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「禁煙」は「スマホアプリ」で挑む時代

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:アフロ)

 喫煙者には辛い社会になりつつあるが、中にはどうしてもタバコを止められなくて苦しんでいる人もいる。そんな喫煙者に、効果の有効性が実証された新たな治療法が開発された。

禁煙が難しい人もいる

 児童文学『トム・ソーヤーの冒険』の作者マーク・トウェイン(1835〜1910)は「タバコを止めるのは世界で最も簡単なことだ。なぜなら私は何千回もやってきたからな」と言った。19世紀に活躍した人だが、すでに禁煙に挑んで失敗し続けていたようだ。

 禁煙本を読みあさったり、禁煙外来に通ったり、ニコチンガムをかんだり、いろいろ試したが、どうしてもタバコを止められないという喫煙者は多い。禁煙が数ヶ月続いても、いつしか再びタバコに手が伸びてしまう人もいる。

 悩んだ末に加熱式タバコで譲歩するケースも少なくない。だが、加熱式タバコではモノ足りず紙巻きタバコに戻ってしまい、元の木阿弥と嘆息ならぬタバコ煙を吐き出して諦めた人も何人か知っている。

 喫煙本数や依存度などの一定の条件を満たせば、ニコチン依存症という病気の治療のため、禁煙外来で保険適用が受けられる。禁煙外来での禁煙治療の場合、医師によるカウンセリング、禁煙治療薬(バニレクリン:商品名チャンピックス)、ニコチン入りの禁煙用ガムやパッチといった方法で治療がなされることが多い。

 こうした禁煙治療法に、スマホやPCといったデジタル・デバイスを使った遠隔診療のアプリが加わりそうだ。医療系ベンチャーの株式会社キュア・アップ(佐竹晃太・代表取締役社長)は、慶應義塾大学と共同開発した禁煙治療用アプリの効果を調査研究(臨床試験)し、治療効果の有効性を発表した。

 検証した禁煙効果は、国内の31医療機関が参加した臨床試験となる。禁煙外来を受診した患者(喫煙者)の同意協力のもと、584人を無作為に2群(調査対象293人、比較対象291人)に振り分けた。サンプルサイズは禁煙治療薬による効果により算出し、調整変数は禁煙治療方法と医療機関とした。

 禁煙外来の治療期間(12週間)中、従来の禁煙治療の方法に加え、2種類のアプリを24週間併用してもらい(治療後12週追加)、今回のアプリを使った患者群と効果のないことがわかっている他のアプリを使った患者群とを比較し、52週まで追跡調査した。

 その結果、調査対象245人、比較対象245人となり、最終的に同数が残ったという。臨床研究に参加した患者は、男性が多く(75.8%:73.2%)、依存度の指標であるブリンクマン指数(1日の本数×年数)は400台の後半、ニコチン依存度指数(FTND)は5前後(※1)が多かった。

 また、両群で80%近くが禁煙治療薬(バレニクリン)を、約20%がニコチンパッチで治療した。つまり、両群の参加者のほとんどが禁煙治療が終わる12週まで、禁煙治療薬かニコチンパッチのいずれかとアプリを併用し、その後の12週、アプリでフォローアップされたことになる。

 最終的な評価項目は、9〜24週での継続喫煙率とし、さらに9〜12週、9〜52週の継続喫煙率、禁煙したことで起きる離脱症状の3つのスコアなどとした。また、アプリを使ったことによる健康影響などの有害事象も評価した。

アプリに臨床試験で有意な効果が

 その結果、今回のアプリを使った群の継続禁煙率は、12週ですでに比較対象アプリ群より高く、評価項目である24週で継続禁煙率で10ポイント以上の差がついた(63.9%:50.5%、オッズ比1.73、※2)。さらに、それが継続し、52週で52.3%:41.5%となり、24週で統計的にも意味のある違いになったという。

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臨床試験の結果。赤線が今回のアプリ。評価項目である24週で10ポイント以上の差がついていることがわかる。Via:キュア・アップの記者会見より筆者撮影

 また、治療開始から52週までのニコチン依存症の離脱症状の程度(タバコを吸いたくなる渇望度)も今回のアプリのほうが軽かった。このスコアでは、タバコに対する社会的文化的容認の尺度(KTSND、※3)で効果があったという(-4.6:-2.77)。

