スヌースという「無煙タバコ」は安全か

(写真:ロイター/アフロ)

 タバコを吸えない場所が増える改正健康増進法の全面施行を前に、いわゆる「無煙タバコ(Smokeless Tobacco)」の新製品が発売されている。燃やさず、煙を出さないため、無煙タバコは規制の対象外となるからだ。この無煙タバコ、害はないのだろうか。

大リーガーが広めた噛みタバコ

 4月1日から改正健康増進法が全面施行されるが、タバコ会社は喫煙者にタバコをやめさせないよう、様々な手段を講じている。加熱式タバコなどを含めた新製品を発売するのもその一つだ。

 最近になってJT(日本たばこ産業)が無煙タバコの新製品を出し、BAT(ブリティッシュ・アメリカン・タバコ)も一部地域で無煙タバコの発売を開始した。無煙タバコとは、読んで字の如く煙の出ないタバコのことだ。

 今回の改正健康増進法は受動喫煙防止が直接的な目的のため、従来の紙巻きタバコ、加熱式タバコ、パイプタバコ、葉巻といった煙が出て他者へ危害を及ぼすタバコ製品を規制する。「かぎ(嗅ぎ)たばこ」「かみ(噛み)たばこ」と呼ばれる無煙タバコは、タバコ葉を燃やしたり加熱したりせず、口の中や歯茎と頬の間に入れたり鼻から吸入したりするため、規制の対象外になっている。

 タバコ葉を噛んだり嗅いだりすることでニコチンを摂取する喫煙(喫タバコ)方法は、新大陸の先住民が行っていたのを見たヨーロッパ人が持ち帰って習慣化した。20世紀に入る前には結核の原因になるのではないかと疑われたり紙巻きタバコが流行ることで廃れたが、1980年代に入ると特に米国で「男らしさの象徴」として人気を取り戻す(※1)。

 20世紀の後半から欧米で無煙タバコが嗜好されるようになったのは、タバコの健康への害が広く知られるようになり、タバコ会社が健康への害が少ないと称して発売を始めたことが大きい。米国の場合、野球選手やアメフトの選手を使ってタバコ会社が噛みタバコをPRした。

 よく野球の大リーグの選手が唾を吐き出す光景を見るが、あの唾は噛みタバコのタバコ葉から浸み出したニコチンの苦い唾液だ。大リーガーが噛みタバコを好むのは、この男らしさを求めているからといえるだろう。

 タバコ会社の戦術はここ数十年ずっと同じで、健康懸念を払拭する新製品を繰り出し、市場の衰退を防ぐことに終始する。アイコス(IQOS)などの加熱式タバコも同じ戦術から出てきた製品だ。

日本でも無煙タバコが

 一方、日本では無煙タバコは長く親しまれてこなかったが、2010年の初夏からJTが無煙タバコの新製品(ゼロスタイル)を出し、新たなタバコ市場を開拓しようとする。この後、JTは国内のタバコ消費の衰退を予想して大規模なリストラを行ったが、無煙タバコの開発と国内市場への投入は海外のタバコ市場を見すえたものだった。

 JTが最初に出した無煙タバコは、タバコ葉が詰まったスティックをパイプに差し込んで火を付けずに口から吸い込む嗅ぎタバコだ。その後、タバコ葉を入れたティーバッグのような小袋を歯茎と頬の間に挟み入れ、浸み出したニコチンや香料などの添加物と唾液が混ざったものを口の中の粘膜や鼻腔から摂取するタイプ(スヌース、SNUS)の製品を出す。

 無煙タバコは、世界中で多種多様なものが売られている。その成分もバラバラで、無煙タバコの使用者は主に紙巻きタバコなど他の製品と併用する場合も多く、無煙タバコ単独の悪影響を取り出して分析することは難しい。

 だが、世界中に広がっている製品のため、世界各地で多くの研究が行われてきた。

 2019年に出された無煙タバコと口腔がんに関する複数の論文を比較評価するメタ解析研究(※2)では、37の論文を地域ごとに調べている。その結果、東南アジアと地中海東部(中東、北アフリカ、中央アジアなど)で口腔がんのリスクが高く、女性のほうが男性よりリスクが高く、無煙タバコの製品によってもリスクがバラバラだったという(※3)。

 また、この研究と同じインドの研究グループが行った無煙タバコと口腔がんに関する複数のシステマティックレビュー論文をさらに比較評価した研究(※4)によれば、地域に関係なく無煙タバコと口腔がんのリスクに強い関連性が見られたという。

 これとは別のインドの研究グループによる世界規模のシステマティックレビュー論文(※5)では、無煙タバコによる様々な病気の死亡リスクを調べている。16の論文を採用して比較したところ、全ての死亡、そして全てのがん、口腔・咽頭・上気道・食道など(Upper Aerodigestive Tract、UADT)がん、胃がん、子宮頸がん、虚血性心疾患、脳卒中の死亡リスクで無煙タバコとの関連が認められたという(※6)。

国や地域によって変わる害

 このように無煙タバコといっても多種多様で、国や地域によっても嗜好される製品が異なる。

 北欧の一部の国(スウェーデン)では、無煙タバコ(スヌース)が禁煙治療のために推奨されている。スウェーデンのスヌースと発がんリスクについて調べた研究(※7)によれば、膵臓がんでリスクが高くなることが認められたが、口腔がん、肺がんとの関係はないとしている(※8)。

