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「クロモジ」にインフルエンザ予防効果あり?

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:アフロ)

 例年より早く流行が始まったインフルエンザだが、その予防法はいくつかある。まず、ワクチンを接種すること、十分な睡眠と休養、栄養を取ること、外出先から帰ったら入念な手洗いとうがい、マスクの着用も効果的とされる。最近、クロモジという植物の成分がインフルエンザを予防するのではないかという論文が発表された。

烏樟という植物

 茶道をする人ならわかると思うが、菓子楊枝のことを黒文字(くろもじ)と呼ぶ。茶道では漢字で表現されるが、楊枝に使われているのはクロモジ(Lindera umbellata Thunb.)という植物の枝だ。

 クスノキ科クロモジ属の低木性落葉広葉樹で、烏樟(うしょう)とも呼ばれる。樹皮に黒文字模様が出ることからこう名付けられ、日本固有種とされている。

 ただ、漢方薬では烏薬(うやく、天台烏薬)といい、同じクロモジ属(Lindera strychnifolia Fernandez-Villar)の根を使う。こちらのほうは中国原産で第十七改正日本薬局方収載品だが、クロモジのほうは日本薬局方には入っていない。

 クロモジはかつて香油、香料として日本の重要な輸出品だった。クロモジ油は1889(明治22)年にドイツから欧米へ紹介され、その爽やかな香気が高く評価されて盛んに生産され、輸出されるようになった(※1)。

 クロモジの精油(クロモジ油)は、利尿作用があるとされ、胃腸炎、肝臓病などに用いられ、浴湯に入れて皮膚病、関節痛のために使われることが多い。

 烏樟としてのクロモジからは、いくつかのフラボノイドとポリフェノールが発見され、これらのフラボノイド類は抗酸化物質や抗菌活性物質としても有名だ(※2)。また、クロモジから抽出された物質は、これまでメラノーマ(悪性黒色腫)のメラニン生合成への阻害活性を持つことが知られている(※3)。

 また、同じクロモジ属のヤマコウバシ(Lindera glauca)という植物には、抗ウイルス作用を持つ物質があることがわかっている(※4)。このようにクロモジ属の植物は、抗がん性、降圧性、抗炎症性、鎮痛性など、様々な薬理作用と生理学的な特性があるようだ(※5)。

クロモジ・エキスを配合した飴

 今回、養命酒製造株式会社と愛媛大学医学部付属病院抗加齢・予防医療センターの研究グループは、クロモジから抽出したエキスがインフルエンザや風邪に一定の効果があるという論文を発表した(※6)。

 愛媛大学のプレスリリースによれば、クロモジ・エキスを配合した飴を摂取した群のほうがプラセボ(偽薬=クロモジ成分が入っていない飴)群に比べ、インフルエンザにかかりにくく、風邪症状の症状が出ている期間も短いことが明らかになったという。

 この研究では、愛媛大学医学部付属病院に勤務する看護師ら男女134名を対象にして二重盲検試験(クロモジ配合とプラセボがどちらか観察主体も調査対象者のどちらも知らない)を行い、クロモジ・エキス67mgを配合した飴を摂取(毎日3回、12週間)する群(67名)とプラセボ飴の群(67名)に分けた。そして、インフルエンザにかかったかどうか、風邪症状(発熱、喉症状、鼻症状、症状の日数)を比較した。

 するとクロモジ・エキス飴群のほうがプラセボ群より、風邪症状が出ている期間が短く、喉症状と鼻症状が少なかった。また、インフルエンザ感染者数も有意に少なかったという。

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同研究グループにより行われた比較試験。75日間で風邪にかかる人が少なく、発熱以外の症状も短かったことがわかった。愛媛大学のプレスリリースより

 プレスリリースによれば、クロモジ・エキスにはウイルスの不活化作用と感染後の増殖を抑える作用があることが報告されているとし、その作用はウイルスの特性に依らない「非特異的」なもの、つまり風邪にもインフルエンザにも効果が期待できるという。

 研究グループは、今回の比較試験によりインフルエンザの予防だけでなく風邪の喉症状と鼻症状について症状が出ている期間が短くなっていたことがわかったが、これは風邪に感染してしまった後でもクロモジ・エキスが配合された飴を摂取することでウイルスの増殖が抑えられたからではないかと考えている。

 インフルエンザの予防は、まずワクチンの接種をし、手洗いやマスク着用などが肝要だ。クロモジ・エキスの効果はまだはっきりとわかったわけではない。現状では従来の予防法を取った上で、クロモジ成分が入ったお茶などを試飲してみたほうがいいだろう。

※この記事に関して筆者には開示すべき利益相反はない。

※1-1:相川銀次郎「烏樟油一名黒紋字油」薬学雑誌、第223号、1900

※1-2:柴田忠「黒文字油」工業化学雑誌、第21編、第135号、1908

※2:上村繁樹ら「香りの抗菌活性の評価方法の改変と香り分子の組合せによる抗菌活性の向上」におい・かおり環境学会誌、第44巻、6号、2013

※3-1:Y Mimaki, et al., "A novel hexahydrodibenzofuran derivative with potent inhibitory activity on melanin biosynthesis of cultured B-16 melanoma cells from Lindera umbellata bark." Chemical and Pharmaceutical Bulletin, Vol.43(5), 893-895, 1995

※3-2:M Yamashita, et al., "First Total Synthesis of (±)-Linderol A, a Tricyclic Hexahydrodibenzofuran Constituent of Lindera umbellata Bark, with Potent Inhibitory Activity on Melanin Biosynthesis of Cultured B-16 Melanoma Cells." The Journal of Organic Chemistry, Vol.68, 1216-1224, 2003

※4:SeouJu Park, et al., "The chemical constituents from twigs of Lindera glauca (Siebold & Zucc.) Blume and their antiviral activities." Phytochemistry Letters, Vol.25, 74-80, 2018

※5:Yuan Cao, et al., "The genus Lindera: a source of structurally diverse molecules having pharmacological significance." Phytochemistry Reviews, Vol.15, Issue5, 869-906, 2016

※6-1:伊賀瀬道也ら「クロモジ(Lindera umbellata Thunb.)エキスのワクチン接種後インフルエンザ予防効果:プラセボ対照ランダム化二重盲検試験」Glycative Stress Research, Vol.6(2), 75-81, 2019

※6-2:伊賀瀬道也ら「クロモジエキス配合飴の風邪症状に対する軽減効果─2017/2018シーズン無作為化二重盲検プラセボ対照並行群間比較試験の再解析」Glycative Stress Research, Vol.6(3), 151-158, 2019

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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