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「禁煙」すると「認知症」のリスクを下げられる?

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:イメージマート)

 喫煙は認知症のリスクを高める。では、禁煙すればリスクは下がるのだろうか。

吸えば吸うほどリスクが上がる

 日本の65歳以上の認知症の患者数は、2020年には約630万人だったが、2025年に約730万人、2060年に1100万人以上になる推計がある(※1)。この推計によれば、2025年に65歳以上の人の5人に1人が、2040年には4人に1人が、そして2060年には3人に1人が認知症になることになる((各年齢の認知症の危険因子となる有病率が、2012年から2060年までの間、ずっと20%上昇し続けると仮定した場合)。

65歳以上の認知症患者数の予想。内閣府「高齢社会白書」平成29年版より
65歳以上の認知症患者数の予想。内閣府「高齢社会白書」平成29年版より

 いまだにタバコを吸えば認知症(アルツハイマー病や血管性認知症)の予防になると信じている喫煙者も多い。だが、1998年に権威ある医学雑誌『THE LANCET』に発表されたオランダのコホート研究により、タバコを吸ったことのない人と比べ、喫煙者が認知症になるリスク(Relative Risk)は2.2倍、アルツハイマー病になるリスクは2.3倍になることがわかっている(※2)。

 コホート研究というのは特定の集団の健康データを使った研究手法のことで、集団の健康状態を過去から将来へ向かって追跡することが可能だ(前向き研究)。特に前向きコホート研究は、公衆衛生や疫学などの分野でエビデンスの高い手法として多用されている。

 日本でもオランダと同じような喫煙と認知症リスクに関するコホート研究が行われている。これは2015年に発表された論文(※3)で、1961年から福岡県久山町で続けられているコホート研究を使ったものだ。

 この久山研究を用い、754人を追跡調査したところ、中年期の喫煙は認知症(アルツハイマー病と血管性認知症)の強いリスク因子(ハザード比)認知症は2.1(アルツハイマー病2.2、血管性認知症2.6)であり、中年期から老年期にずっと喫煙を続けた場合、認知症の発症リスクは2.3倍(アルツハイマー病2.0倍、血管性認知症2.9倍)だった。

 オランダのコホート研究では、認知症の中で脳梗塞や脳出血などによって発症する血管性認知症のリスクについて、喫煙との関係は明らかになっていなかった。だが、上記の日本の研究や中国での研究(※4)によって、アルツハイマー病だけでなく血管性認知症の発症にも喫煙が強く関係していることがわかっている。

 最近、米国で行われた研究では、25年間の喫煙量によって認知力に影響が出ている(※5)。また、英国の3万3293人のデータを使って喫煙量と脳との関係を調べた研究によれば、喫煙量が増えるほど脳が小さくなり、認知機能も低下していたという(※6)。つまり、タバコをたくさん吸うほど、認知力が低くなるというわけだ。

吸う本数を減らしても逆効果

 では、禁煙すれば認知症のリスクを下げられるのだろうか。

 前述した久山研究を使ったコホート研究によれば、老年期になって禁煙した場合、認知症の発症リスクはかなり下がったという(※3)。また、日本で65歳以上の1万2489人のデータを使ったコホート研究(大崎コホート研究)によれば、喫煙者が禁煙を少なくとも3年間続ければ、認知症のリスクを非喫煙者と同じ程度まで下げられることがわかったそうだ(※7)。

 だが、吸う本数を減らす減煙では、逆に認知症のリスクが上がってしまうという研究結果も出ている(※8)。これは有害性が低いと宣伝されている加熱式タバコにも関係する研究結果だろう。

 喫煙は認知症などのリスクを高めるが、禁煙すれば病気を予防し、寿命を延ばすこともできる(※9)。その結果、介護が必要になることも多く、健康寿命が短くなってしまい、家族や社会に負担をかけることにもつながりかねない。要介護になれば、タバコを吸うのは個人の自由とばかり言っていられないだろう。

※1:内閣府、「高齢社会白書」平成29(2017)年版

※2:A Ott, et al., "Smoking and risk of dementia and Alzheimer's disease in a population-based cohort study: the Rotterdam Study" THE LANCET, Vol.351, Issue9119, 1840-1843, 1998

※3:Jun Hata, et al., "Secular trends in cardiovascular disease and its risk factors in Japanese: half-century data from the Hisayama Study (1961-2009)" Circulation, Vol.128(11), 1198-1205, 2013

※4:D Juan, et al., "A 2-year follow-up study of cigarette smoking and risk of dementia" European Journal of Neurology, Vol.11, Issue4, 277-282, 2004

※5:Amber L. Bahorik, et al., "Early to Midlife Smoking Trajectories and Cognitive Function in Middle-Aged US Adults: the CARDIA Study" Journal of General Internal Medicine, doi.org/10.1007/s11606-020-06450-5, 2021

※6:Zeqiang Linli, et al., "Smoking is associated with lower brain volume and cognitive differences: A large population analysis based on the UK Biobank" Progress in Neuro-Psychopharmacology and Biological Psychiatry, Vol.123, 110698, 26, December, 2022

※7:Yukai Lu, et al., "Smoking cessation and incdent dementia in elderly Japanese: the Ohsaki Cohort 2006 Study" European Journal of Epidemiology, Vol.35, 851-860, 15, February, 2020

※8:Su-Min Jeong, et al., "Association of Changes in Smoking Intensity With Risk of Dementia in Korea" JAMA Network Open, Vol.6(1), e2251,506, 19, January, 2023

※9-1:Henrik Bronnum-Hansen, Knud Juel, "Abstention from smoking extends life and compresses morbidity: a population based study of health expectancy among smokers and never smokers in Denmark" Tobacco Control, Vol.10, 273-278, 1. September, 2001

※9-2:Kotaro Ozasa, et al., "Reduced Life Expectancy due to Smoking in Large-Scale Cohort Studies in Japan" Journal of Epidemiology, Vol.18, No.3, 14, May, 2008

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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