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宇宙飛行士の「脳」は宇宙でどうなるのか

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:イメージマート)

 民間の参入などにより宇宙旅行が現実になってきている。宇宙へ行くと我々の身体にはどのような影響があるのだろうか。宇宙に長期滞在した宇宙飛行士の脳に異常が出ることが問題になっているが、最近、宇宙へ行く回数と脳への影響について新しい研究が報告された。

宇宙で我々の身体はどうなるか

 よく無重力状態というが、これは重さの感覚がないという意味で、微小重力といわれるように、例えば地球を周回する宇宙船や人工衛星の中で地球上で感じる重力が全くなくなることはないのだという。地球を周回する宇宙船や人工衛星は自由落下状態を続けているだけで、地球の中心へ向かう重力の影響を常に受けているからだ。

 ただ、宇宙のどこかには、あまたある恒星や惑星からの重力の影響が釣り合った完全な無重力状態の地点はある。

 では、こうした無重力状態(微小重力状態)は、宇宙飛行士にどのような影響を及ぼすのだろうか。

 当然だが、我々の身体は地球の重力に適応している。血圧を含めた血液やリンパ液などの体液の循環、嚥下や消化管、排泄、呼吸などだが、頭蓋骨の中に納められた脳についても重力の影響を受ける。

 宇宙飛行士は、体液の循環がうまくいかず、顔がむくんだり、耳の異常を訴えたりするが、眼球の形状異常など目にも悪影響が出ることが知られ(Space Flight-associated Neuro-ocular Syndrome、※1)、また、長期滞在した宇宙飛行士は地球へ帰還後も脳が正常位置に戻らないなどの症状が出たり、脳が格納される脳室の容積が増えたりすることがわかってきた(※2)。

宇宙飛行のインターバルが影響か

 最近、米国の研究グループが、宇宙に滞在する期間が長くなり、一度、地球へ帰還しても再度、宇宙へ戻る間の期間が短くなると宇宙飛行士の脳室の容積が増え、元に戻りにくくなるという研究結果を報告した(※3)。

 前述したように、宇宙での長期滞在で脳室の容積が増えることはわかっていたが、滞在期間や宇宙飛行の回数などとの関係はまだよくわかっていなかった。

 同研究グループは、宇宙での総滞在期間(約2週間から1年)、以前の宇宙飛行の経験(過去0回から3回)、前回の宇宙飛行からの経過時間(約1年から9年)という区分で30人の宇宙飛行士の脳をMRI検査して比べたという。また、30人の宇宙での滞在期間の内訳は、2週間(8人)、6カ月(18人)、6カ月超(4人)だった。

 その結果、この研究グループによれば、宇宙での滞在が長期化(最長6カ月)すると脳室の容量が増え続け、地球上での回復期間が3年未満の場合、脳室の容量が十分に回復しなくなる危険性があるという。こうした変化は宇宙滞在の最初の6カ月間で起き、1年以上滞在経験のある宇宙飛行士の数が少なくサンプル数が足りないこともあって6カ月以上の滞在では宇宙飛行士によって個人差があった。

 こうした脳室の容積変化は、地球に帰還後、次第に元に戻るが、同研究グループは元に戻る回復期間が3年未満の宇宙飛行士、つまり元に戻るのが早かった宇宙飛行士は次の宇宙飛行後にも脳室の容積増大はみられなかったという。一方、回復期間が3年以上かかった宇宙飛行士は、次の宇宙飛行の後に再び脳室の容積増大がみられた。

 これにより同研究グループは、前回から次の宇宙飛行まで3年未満という期間が脳室が元に戻るようになるには不十分であるかもしれず、短いインターバルで宇宙飛行を繰り返すと脳室が拡張したままになる危険性があると述べている。

 各国の宇宙飛行士の活動では、宇宙滞在回数では米国、ロシア、日本の順に多く、宇宙滞在日数ではロシア、米国、日本の順になっている。また、日本人宇宙飛行士では、宇宙滞在回数で若田光一氏が5回、野口聡一氏と星出彰彦氏が3回などとなっている(JAXA資料より、2023年3月現在)。

 商用宇宙開発が熱を帯び、これまでより頻繁に有人宇宙飛行が実施されるようになってもいる。また、宇宙での滞在期間も長期化し、有人での月面滞在、有人火星探査などの計画もある。今後に向け、宇宙飛行士らの健康管理は重要な課題だ。

※1:Andrew G. Lee, et al., "Spaceflight associated neuro-ocular syndrome (SANS) and the neuro-ophthalmologic effects of microgravity: a review and an update" microgravity, 6, Article number: 7, February, 2020

※2-1:Angelique Van Ombergen, et al., "Brain ventricular volume changes induced by long-duration spaceflight" PNAS, Vol.116(21), 10531-10536, 6, May, 2019

※2-2:Larry A. Kramer, et al., "Intracranial Effects of Microgravity: A Prospective Longitudinal MRI Study" Radiology, Vol.295, No.3, 14, April, 2020

※3:Heather R. McGregor, et al., "Impacts of spaceflight experience on human brain structure" scientific reports, 13, Article number: 7878, 8, June, 2023

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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