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「イルカ」はどれくらい「危険」なのか

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:アフロ)

 海水浴中のヒトに対し、イルカによる咬傷や衝突などによる事故が起きている。福井県の沿岸で昨年(2022年)から起き始めているが、イルカはどれくらい危険なのだろうか。

イルカによるヒトへの攻撃とは

 2022年7月と8月、福井県の浜住町の鷹巣海水浴場、蒲生町の越廼海水浴場、鮎川町の海水浴場で、ヒトに噛みついて怪我をさせるイルカが出没したというニュースが出た。2023年に入っても5月に同じ福井県美浜町の水晶浜海水浴場でヒトがイルカに噛まれる事故が起き、さらに7月にも同じ水晶浜海水浴場でイルカに衝突されて重症を負うヒトが出るなどしている。

イルカによる事故が発生した福井県の主な海水浴場(2022年、2023年)。それほど広いエリアではないことがわかる。国土地理院の地図に作者加筆作成。
イルカによる事故が発生した福井県の主な海水浴場(2022年、2023年)。それほど広いエリアではないことがわかる。国土地理院の地図に作者加筆作成。

 このイルカは、沿岸性のハンドウイルカ(ミナミハンドウイルカ、Tursiops aduncus)とみられている。同一個体によるものか、複数の個体による別々のものかはわかっていないが、福井県美浜町などでは、2022年から海水浴客に向けてイルカを見かけたら触れず近づかず、イルカがいる間は海に入らないように呼びかけている。

 ハンドウイルカに関しては従来、ヒトと親和性が高く、溺れかけたりサメに襲われかけたりしたヒトをイルカが助けるといった事例が多く報告されてきた。

 一般的にハンドウイルカは、メスを中心にした離合集散する群れ、そしてペアもしくは3頭の固定されたオスの集団といった複数行動をする。だが、群れから離れて単独で行動するオスの個体もいて、こうした単独行動のイルカは特にヒトとの親和性の高い交流が報告されている(※1)。

 福井県のイルカも単独のオスとみられているが、ヒトとの友好的な関係ではなく、噛んだり衝突してきたりといった行動をとるようだ。

 このように攻撃的な事例はそう多くはないが、まれではない。

 米国では、イルカによるヒトへの事故は毎年数10件ほどが報告され、イルカと一緒に泳ごうとした女性の左足の肉を噛みちぎった事故もある(The New York Times, 6, July, 1999)。また、2014年にアイルランドでは、水泳中のヒトをイルカの群れが襲い、尾びれで叩くなど攻撃的な行動をしたという(Dailymail, 2, October, 2014)。

 水族館のイルカも同じように危険だ。一緒に泳ぐ際には注意が必要で、故意か事故かわからないが、イルカに衝突されて骨折したり、ヒレで叩かれて内臓が損傷したりするケースがある。

 2002年には和歌山県のホテルでイルカのアトラクション中、イルカに衝突された女性が肋骨や腰の骨を折る重症を負い、この女性がホテル側を提訴したことが報じられた(毎日新聞、2003年6月7日)。

 また、2021年には静岡県の伊豆半島にある水族館で埼玉県から来た12歳の少年が、ハンドウイルカの背ビレをつかんで運んでもらうアトラクションに参加し、背ビレを離した際にイルカの尾びれが左脇腹にあたって脾臓を損傷するという事故があり、ドクターヘリによる搬送先の病院の医師らが症例報告を出している (※2)。

イルカも野生動物に変わりはない

 ハンドウイルカの子殺しの報告も多く、またイルカの一種にネズミイルカという外洋性のイルカがいるが、ハンドウイルカはしばしばネズミイルカを襲って食べることがあるようだ(※3)。こうした攻撃性は特にオスのハンドウイルカに強いが(※4)、子殺しにせよ、多種の捕食にせよ、特にハンドウイルカに限った行動ではない。

 イルカに対して我々が持つイメージは、映画やアニメなどによる影響が大きい。そうしたフィクションで描かれるイルカは、総じて親しみやすく友好的で時としてヒトを助けたりする。

 ハンドウイルカの顔を見ると、大きな口の口角が上がり、まるで笑っているかのように錯覚する。筆者も取材先のハワイ大学のイルカ研究所で、うっかり近づいたイルカから突然、水を吹きかけられたことがあるが、彼らは時としてイタズラ好きだ。

