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「電子タバコ」パンデミック〜米国で何が起きているのか

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:アフロ)

 米国では電子タバコによる呼吸器疾患の患者が急増し、亡くなる人も2桁になっている。パンデミック(伝染性の大流行)という表現も使われ、大きな社会問題になっている。いったい何が起きているのだろうか。

電子タバコでどんな病気になるのか

 米国CDC(疾病予防管理センター)によれば、電子タバコによる健康被害は、2019年10月3日の時点で48州と1つの米国領において1080の肺損傷症例と15の州で18人の死亡を報告している。患者の約70%が男性、約80%が35歳未満(18〜20歳が約21%)だという。

 タバコを吸うと気管や肺などの呼吸器に吸い込んだ物質が触れ、あるいは身体中の細胞に入り込み、直接的に悪影響を及ぼす。その結果、肺がん、COPD(慢性閉塞性肺疾患)、気管支喘息、鼻腔や口腔などの頭頸部がん、といった病気になる(※1)。だが、最近の電子タバコによる呼吸器疾患の場合、少し病気の種類が異なるようだ。

 ニコチンが添加されたリキッドを使う電子タバコは、日本を除く各国で売られている。電子タバコで病気になった事例はいつ頃から現れてくるのだろうか。

 例えば、急性好酸球性肺炎(Acute Eosinophilic Pneumonia)という病気がある。日本から加熱式タバコ(アイコス=IQOS)を吸ったことで急性好酸球性肺炎になったという症例報告があるが(※2)、電子タバコでもこの病気になる危険性はありそうだ。

 以前から、タバコを吸うと急性好酸球性肺炎という重篤な肺炎になることが知られていたが(※3)、この病気はわりに珍しく(※4)、他の肺炎と紛らわしいため、症例報告に上がりにくかった可能性もある。好酸球というのは白血球の一種でアレルギー反応を制御する。タバコに含まれる物質が劇症のアレルギー反応と好酸球の活性化を引き起こすのではないかと考えられている。

好酸球性肺炎よりもリポイド肺炎か

 では、電子タバコを吸ったことによる急性好酸球性肺炎の症例報告はあるのだろうか。

 過去の文献を検索すると、2009年に出版された急性好酸球性肺炎の症例報告のレビュー(※5)には、紙巻きタバコによる論文は紹介されているが、まだ電子タバコについての言及はない。

 電子タバコを吸って急性好酸球性肺炎になったという症例報告は、2014年に男性で1例(※6)、2019年に女性で1例(※7)あるだけだ。最近の電子タバコ騒ぎで入院した患者17人の肺細胞の臨床検査によれば、好酸球はあまり見られなかったらしい(※8)。

 結論を出すのは早いが、おそらく今回の電子タバコの健康被害は急性好酸球性肺炎ではないのかもしれない。

 ところで、電子タバコを吸うことによる呼吸器疾患の問題がクローズアップされるのは2012年になってからだ。しかし、2012年前後の段階では電子タバコによる健康への害は不明で、リキッドに含まれるグリセロール、プロピレングリコール、ニコチン、添加された香料などを容疑者として探索が続けられていた(※9)。

 電子タバコによるグリセリンはリポイド肺炎(Lipoid Pneumonia)という、これも珍しい呼吸器疾患との関連が示唆され、例えば呼吸困難とひどい咳、発熱で入院した42歳の女性の事例では、約7ヶ月前から電子タバコを吸い始めてから症状がひどくなり始めたという(※10)。

 リポイド肺炎というのは外因性の場合、パラフィン(流動パラフィン≒ベビーオイル)などの油性物質を吸い込んだり誤嚥したりして起きる急性の肺炎だ(※11)。肺の内部にべっとりと油成分が貼り付いて呼吸機能を阻害する。幼児が誤飲することが多く、火を噴くパフォーマーがパラフィンを使って誤嚥し、リポイド肺炎になるという症例も報告されている(※12)。

 2016年に出された電子タバコを吸った症例報告のレビュー(※13)では、25人の患者に健康への悪影響があった。そのうち呼吸器系の症例報告が6例あり、内訳は外因性のリポイド肺炎2例、気管支炎、急性好酸球性肺炎、肺炎、過敏性肺炎がそれぞれ1例となっている。

 今年2019年7〜8月に米国ノースカロライナ州の2つの病院で、電子タバコを吸ったと思われる呼吸困難の患者5人が治療を受けたが、5人とも急性の外因性リポイド肺炎との診断だった(※14)。だが、前述の肺細胞の生検のレポートでは、外因性のリポイド肺炎の特徴を示していないという指摘がなされていて混乱している。