 では、日本で売られている無煙タバコについてはどうだろう。

 国立保健医療科学院などの研究グループが2016年に発表した分析研究(※9)では、JTが出したスティック・タイプの無煙タバコ(嗅ぎタバコ)を調べている。2010年の発売開始から分析するまでの間に、製品ラインナップやタバコ葉の加工方法が変わっていたようだ。

 分析の結果、スティック・タイプの無煙タバコのニコチン量は紙巻きタバコより少なく、メンソールの含有量は紙巻きタバコより多かったという。また、タバコ特有の有害物質(Tobacco-specific nitrosamine、TSNA)の値は低く、WHOが提言する上限値より少なかった。

 ただ、この分析研究は、現在、発売されつつある歯茎と頬の間に小袋を挟むスヌース・タイプを対象にしたものではない。

 スヌース・タイプについての研究は、スウェーデンで流通しているものを対象にしたものが多く、スウェーデンの妊婦を調べた研究(※10)によれば、タバコ製品を何も使用しない人と比べ、スヌースの使用者の死産や早産のリスクが高いことがわかっている(※11)。

無視できない子どもへの影響

 以上のことから、スヌースを含む無煙タバコは、国や地域の管理の程度によって有害になったり害が少なくなったりしているようだが、スウェーデンのスヌースでさえ、有害性を否定できない。

 火を使わなくても、依存性薬物であるニコチンや有害な添加物を取り込むことにより、ニコチン依存になったりタバコに特有の疾患にかかるリスクを上げることになる。また、スヌース・タイプの無煙タバコは、小袋に入っているため、幼児が誤飲しやすく事故につながりかねない。

 タバコ規制の厳しい国のタバコ会社は、なんとか喫煙者にタバコを吸わせ続けようとして無煙タバコを売り始める傾向がある。無煙タバコを使用するとタバコをやめにくくなることが知られているが(※12)、日本で無煙タバコが発売されつつあるのもそのせいだ。

 ようするに喫煙者にとっての無煙タバコは、タバコの吸えない場所でニコチンを補充し、急場を凌ぐための製品である。喫煙者の禁煙の意志を挫き、いつまでもタバコを買わせるための製品なのだ。

 米国でタバコ会社が野球選手を使って噛みタバコを広めたように、タバコ会社は子どもが無煙タバコに興味を抱き、隠れて使い始め、いずれ紙巻きタバコなどに手を出すということも同時に目論んでいる。

 スヌースを含む無煙タバコは、国際がん研究機関(IARC)のヒトに発がん性のあるグループ1に分類され、EUではスウェーデン以外で販売が禁止されている。日本では改正健康増進法の規制外だが、タバコをやめたい喫煙者はもちろん、子どものためにも手を出さないほうがいいだろう。

※1:Arden G. Christen, et al., "Smokeless tobacco: the folklore and social history of snuffing, sneezing, dipping, and chewing." JADA, Vol.105, 1982

※2:Smith Asthana, et al., "Association of Smokeless Tobacco Use and Oral Cancer: A Systematic Global Review and Meta-Analysis." Nicotine & Tobacco Research, Vol.21, Issue9, 1162-1171, 2019

※3:オッズ比:東南アジア:4.44:95%CI=3.51-5.61、地中海東部:1.28:95%CI=1.04-1.56、女性:5.83:95%CI=2.93-11.58

※4:Smita Asthana, et al., "Association of Smokeless Tobacco Use and Oral Cancer: A review of Systematic reviews." Tobacco Prevention & Cessation, doi.org/10.18332/tpc/112596, 2019

※5:Dhirendra N. Sinha, et al., "Global burden of all-cause and cause-specific mortality due to smokeless tobacco use: systematic review and meta-analysis." Tobacco Control, Vol.27, Issue1, 2018

※6:オッズ比:全ての死亡:1.22:95%CI=1.22-1.34、全てのがん:1.31:95%CI=1.16-1.47、UADTがん:2.17:95%CI=1.47-3.22、胃がん:1.33:95%CI=1.12-1.59、子宮頸がん:2.07:95%CI=1.64-2.61、虚血性心疾患:1.10:95%CI=1.04-1.17、脳卒中:1.37:95%CI=1.24-1.51

※7:Juhua Luo, et al., "Oral use of Swedish moist snuff(snus) and risk for cancer of the mouth, lung and pancreas in male construction worker: a retrospective cohort study." THE LANCET, Vol.369, 2015-2020, 2007

※8:膵臓がん:2.0:95%CI=1.2-3.3、口腔がん:0.8:95%CI=0.4-1.7、肺がん:0.8:95%CI=0.5-1.3

※9:稲葉洋平ら、「国産嗅ぎたばこ製品中のニコチン、たばこ特異的ニトロソアミン及び添加物の分析」、日衛誌、第71巻、76-83、2016

※10:Anna-Karin Wikstrom, et al., "Maternal Use of Swedish Snuff(Snus) and Risk of Stillbirth." Epidemiology, Vol.21, No.6, 772-778, 2010

※11:オッズ比:死産:1.6:95%CI=1.1-2.3、早産(37週未満):2.1:95%CI=1.3-3.4

※12-1:Annette K. McClave-Regan, Judy Berkowitz, "Smokers who are also using smokeless tobacco products in the US: a national assessment of characteristics, behaviours and beliefs of ‘dual users’." Tobacco Control, Vol.20, Issue3, 2011

※12-2:R. Constance Winer, "Association of smokeless tobacco use and smoking in adolescents in the United States: An analysis of data from the Youth Risk Behavior Surveillance System survey, 2011." The Journal of the American Dental Association, Vol.144, Issue8, 930-938, 2013