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カジノは「ギャンブル依存症」を増やすのか

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:アフロ)

 先日、IR(カジノを含む統合型リゾート施設)誘致を表明した横浜市でギャンブル依存症に関するセミナーが開催された。地元で依存症患者の治療に当たる精神科医、当事者としてギャンブル依存症に苦しんだ経験を持つ人がそれぞれ講演し、カジノとギャンブルの問題点について語った。

ギャンブル依存症とは何か

 カジノを含む統合型リゾート施設(IR)誘致の動きが活発化しつつある。カジノはいわば賭博場で、ギャンブル依存症の患者が増える懸念は払拭されていない。厚生労働省はギャンブル依存症の治療を保険適用にする方向で検討しているようだ。

 横浜市で開かれたセミナーは、IR誘致に反対する「横浜へのカジノ誘致に反対する寿町介護福祉医療関係者と市民の会」が主催した。1回目となる講座は2019年11月23日に開かれ、日本三大ドヤ(簡易宿泊所などが集まる地区)の一つ、横浜・寿町で依存症の患者などを診療する鈴木伸医師(精神科医)、そしてギャンブル依存症の支援団体「K-GAPかわさきギャンブラーズアディクションサポート」副代表の野澤健一さんの二人が講演し、来場者らによる意見交換会も行われた。

 鈴木医師は自身の診療経験から、依存症の患者の中で1割弱がギャンブル依存症とし、依存症は脳の機能障害という病気で薬物などの依存症と違ってわかりにくいのがギャンブル依存症だと言う。

鈴木医師「依存症の型の脳では報酬系という部分が変化し、本来ならブレーキ役の前頭葉の働きが低くなってアクセルが優位になり、自分の脳が裏切って暴走してしまいます。ギャンブル依存症の場合、たまに大当たりが出たことを脳が覚えていて、報酬系からドーパミンが放出され、その快感が忘れられなくなってしまうのです」

 鈴木医師は、日本のギャンブル依存症の障害有病率は高く、カジノのメッカ、ラスベガスがある米国ネバダ州より多いと言う。その原因は、パチンコやスロットなどのEGM、つまりエレクトロニクス・ギャンブリング・マシン(Electronic Gambling Machines)の存在だ。

鈴木医師「世界中のEGMの約58%、450万台が日本にあります。にもかかわらず、これまでギャンブル依存症に関してはほとんど対策が採られてきませんでした。カジノについて問題にすると必ず、それより前にパチンコのほうが問題だと言う人がいますが、もちろんパチンコやスロットなどもギャンブル依存症を生み出します。しかし、これほど多くのEGMがある日本にさらにカジノを呼び込んで一体どうするのでしょうか」

 ギャンブル依存症を含む依存症は「否定の病」だ。自分に治療が必要と思っていないまま、何十年も経ってしまう。30代で依存症になっても診療にたどり着くのは50代60代になってからというケースが多いという。

鈴木医師「ギャンブル依存症の場合、周囲の人間を巻き込んでいくのも特徴です。配偶者、家族、親族、子ども、会社、友人などから借金を繰り返し、家族が肩代わりしてしまい、本人はなかなかギャンブルをやめられないまま、長い時間が経ってしまうのです」

 治療法としては認知行動療法などいろいろあるが、ギャンブリング・アノニマス(GA)という同じギャンブル依存症の人が集まるグループに入り、そこで体験を語り合う中から自分を客観的に見つめ直し、ギャンブル依存症からの回復を目指す方法も効果があるという。また、ギャンブル依存症の家族にも同じようなグループがあり、専門家や支援機関に相談しながらみんなで団結して踏ん張ることが重要だそうだ。

鈴木医師「ギャンブル依存症は脳の病気なので、ギャンブルのスイッチが入ると再発しやすくなります。例えば、パチンコ屋の広告などのギャンブルにつながるトリガーを避けることも大事です。最近のパチンコ機はアニメをテーマにした機種も多いので『北斗の拳』や『エヴァンゲリオン』などが刺激になってしまうこともあります。ギャンブルの誘惑はあちこちにあってトリガーを避けることは難しいですが、精神の筋トレといわれるように行動を変えることを地道にやっていくしかありません」

 いくつかあるカジノの問題点の中で、カジノ推進派もギャンブル依存症が増えることだけは認めていると鈴木医師は言う。家族や知人を巻き込んでしまうので、ギャンブル依存症が増えることの影響は少なくない。

鈴木医師「カジノ推進派の推計でもカジノができるとギャンブル依存症は1〜2%増えるとされています。仮に年間1000万人がカジノをやるとすれば、10〜20万人のギャンブル依存症が生まれ、家族や知人などその数倍の被害者が誕生してしまうことになります。この数字はけっして少なくないと思います」

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ギャンブル依存症が再発すると、よりひどい形で現れることもあると言う鈴木医師。ただ、早めに助けを求めることができればそこまでいかないとも。写真撮影筆者

1人で気付くのは難しいギャンブル依存症

 次に登壇したギャンブル依存症の支援団体「K-GAPかわさきギャンブラーズアディクションサポート」副代表の野澤健一さんはギャンブル依存症の元当事者で、現在はサポートをする活動をしている。ギャンブル依存症が始まったのは18歳の時にパチンコをやり、大当たりをしたからだったという。

野澤さん「アルバイト先の人とバスの待ち時間にパチンコをやったらすぐにたくさん出たんです。アルバイト代が1日7000円だったのにパチンコやれば5分10分で1万5000円になったんです。当時の僕はうれしくなってすぐにハマってしまいました。衝撃的な体験で、今でも当時の場面を鮮明に思い出すことができます」