複合的な作用かもしれない

 こうした報告をざっと眺めた印象では、電子タバコに含まれるグリセロールやプロピレングリコールといった化学物質が気化して呼吸器に送り込まれ、肺の中に貼り付いてしまい、好酸球性肺炎やリポイド肺炎のような症状を引き起こしたのかもしれない。

 ただ、9月24日の米国46州の患者805人を調べたCDCの疫学週報(MMWP、罹患率と死亡率の週報)によれば、男性69%、13〜72歳(中央値23歳)となっていて、さらに患者514人を調べてみるとTHC(Tetrahydrocannabinol、テトラヒドロカンナビノール)という大麻成分の入ったリキッド使用者が76.9%、ニコチン添加リキッド使用者が56.8%となっている(※15)。

 また、イリノイ州とウィスコンシン州の患者127人を調査したMMWPによれば、項目に回答した86人のうち75人(87%)がTHCリキッドを使用し、61人(71%)がニコチン添加リキッドを使用していた。また、THCリキッドを使用した人の89%が友人や家族、路上の違法売人などから入手していたこともわかったという(※16)。

 こうしたことから米国の電子タバコによる健康被害は、THCとグリセロールやプロピレングリコール、さらにニコチンといった複合的で複雑な作用で起きている危険性が考えられる。

 2019年10月4日、米国FDA(食品医薬品局)は、電子タバコのどの成分が影響しているのか現状では不明としつつ、THCを含んだ電子タバコを使用しないように警告し、自分でリキッドに変更を加えず、違法なルートからの購入を止めるよう指示している。THC成分の添加を米国政府(FDA)は禁止しているが、合法的に認可している州も多い。実質的には野放し状態といっていいだろう。

 また、カナダのケベック州でも電子タバコによる重篤な肺疾患の患者が出ている。米国での事例を含め、2019年9月28日にカナダ保健省は電子タバコを吸うことの健康上のリスクについて警告した。

 電子タバコのリキッドにTHCを添加することは、以前から健康への悪影響が指摘されてきた(※17)。米国内のタバコ産業は、同国内の大麻の合法化の流れを受け、THC成分を加えたタバコ製品を全米で発売しようとしている。

 日本ではニコチン添加リキッドを電子タバコで使用することは規制されているが、加熱式タバコはかなり広まっている。加熱式タバコからもニコチンはもちろんグリセロールやプロピレングリコールが吸収され、複合的な作用の起きる危険性は高い。

 前述したように実際、アイコスを吸うことによって、急性好酸球性肺炎という重篤な呼吸器疾患になった症例報告もある。日本でタバコ製品の安全性について行政機関の審査などは全くない。米国と同じ状態にならないという保証は何もないのだ。

※2019/10/05:15:37:内容を部分的に修正し、文献を3つ追加した。

※2019/10/06:15:12:英国の医学雑誌「BMJ(the British Medical Journal)」に2019年9月30日に出た論文(※18)によれば、電子タバコを吸うことによる長期的な悪影響は研究されていないが、呼吸器疾患の症例が増加している現状をみれば、電子タバコが肺に何らかの悪影響を及ぼすことは十分考えられるという。その理由として、電子タバコを吸うことで、肺に脂肪蓄積マクロファージ(lipid-laden macrophage)による泡沫細胞(Foam Cell)ができることが関与しているのかもしれないとする。マクロファージは白血球の一種で、死んだ細胞など生体廃棄物のスカベンジャー(腐肉あさり)の役割をする。脂質をあさって泡だった状態になったのが脂肪蓄積マクロファージだ。脂肪蓄積マクロファージはアテローム性動脈硬化症の原因になることが知られている。また、この論文では電子タバコの成分が免疫機能を抑制するかもしれないとも述べている。

※1-1:Irfan Rahman, William MacNee, "Lung glutathione and oxidative stress: implications in cigarette smoke-induced airway disease." Lung Cellular and Molecular Physiology, Vol.277, Issue6, L1067-L1088, 1999

※1-2:Anupam Kumar, et al., "Current Concepts in Pathogenesis, Diagnosis, and Management of Smoking-Related Interstitial Lung Diseases." CHEST, Vol.154, Issue2, 394-408, 2018

※2-1:Takahiro Kamada, et al., "Acute eosinophilic pneumonia following heat‐not‐burn cigarette smoking." Respirology Case Reports, Vol.4, Issue6, 2016

