「タバコの害」を子どもにどう伝えるか~神奈川県の活動から

(写真:ロイター/アフロ)

 日本では、コンビニエンスストアや自動販売機などでタバコが目につく場所に陳列され、公に売られている。また、依然として成人男性の喫煙率は高い。こうした社会環境では、子どもがタバコを吸い始めてしまうリスクがある。子どもに対してタバコの害を伝える現場に取材し、喫煙防止教育の効果的な方法を探ってみた。

大切なこととは何か

「タバコを吸うと怖い病気になると脅かすだけでは逆効果になるかもしれません。タバコを吸うとこんな肺になると喫煙者の真っ黒な肺の写真を見せても、好奇心旺盛な子どもは、そんなにタバコが恐ろしいものなのになぜ大人は吸うのかと興味を抱く危険性があるからです」

 禁煙外来も行っている精神科医師の原田久さん(はらだメンタルクリニック院長、藤沢市)がこう強調するのも、理事を務める「禁煙・受動喫煙防止活動を推進する神奈川会議」の活動の一環として県内外で15年以上も子どもや高校生、社会人などにタバコの害を伝える講話を続けてきた経験からの実感だ。これについては、過去の研究などから脅しや説教などでタバコの害を訴える方法は喫煙防止教育の効果が低いことがわかっている(※1)。

「私はまず『最も大切なことは、最も大切なことを、最も大切にすること』というタイトルで講話を始めることにしています。なぜなら、ニコチン依存を含む多くの依存症の恐ろしさは、この大切なことがわからなくなり、優先順位がわからなくなってしまうことにあるからです」

 このように原田さんの喫煙防止教育は、主にタバコに含まれるニコチンによる依存の紹介が中心になっている。依存症患者を治療してきた経験から、現代社会にはタバコに限らず依存に陥らせる多くの罠が仕掛けられ、それが人々の関係性を崩壊させていることに気付いたからだ。

「私は喫煙者でした。タバコを吸っていると、私の健康を気遣った妻からよく注意されました。すると後ろめたさから逆ギレし、妻のいうことが耳に入らなくなってしまっていたんです。ゲーム依存の子どもが親から注意されて逆ギレするのと同じです。妻は私のため、つまり大切なもののために大切なことを伝えようとしてくれていたのに、ニコチン依存になっていた当時の私は大切なことがわからなくなっていたんですね」

 そんな原田さんの喫煙防止教育の現場を取材させてもらうことにし、まず神奈川県立横浜翠嵐高等学校の定時制の授業へお邪魔した。同校によれば、薬物依存や性感染症などの教育と並行して毎年、新入生に対して喫煙防止教育の講話を行っており、これは全日制でも同じという。

 定時制なので外はすっかり暗くなった時間に、下は16歳から上は70代までの生徒56名が教室に入ってくる。その約半数は外国につながる生徒で、国籍はインドネシア、ネパール、フィリピン、中国などでボランティアの英語・中国語通訳2名も机の間に座った。

 外国につながる生徒への通訳の説明が間に入り、それに対して反応や質問も出るが、彼らのほとんどは講話には耳を傾けていたし、日本人生徒のほうは基本的に静かに聞いていた。講話は、手術して喉に穴を開けてまでタバコを吸い続ける女性などの動画を挟みつつ、タバコとは何かやタバコ会社のビジネス、それらへの怒り、そして原田さん自身の喫煙体験から依存症の仕掛けなどの話が続き、タイトルである大切なことを大切にして欲しいと結んだ。

 原田さんの喫煙防止講話の後、彼らに感想を聞いた。両親が喫煙者だという10代の男性は「タバコでストレスが解消するという嘘に驚いた」という。ニコチン切れのストレスを仕事のストレスと勘違いしていることがよくわかったそうだ。

 20代までタバコを吸っていたという70代の男性は「タバコは若い頃に吸い始めて大人になってから止めるのがいいのに」と笑う。ニコチン依存になった喫煙者の行動は逆で、がんばって吸い続けなさいと励ますとなぜか止める人も多いのだという。

 ネパール出身の22歳の男子生徒は「1回、試しに吸ってみたことがあるが、ただの煙で美味しくもなんともなかった」そうだ。タバコの害についてはネパールで教えてもらったからよく知っているが、喫煙者に止めろというのは無駄だからしないと首を振った。