 つまり、今回のアプリを使えば、禁煙の辛さが軽くなり、タバコを許せなくなるということかもしれない。また、アプリを使ったことによる身体的な悪影響などの有害事象は両群で差がなく、プラセボ効果を変数に加えて影響がないことを確認したという。

 ニコチン依存症はニコチンという依存性薬物による身体的な病気でもあるが、同時に喫煙習慣やタバコに対する依存症という心理的・精神的な病気でもある。禁煙治療薬やニコチン入りガムなどでは身体的な依存状態を治療することは可能かもしれないが、心理的な依存に対して効果的に治療するのは難しいことも多い。

 今回、発表されたアプリでは、禁煙に挑む患者にスマホなどを使って適時、アドバイスやカウンセリングを送り、禁煙効果を高める。通常の禁煙治療では、医師や看護師が喫煙者に日常的に向き合うことはできないが、アプリを使った遠隔診療では例えばタバコを吸いたくなったときに患者のアプローチに応じて気を紛らわせる方法などを伝えたりしてくれる。

 臨床試験の結果を発表した舘野博喜さいたま市立病院内科科長は、アプリからの助言は禁煙治療のガイドラインの手順書に沿った内容を基本とし、患者の日常的な環境や喫煙願望のパターンなどのバリエーションを新たに加えた。また、加熱式タバコについては現在、効果を検証中であり、これから発表される論文などで明らかにしていく予定という。

 禁煙のアプリは多いが、科学的・医療的にしっかりと効果が確かめられているものはまだない。都内で開かれた記者会見で、キュア・アップの佐竹晃太代表取締役社長は、すでにこのアプリの薬事承認に向けた申請を行っているとし、禁煙外来での治療で使うための準備を進めていると発表した。

 禁煙治療に限らず、国内で治療用のアプリの申請は初めてのこととなる。2020年には禁煙外来でアプリを勧められることになるかもしれない。

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記者会見でアプリについて発表する株式会社キュア・アップの佐竹晃太・代表取締役社長:写真撮影筆者

禁煙外来へ行こう

 そもそも禁煙をしたくても禁煙外来を受診しない喫煙者も多く、受診率は喫煙者の1%〜2%でしかないと推計される(※4)。禁煙治療のできる施設は全国に約1万7000ほどあるが、地域の偏在も大きく、保険適用される場合でも治療費は約2万円かかる(自由診療は約6万5500円)。

 さらに、通院に対する時間的なハードルもある。禁煙したい喫煙者は働き盛りの男性が多いと考えられるが、保険適用の場合は12週間に5回、受診しなければならず、時間がなかなかとれない患者が途中で脱落するケースも少なくない。また、途中脱落の場合、初診から1年経たないと保険適用の禁煙治療は受けられないのも問題だ。

 自治体や企業の健康保険組合の中には禁煙外来の治療費の補助をするところもあるが、それでも治療施設が近くにないなどの物理的なハードルはなかなか低くならない。遠隔診療(情報通信機器を用いた診療)で、初診からスマホやPCを使った完全遠隔禁煙外来も始まっているが、保険適用されない(補助を出す健康保健組合もわずかだがある)。今回のアプリはこうした問題解決の糸口になるかもしれない。

 一般的な創薬に比べ、開発費が1/10以下に抑えられることも医療用アプリの持つアドバンテージだ。だが、キュア・アップはあくまで臨床試験によるエビデンスで薬事申請して使われる禁煙治療用アプリとし、禁煙外来を受診せずに課金サイトなどからダウンロードする形式をとる予定はないという。

※1:ニコチン依存度チェック(FTND):0〜2=低い、3〜6=普通、7〜10=高い

※2:オッズ比1.73(P=0.001):統計学的な尺度で1なら両群で同じ。1よりどれだけ数字が離れているかで影響の強弱がわかる

※3:KTSND:Kano Test for Social Nicotine Dependence、加濃式社会的ニコチン依存度調査票

※4:禁煙外来医療施設で治療を実施した年間平均患者数13.5〜20人(1施設当たり)×1万7000施設(全国)=22万9500〜34万人÷推計喫煙者数1917万人(2018年JT調査)=1.2%〜1.7%

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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