※2-2:Toshiyuki Aokage, et al., "Heat-not-burn cigarettes induce fulminant acute eosinophilic pneumonia requiring extracorporeal membrane oxygenation." Respiratory Medicine Case Reports, Vol.26, 87-90, 2019

※3-1:Hiroshi Uchiyama, et al., "Alterations in Smoking Habits Are Associated with Acute Eosinophilic Pneumonia." CHEST, Vol.133, Issue5, 1174-1180, 2008

※3-2:Federica De Giacomi, et al., "Acute Eosinophilic Pneumonia. Cause, Diagnosis, and Management." American Journal of Respiratory and Critical Medicine, Vol.197, No.6, 2018

※3-3:Beenish Fayyaz, "Acute eosinophilic pneumonia associated with smoking: a case report." Journal of Community Hospital Internal Medicine Perspectives, Vol.8, Issue3, 2018

※4:Federica De Giacomi, et al., "Acute Eosinophilic Pneumonia: Correlation of Clinical Characteristics With Underlying Cause." Chest, Vol.152, Issue2, 379-385, 2017

※5:David R. Janz, et al., "Acute eosinophilic pneumonia: A case report and review of the literature." Critical Care Medicine, Vol.37, No.4, 1470-1474, 2009

※6:Darshan Thota, Emi Latham, "Case Report of Electronic Cigarettes Possibly Associated with Eosinophilic Pneumonitis in a Previously Healthy Active-duty Sailor." The Journal of Emergency Medicine, Vol.47, Issue1, 15-17, 2014

※7:Zhaohui I. Arter, et al., "Acute eosinophilic pneumonia following electronic cigarette use." Respiratory Medicine Case Reports, Vol.27, 2019

※8:Yasmeen M. Butt, et al., "Pathology of Vaping-Associated Lung Injury." New England Journal of Medicine, DOI: 10.1056/NEJMc1913069, 2019

※9:Dominic L. Palazzolo, "Electronic cigarettes and vaping: a new challenge in clinical medicine and public health. A literature review." frontiers in Public Health, doi.org/10.3389/fpubh.2013.00056, 2013

※10:Lindsay Mccauley, et al., "An Unexpected Consequence of Electronic Cigarette Use." CHEST, DOI: 10.1378/chest.11-1334, 2012

※11:Kevin Davidson, et al., "Outbreak of Electronic-Cigarette-Associated Acute Lipoid Pneumonia-North Carolina, July-August 2019." Morbidity and Mortality Weekly Report, Vol.68(36), 784-786, 2019

※12:I Weinberg, Z G. Fridlender, "Exogenous lipoid pneumonia caused by paraffin in an amateur fire breather." Occupational Medicine, Vol.60, Issue3, 2010

※13:My Hua, Prue Talbot, "Potential health effects of electronic cigarettes: A systematic review of case reports." Preventive Medicine Reports, Vol.4, 169-178, 2016

※14:Sonia L. Betancourt, et al. "Lipoid pneumonia : spectrum of clinical and radiologic manifestations." American Journal of Roentgenology, Vol.194, Issue1, 103-109, 2010

※15:C G. Perrine, et al., "Characteristics of a Multistate Outbreak of Lung Injury Associated with E-cigarette Use, or Vaping- United States, 2019." Morbidity and Mortality Weekly Report, Vol.68(39), 860-864, 2019

※16:I Ghana, et al., "E-cigarette Product Use, or Vaping, Among Persons with Associated Lung Injury- Illinois and Wisconsin, April-September 2019." Morbidity and Mortality Weekly Report, Vol.68(39), 865-869, 2019

※17:Christian Giroud, et al., "E-Cigarettes: A Review of New Trends in Cannabis Use." International Journal of Environmental Research and Public Health, Vol.12, Issue8, 2015

※18:Jeffery E. Gotts, et al., "What are the respiratory effects of e-cigarettes?" the BMJ, Vol.366, doi.org/10.1136/bmj.l5275, 2019

※筆者は喫煙者を批難しない。喫煙者は、日本では国によって推進されてきたタバコ政策とタバコ会社のビジネスの犠牲者だからだ。禁煙外来などで処方されるニコチンパッチやニコチンガム、ニコチン代替薬には免疫系への悪影響がないことがわかっている(1)。ある物質は毒にも薬にもなる。医師の適切な指示に従って処方されるなら、ニコチンは禁煙にとって重要な薬物となる。1)Kate Cahill, et al., "Nicotine receptor partial agonists for smoking cessation." Cochran Database of Systematic Reviews, 2008

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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