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「アイコス」が新モデル2機種を出した理由とは

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
新モデルのアイコス2機種(右がアイコス3、左がアイコス3マルチ):写真撮影筆者

 加熱式タバコのアイコス(IQOS)を製造販売しているフィリップ・モリス・インターナショナル(PMI)と同日本法人フィリップ・モリス・ジャパン(PMJ)が、新モデル2機種を市場へ投入する。既存モデルもこれまで通り販売を続けるとのことだが、アイコスに新モデルが加わった理由はどこにあるのだろうか。

低価格帯を用意した理由

 2018年10月1日からタバコ税が上がった結果、タバコ価格も軒並み値上がりした。加熱式タバコも例外ではない。

 アイコスのヒートスティック(20本入り)が40円上がって500円へ、日本たばこ産業(JT)のプルーム・テック(Ploom TECH)のたばこカプセル(専用カートリッジ1本と5本入り)が30円上がって490円へ、ブリティッシュ・アメリカン・タバコ(BAT)のグロー(glo)のネオスティック(20本入り)が40円上がって460円となった。

 PMJはアイコスをより広く拡販するためか、価格を下げたヒーツ(HEETS)というヒートスティックを地域限定(北海道・中国四国・九州、販売県によって銘柄に違いがある)で販売し始めている。こちらは1箱(20本入り)470円となり、値上げしたマールボロ・ヒートスティックより30円安い。

 アイコスが日本の名古屋とイタリアのミラノで先行販売された2014年11月には、ヒートスティックはどちらもマールボロ・ブランドを使用していた。その後、イタリアのヒートスティックはヒーツ・ブランドに切り替わったが、PMJのスタッフによれば、他の欧州各国での展開をヒーツ・ブランドにしているからという。

 それ以来、PMIが米国のFDA(食品医薬品局)へアイコスをマールボロ・ブランドで申請した事例を除き、アイコスでマールボロ・ブランドのヒートスティックを展開してきたのは日本だけだ。だが今回、タバコ増税の機会にヒート・ブランドを、ヒートスティックの廉価版として日本へ投入し、アイコスで使用できるブランドを2つに増やした。

 タバコの値段が上がると、タバコを止められない喫煙者は安いタバコへ切り替える傾向がある。日本でも2010年のタバコ増税以降、わかばやエコーといった、それまで売り上げ上位に入っていなかった安いタバコがトップ20に入ってきた。

 加熱式タバコの市場でも同じような切り替えが起きることが予想されるが、価格差を付けたラインナップは紙巻きタバコほどそろっていない。低価格の受け皿がなければ、ユーザーが離れてしまう可能性がある。

 PMJは、海外でヒートスティックの一般的なブランドであるヒーツを廉価版として日本へ投入した。

 だが、マールボロ・ブランドは日本市場に広く浸透し、特に若い世代に知名度が高いが、新たなヒーツ・ブランドがそうした層に受け入れられ、新たなユーザーの獲得に効果があるかどうかは未知数だ。

新モデルとCEOの思惑

 すでにアイコスの売上げは、PMIの総売上の11%にもなっている(2018年第3四半期)。だが、JTやBAT、韓国ではKT&Gのリル(lil)など、競合他社の加熱式タバコから急追され、せっかく先行して開拓した市場を侵食されつつあるのも事実だろう。

 こうした中、PMIとPMJは2018年10月23日、都内でアイコスの新モデル、アイコス3とアイコス3マルチ(MULTI)という2種を発表した。値上げのあった日本でヒートスティックのブランドを増やしたのとほぼ同時にだ。

 プレゼンテーションしたPMIのアンドレ・カランザポラス(Andre Calantzopoulos)CEO(最高経営責任者)は、アイコスをユーザーの友人のようなものだとしつつ、完璧な友人などいないともいう。

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都内で新モデル2機種を発表するPMIのアンドレ・カランザポラスCEO。マグネット式で逆さにしてもホルダーが落ちないことを示す。写真撮影筆者

 アイコスにはいいところも悪いところもあるということなのだろうが、今回の新モデルは従来型アイコス(2.4Plus)の弱点を分析し、問題を修正してきた成果という。

 タバコ値上げによる喫煙者の安いブランド・シフト対策とは別に、タバコに限らず製品ラインナップを広げて市場のシェアを確保するのは製品開発や経営の常道だ。

 アイコスを提案するPMIには、まだまだ他社にはない技術的なアドバンテージがある。今のうちに製品群をそろえ、シェアを押さえておこうというのだろう。

 ただ、従来型アイコスの在庫整理の狙いがあるのか、販売代理店などがアイコス・サイトの登録ユーザーへ電話で売り込みすることが行われ始めている。実際にそうした電話を受けた事例もあり、まだ定価で売っている従来型アイコスはそのうちに値下げされるかもしれない。

