異的に標的とする抗体薬HER2-CasMabを作成、乳がんに対してトラスツズマブと同等の抗腫瘍効果を示すとともに正常な上皮細胞には全く反応しないことを実験細胞を用いた研究で示した(※3)。

HER2-CasMabは乳がんに対し、トラスツズマブと同等の抗腫瘍効果を示した。東北大学のリリースより
HER2-CasMabは乳がんに対し、トラスツズマブと同等の抗腫瘍効果を示した。東北大学のリリースより

 また東北大学のリリースでは、米国サンディエゴに本社を置くバイオ医薬品企業が日本の製薬会社と共同で、HER2-CasMabを使った第一相臨床試験のための患者登録を始めたことを報じている。この臨床試験では、がん細胞などの表面に発現する特定の分子を認識し、攻撃するように遺伝子工学技術で人工的に作ったキメラ抗原受容体(CAR)T細胞に、HER2-CasMabの機能を組み込んで用いるのだという。

 キメラ抗原受容体(CAR)T細胞には、トロゴサイトーシス(trogocytosis)という細胞が標的細胞の一部を囓り取る現象が起き(※4)、その機能性を減退させる。だが、こうした課題についても近年の技術革新により克服されつつあるという。

 同研究グループによる今回の成果発表は実験室内の細胞に対する検証だが、今後、このHER2-CasMab技術を用い、抗がん剤などの薬剤を付加した抗体に運ばせる抗体薬物複合体(ADC)がん治療、キメラ抗原受容体(CAR)T細胞などに応用することで、乳がんに対する副作用を最小限に抑制した治療法の開発につなげていきたいという。

※1:L R. Soares, et al., "Incidence of interstitial lung disease and cardiotoxicity with trastuzumab deruxtecan in breast cancer patients: a systematic review and single-arm meta-analysis" ESMO Open, Vol.8, Issue4, August, 2023
※2:Yukinori Kato, Mika Kato Kaneko, "A Cancer-specific Monoclonal Antibody Recognizes the Aberrantly Glycosylated Podoplanin" scientific reports, 4, Article number: 5924, 1, August, 2014
※3:Mika K. Kaneko, et al., "A Cancer-Specific Monoclonal Antibody against HER2 Exerts Antitumor Activities in Human Breast Cancer Xenograft Models" International Journal of Molecular Sciences, Vol.25, 1941, 5, February, 2024
※4:Mohamad Hamieh, et al., "CAR T cell trogocytosis and cooperative killing regulate tumour antigen escape" nature, Vol.568, 112-116, 27, March, 2019

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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