 パチンコで食っていけると思った野澤さんは、アルバイトを辞めてパチンコ屋に入り浸りの生活を始めたそうだ。しかし負けが込んでくると金が足りなくなる。貯金を使い果たし、親の貴金属を質屋に持っていったりするようになる。

野澤さん「仕事をしながらパチンコです。車の免許はあったのでトラックの運転手になりました。バブル時代で仕事はあったし、給料も多かったんです。トラックを運転していてもパチンコ屋を見かけるとついつい入ってしまいます。休憩時間だけと思ってもやめられません。パチンコの負けが込んでくるといろんなことが嫌になってしまい、電化製品をトラックで運んでいましたが負けると配送しないで帰ってしまったりして仕事にも支障が出るようになりました」

 20代前半から消費者金融へ出入りし始め、最初は1カ所からだったのがあちこちの消費者金融から金を借りるようになったという。借金を返そうとしてもむしろ増えていったが、後ろめたさや見栄もあって家族以外に言えなかった。取り立てが家に来て借金を両親や妹に肩代わりさせたりしたそうだ。近所中に演技をして嘘をつき、情けにすがって借金し、田舎の親戚に電話して金を振り込ませたりもした。

野澤さん「僕の周囲には覚醒剤をやって刑務所に入るような人間もいましたが、同級生にはまともな人もいたんです。正直うらやましかった。自分もちゃんと生きていきたかったんです。しかし、借金が増えていく中、バレるのも怖くて誰にも相談できない状態が続きました。20代半ばになっても借金まみれでどこからも借りられません。その頃になると母と妹は家を出ていって父親と一緒に暮らすようになっていました」

 自責の念から自傷行為をし、25歳の時に自ら右目を潰してしまったという。入院した病院でまともに生きようと誓ったが、翌日になったら忘れてしまい、病院からパチンコへ通ってしまう。

野澤さん「父親が肺がんで死んだのは僕が29歳の時です。父親が人工呼吸器で死ぬか生きるかという時にも、申し訳ないと思いながら引き出しから金を取ってパチンコをやりに出かけてしまうんです。自分の頭で考えていることと行動が全く違ってしまう。いけないと思いながらやってしまうんです」

 父親を亡くした後も借金まみれの生活が続き、生活保護を受けながらパチンコに通い、競艇にも手を出すようになったという。理解してくれた後輩に助けられ、後輩が念願だった店を出した時に手伝ったが、レジの金に手を出してしまったこともあったそうだ。

 野澤さんの転機になったのは、ソーシャルワーカーへ助けを求めた手紙を書いたことだった。そこからギャンブル依存症の治療施設につながり、少しずつ回復していく。

野澤さん「日本中からギャンブラーが集まってきていて施設での治療は楽しかったです。保険金のために自宅に火をつけたりといったどうしようもないギャンブル依存症の人もいました。僕は自分のことをギャンブルさえやらなければまともな人間だと思っていたんです。しかし、仲間の中にいると気づきがあって、自分も同じようにおかしいのかなと思い始める。自分のことを知るためには1人では難しいんです」

 依存症の回復から再発することをスリップするという。野澤さんも回復後、仕事を始めて2、3年してからスリップした。

野澤さん「携帯電話で無料のスロット・ゲームをやっていたんです。お金をかけないゲームですから物足りなくなります。金をかけたくなって、最終的にパチンコ屋へ通い始めてしまう。一度、再発したらどんどんひどくなりました。また次の施設に入って出てはスリップを繰り返しました。3回くらい再発して今に至ります」

 18歳の時にやった最初のパチンコの大当たりが頭の中にインプットされ、忘れられないという野澤さん。今はただ賭けていないだけで完治はしないのではという。

野澤さん「ギャンブルはとにかく最初に手を出さない、やらないことが大事です。一概には言えませんが、成功体験がなくて自分に自信がない人がギャンブル依存症になりやすいのかもしれません。カジノができたらギャンブル依存症が増えるでしょう。日本というのはギャンブルの国です。パチンコ、競馬、競艇、身近にいろいろなギャンブルがあるのです」

 ギャンブル以外、衣食住などどうでもよくなるのがギャンブル依存症だという。ギャンブルは物質依存のように身体の中に何かを入れるものではないが、それでも頭が壊れ、自分を壊して自殺してしまう人もいる。

野澤さん「僕は特別ではなく、18歳の時にパチンコで大当たりをしなかったらギャンブル依存症にはなっていなかったかもしれません。逆にいえば、そうした体験があれば誰でもギャンブル依存症になる危険性があるのです」

 セミナーの最後に鈴木医師は、カジノで米国から進出してくる事業はEGM、電気仕掛けのスロットが主流と言われていると述べた。EGMはディーラーがいらないので人手がかからない。マシンを置いておけば、客が勝手に金を落としてくれるのだ。

 韓国のカジノは1カ所を除き、16カ所は外国人専用で自国民は入れない。シンガポールやマカオのカジノも自国民をターゲットにしてはいないし、自国民の入場には厳しい規制が敷かれている。

 厚生労働省がギャンブル依存症の治療に保険適用を検討しているように、依存症ビジネスは「マッチポンプ」が多い。この動きこそ、政府がカジノ導入でギャンブル依存症が増えると考えている証拠だ。

 IRに含まれる日本のカジノは、外国人と日本人を対象にしている。ギャンブル依存症対策のためにも日本のカジノに自国民は入場できないようにすべきだろう。

※今回のセミナー、第2回目は2020年1月12日に、第3回目は3月20日に横浜市の中区福祉保健活動拠点で開催される予定。

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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