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神奈川県立横浜翠嵐高等学校で喫煙防止の講話をする原田さん。年齢層が広く外国につながる生徒も多い定時制の講話はやりがいがあるという。筆者撮影

怒っている大人の姿を見せたい

 タバコは10代の問題といわれるように、タバコを吸う習慣はタバコを吸うことが禁じられている未成年時から始まることが多い(※2)。つまり、未成年時に吸い始めなければ、タバコとは縁のない生活を送ることができる。

 ライオンズクラブ国際協会の横浜本郷ライオンズクラブは、地域の少年野球クラブやボーイスカウト116団と一緒に地元を流れる柏尾川沿いの清掃活動を年1回、みどりの日に行い、これを25年続けてきたが、5年前から清掃活動の後に喫煙防止の講話をしてもらっている。同ライオンズクラブ、地区ニュース委員会の岡部和子委員長によると、これは環境保全と薬物乱用防止というライオンズクラブの憲章にのっとっての活動という。

 喫煙防止については、2年前まで弁護士でもある岡本こうき東京都議が行い、昨年から原田さんが引き継いで講話をしてきた。当日は岡本都議も参加し、原田さんとともに少年少女らが柏尾川沿いの清掃活動をしたが、公園の多い静かな住宅街にもかかわらずタバコの吸い殻が多いのに驚く。

「子どもは感情の動きに敏感なので、子どもが対象のときには私も感情をこめて講話するようにしています。タバコ会社がビジネスを続けるためには、毎年数十万人も新たな喫煙者を作り出さなければなりません。タバコ会社の経営陣は、自分たちはタバコを吸わず、子どもや経済的弱者、差別されたり阻害されたりしている人に対し、営利を目的にタバコを売り、喫煙者の健康を奪い取ってしまいます。私はこの構造にとても怒りを感じますし、講話でもこの感情を隠さず、子どもたちへ伝えたいと思っています。こうして大人がタバコに対して本気で怒っているのを見て、何かを感じ取ってもらえたらうれしいですね」

 公衆衛生学の役割の一つは、矛盾に満ちた社会の中で崩壊しつつある人間関係を再生させることでもあると原田さんは強調する。社会にはタバコに限らず、アルコール、ゲーム、SNSというような依存ビジネスが多い。

「子どもには、ご両親や兄弟姉妹、友だち、スポーツなど、現実世界の関係性を大切にして欲しいんです。今の社会は大量生産・大量消費の価値観で動いている部分が多く、脳の報酬系をおかしくして依存させるビジネスが横行しています。自分の気持ちや喜怒哀楽という情動反応を大切にし、現実世界で生の人間同士のコミュニケーションで理解者を増やせば、その子の夢が実現し、人生は必ず成功する。喫煙防止教育は、究極にはこうしたことを伝えることなのではないかと思っています」

 少年野球チームの一人は「清掃活動しているとアイコスの吸い殻も多いことがわかった。お父さんにアイコスを止めてもらうように伝えるつもりだ」とつぶやいた。アイコスにも依存性の強いニコチンが入っていることを知ったからだという。

 清掃活動は楽しいと笑った少年は「タバコがダメな理由は、優先順位がわからなくなるからだと知った」という。でも、タバコを吸う大人は減らないし、ポイ捨ても多いのでどうすればいいのかわからなくなったと首をかしげた。

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みどりの日に横浜本郷ライオンズクラブの清掃活動後、少年野球チームのメンバーやボーイスカウトの団員たちの前で喫煙防止講話をする原田さん。岡本都議も海のプラスチックゴミの問題と受動喫煙防止について話をした。筆者撮影

 原田さんは「タバコと家族、どちらが大切か」と問いかける。タバコは、子どもにとって大人社会の矛盾の象徴だ。こんなにも健康に悪く、大切なことがわからなくなってしまう商品がなぜ売られているのか、大人は子どもに対してきちんと答えられるだろうか。

※1:International Union for Health Promotion and Education, Health Promotion in Schools, "The Evidence of Health Promotion Effectiveness, 2nd Edition." Jouve Composition Paris, 2000

※2:Yahoo!ニュース「『若い連中を狙え』~タバコ産業の悪魔的戦術とは」2019/05/09(2019/05/12アクセス)