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年始には「寝正月」がいい理由とは

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:アフロ)

 良質の睡眠は健康に過ごすために必要なものの一つだが、冬に朝起きるのが苦手という人は多い。暖かい布団から出るのが嫌という以外に、我々には冬により長く寝ていたいという生理があるのかもしれない。

メラトニンと睡眠の関係とは

 北半球で冬至が終わると、日中時間が長くなり始める。だが、まだまだ気温は低く、できるだけ長く布団の中で寝ていたいという願望は強い。

 ホルモンの一種にメラトニンという物質がある。メラトニンは脳にある松果体という器官から分泌され、全身に作用するが、不眠症の患者でメラトニンの分泌が減少するなど、我々の睡眠に深く関係していると考えられている(※1)。

 また、メラトニンの分泌は、概日リズム(サーカディアンリズム、体内時計)と同期し、相互に影響し合っている。そのため、人工光や不規則な生活などの影響で概日リズムが乱れるとメラトニンの分泌にも影響が出て、睡眠障害以外にも多くの病気の原因になるようだ。

 概日リズムによって、夜にメラトニンが分泌されると眠くなり、朝になるとメラトニンの分泌が減少して自然に目覚めるというメカニズムがある。環境光への感度は、夏よりも冬のほうが高くなる傾向があり、睡眠に関する研究では、研究を実施した季節の影響をより詳しく評価する必要がある(※2)。

 実際、メラトニンの分泌には、日照時間の長短による季節性があることがわかっている。高緯度地方では夏よりも冬にメラトニンの分泌が2時間遅れるなど、日が短くなる冬に長く眠っていたくなる理由とも考えられる(※3)。

 冬にぬくぬくの布団で二度寝するのは気持ちのいいものだが、決まった時間に起きる習慣がある場合、メラトニンの分泌が減衰しても体内のメラトニンの影響がなくなる30分から1時間程度は眠いままのはずだ。冬にはメラトニンの分泌が長く続くため、二度寝を気持ち良く感じるのかもしれない。

冬にはレム睡眠にも影響が

 また、我々が眠っている間、レム睡眠(REM Sleep、Rapid eye movement sleep)とノンレム(Non-REM)睡眠という二つの状態が出現する。レム睡眠は心身のリフレッシュに不可欠で、記憶の固定や脳の発達などと強い関わりがあると考えられている(※4)。

 レム睡眠は睡眠中に何度か起きるが、我々の身体は回復と脳の調整などのため、レム睡眠の回数をより多く長く欲している。このレム睡眠も概日リズムの影響を受けているため(※5)、レム睡眠も冬に長くなる傾向があるようだ(※6)。つまり、レム睡眠のためにも、冬は長く寝ていたほうがいいかもしれない。

 睡眠の質と量は、健康状態に深く関わっている(※7)。例えば、睡眠不足になると風邪を引きやすくなり(※8)、肥満や糖尿病のリスクも高くなる(※9)。

 現代人の生活は、夜間でも明るい照明に照らされ、テレビやインターネットなどを24時間視聴でき、空調によって室温をコントロールでき、カフェインを含んだ飲み物を飲んだりし、さらに多様な労働時間に規定されている。そのため、十分な睡眠時間と良質な睡眠をとることがますます困難になっている。

 概日リズムやメラトニンの分泌により、冬の季節に長く睡眠をとりたがるのは我々の生理的な欲求といえる。質の良い睡眠を十分にとることは健康を維持するために必要不可欠な要素だが、免疫機能が下がり、感染症にかかりやすい冬には特に睡眠に気をつけることが重要だ。

 年末年始の休みは、身体を休め、質・量ともに十分な睡眠をとる機会とも言える。寝だめはできないが、寝正月をきめこむのもいいかもしれない。

※1:B. Claustrat, J. Leston, "Melatonin: Physiological effects in humans" Neurochirurgie, Vol.61, Issue2-3, 77-84, April-June, 2015
※2:Isabel Schollhorn, et al., "Seasonal Variation in the Responsiveness of the Melanopsin System to Evening Light: Why We Should Report Season When Collecting Data in Human Sleep and Circadian Studies" clocks & sleep, Vol.5(4), 651-666, 1, November, 2023
※3-1:Thomas A. Wehr, "The Durations of Human Melatonin Secretion and Sleep Respond to Changes in Daylength (Photoperiod)" The Journal of Clinical Endocrinology & Metabolism, Vol.73, Issue6, 1276-1280, December, 1991
※3-2:S. Yoneyama S, et al., "Seasonal changes of human circadian rhythms in Antarctica" American Journal of Physiology, Vol.277, Issue4, October, 1999
※3-3:Leena Tahkamo, et al., "Systematic review of light exposure impact on human circadian rhythm" Chronobiology International, Vol.36, No.2, 151-170, 20, September, 2018
※4:Yasutaka Mukai, Akihiro Yamanaka, "Functional roles of REM sleep" Neuroscience Research, VOl.189, 44-53, 23, December, 2022
※5:Sat Bir S. Khalsa, et al., "Sleep- and circadian-dependent modulation of REM density" Journal of Sleep Research, Vol.11, Issue1, 53-59, March, 2002
※6:Aileen Seidler, et al., "Seasonality of human sleep: Polysomnographic data of a neuropsychiatric sleep clinic" Frontiers in Neuroscience, Vol.17, 17, February, 2023
※7:Michael R. Irwin, "Sleep and inflammation: partners in sickness and in health" Nature Reviews Immunology, Vol.19, 702-715, 9, July, 2019
※8:Sheldon Cohen, et al., "Sleep Habits and Susceptibility to the Common Cold" JAMA Internal Medicine, Vol.169(1), 62-67, January, 12, 2009
※9:Kristen L. Knutson, Eve Van Cauter, "Associations between Sleep Loss and Increased Risk of Obesity and Diabetes" Annals of the New York Academy of Science, Vol.1129, Issue1, 287-304, May, 2008

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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