 また、彼らの知能はイヌと同じくらいと考えられているが、水族館などで見かける彼らの行動からは、ヒトに慣れて高度なタスクを実行する賢さを実感させられる。

 だが、前述したように、野生のイルカは、噛みついたり尾ビレで叩いたり、固い口先で衝突したりすることもある。また、若いオスは気が荒く、攻撃的で、ダイビングなどで近づいてきた人間に対して糞をまき散らすなど、ヒトに敵対することが報告されている。

 ハンドウイルカの子殺しでは、衝突による子イルカの内臓損傷があることが多く、同種同士の闘争では背ビレや尾ビレなどを噛む行動が確認されている。また、ハンドウイルカは、海中ではヒトよりもずっと力が強い。オスのハンドウイルカ同士がマウンティング行動をすることがあり、ヒトがこれをやられれば溺れさせられる危険性もある。

 ほとんどの場合、彼らはヒトに対して協調的であり親和的だが、時として野生動物の本性を現すことに注意したい。

 ハンドウイルカは春から夏にかけて沿岸へ接近する周回性があり、生まれ育った海域への愛着心も強いとされている。福井県沿岸の個体が、単一のものとすれば、また来年の海水浴シーズンも同様の事故が起きる危険性がある

※1:Laetitia Nunny, Mark R. Simmonds, "A Global Reassessment of Solitary-Sociable Dolphins" Frontiers in Veterinary Science, Vol.5, doi.org/10.3389/fvets.2018.00331, 22, January, 2019

※2:Ryuji Takada, et al., "A Case of Splenic Injury Caused by a Blow from a Dolphin's Tail Fin" Wilderness & Environmental Medicine, Vol.32, Issue4, 557-559, December, 2021

※3-1:L A. P. Patterson, et al., "Evidence for infanticide in bottlenose dolphins: an explanation for violent interactions with harbour porpoises?" PROCEEDINGS OF THE ROYAL SOCIETY B, Vol.265, 1167-1170, 7, July, 1998

※3-2:Dale G. Dunn, et al., "Evidence for Infanticide in Bottlenose Dolphin of The Western North Atlantic" Journal of Wildlife Diseases, Vol.38(3), 505-510, 1, July, 2002

※3-3:Mark P. Cotter, et al., "“Porpicide” in California: Killing of harbor porpoises (Phocoena phocoena) by coastal bottlenose dolphins (Tursiops truncatus)" Marine Mammal Science, Vol.28, Issue1, E1-E5, January, 2012

※3-4:Kevin P. Robinson, "Agonistic intraspecific behavior in free-ranging bottlenose dolphins: Calf-directed aggression and infanticidal tendencies by adult males" Marine Mammal Science, Vol.30(1), 381-388, January, 2014

※3-5:Bruno Diaz Lopez, et al., "Infanticide attacks and associated epimeletic behaviour in free-ranging common bottlenose dolphins (Tursiops truncatus)" Journal of the Marine Biological Association of the United Kingdom, Vol.98, Issue5, 19, July, 2017

※3-6:J L. Crespo-Picazo, et al., "Bottlenose dolphins (Tursiops truncatus) aggressive behavior towards other cetacean species in the western Mediterranean" scientific reports, 11, Article number: 21582, 3, November, 2021

※4-1:Scott Erin M, et al., "Aggression in bottlenose dolphins: Evidence for sexual coercion, male-male competition, and female tolerance through analysis of tooth-rake marks and behaviour" Behaviour, Vol.142(1), 21-44, 21, October, 2004

※4-2:Monica A. Silva, et al., "Ranging patterns of bottlenose dolphins living in oceanic waters: implications for population structure" Marine Biology, Vol.156, 179-192, 25, October, 2008

※4-3:Kate R. Sprogis, et al., "Sex-Specific Patterns in Abundance, Temporary Emigration and Survival of Indo-Pacific Bottlenose Dolphins (Tursiops aduncus) in Coastal and Estuarine Waters" Frontiers in Marine Science, Vol.3, doi.org/10.3389/fmars.2016.00012, 16, February, 2016

※4-4:H. Smith, et al., "Dolphin sociality, distribution and calving as important behavioural patterns informing management" Animal Conservation, Vol.19, Issue5, 462-471, October, 2016

※4-5:Allison A. Galezo, et al., "Sexual segregation in Indo-Pacific bottlenose dolphins is driven by female avoidance of males" Behavioral Ecology, Vol.29, Issue2, 377-386, 2018

※4-6:Aoi Miyanishi, et al., "Observations and Detailed Descriptions of Sociosexual Behavior in Wild Indo-Pacific Bottlenose Dolphins (Tursiops aduncus)" Mammal Study, Vol.48(3), 22, May, 2023

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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