 日本市場へ廉価版のヒーツ・ブランドを投入した理由について、カランザポラスCEOは様子見の保守的な喫煙者に対しては価格多様化によるアプローチが有効としつつ、逆に健康を考える喫煙者にとって1日20円程度の価格上昇はそれほど重要ではないともいう。

 家電製品や太陽光パネルとの比較を持ち出してアイコスを擁護したが、本人自らが全く無害というわけではないという製品を他の家電製品や自然エネルギーと比べられるものではない。

 さて、カランザポラスCEOがいうように、新モデルではいくつかの技術的なイノベーションがある。

 従来から充電時間についてユーザーから指摘されてきたが、アイコス3では充電時間が40秒短くなった。また、ホルダーの出し入れの際、セットする向きに制限があったが、アイコス3ではどんな向きに入れてもセット充電が可能だ。

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アイコス3ではホルダーの出し入れがスムーズになった。充電時間が短縮され、丈夫で壊れにくくなったという。写真撮影筆者

 アイコス3マルチのほうは、充電器がないオールイン型だ。重さは50グラムで、スイッチを入れると待ち時間がなく連続で10回の使用が可能らしい。

 カランザポラスCEOはより利便性を向上させたというが、逆にみればチェーン・スモークが可能になり、ヒートスティックの売上げも期待できるといったところだろう。

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アイコス3マルチでは充電器ケースのないオールインワンとなった。連続10回の使用が可能という。写真撮影筆者

 日本市場はアイコスが世界的に先行してシェアでも圧倒的だが、iPhoneのような携帯端末のイメージをまとい、新しいもの好きの日本人に強く訴求した。2020年の東京オリパラ前に受動喫煙対策などタバコの議論が高まり、害の低減をアピールしたアイコスに注目が集まったことも大きい。

 日本での発表会にカランザポラスCEO自らプレゼンテーションにやって来たのをみても、日本市場がアイコスの牽引役であり加熱式タバコの実験場になっているのは明らかだ。規制が強まる先進各国の中で、最もタバコ規制の緩い日本だからこそ可能な実験的ビジネスモデルでもあるだろう。

従来型以上の害の低減はない

 PMIは、将来的な紙巻きタバコからの撤退を示唆し、加熱式タバコへの切り替えを進めていくと明言している。

 カランザポラスCEOは、それでも世界には依然として多くの喫煙者がいて、WHOによればその数は2025年に11億人と見積もられるという。その全てが加熱式タバコへ切り替えるのには時間がかかるとし、紙巻きタバコとの併存状態がいつまで続くのかについては明らかにしなかった。

 新モデルの有害性については、従来型アイコスと同じ機構である以上、軽減されてはいないという。味もニコチンもない製品は誰も使ってくれないとし、ニコチン総量規制に動く米国のFDAを見すえてかニコチン量の削減についても考慮していくつもりのようだ。

 一方で、アイコスに続くニコチン供給デバイスの製品開発も進んでいるという。紙巻きタバコに魅力を感じている喫煙者に訴求するタイプの新型タバコ、新たなニーズに応える蒸気(ベイパー、Vaper)製品などだ。カランザポラスCEOは、これからも研究開発費を投じ、タバコ製品の害の低減に努力していくと主張した。

 PMIのマニュエル・パイチュ(Manuel Peitsch)CSO(最高科学責任者)は、アイコスの成功にリチウムイオン電池の技術的進化が欠かせなかったという。2011〜2012年にかけてのリチウムイオン電池の大きなイノベーションは、アイコスの技術的な成熟に大きく影響したようだ。

 新モデルはこうした恩恵を受けているようだが、どちらも従来型のアイコスと同じ加熱方式をとっている。ホルダー内の金属ブレードにヒートスティックのタバコ部分を差し込み、内部から加熱するが、板状にプレスされたタバコ葉が高温で炭化したようになり、使用するたびにゴミが溜まる。

 ユーザーに推奨されている清掃スパンは20本ごとのクリーニングだが、新モデルには従来型とは別のクリーニングキットが用意されているようだ。だが、クリーニング用品もまたユーザーのランニングコストになる。

 汚れたホルダー内やブレードによって有害物質を発生するのではないかという研究もある(※1)。パイチュCSOは、40本までの連続使用でエアロゾルの組成に変化のないことを検証したが、それ以上の使用でどんな物質が出るかは試していないといい、推奨スパンでクリーニングして欲しいといっていた。

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製品開発には時間がかかるというマニュエル・パイチュCSO。アイコスに切り替えたユーザーは、きちんとクリーニングするようになるのではないかという。写真撮影筆者

新型投入の背景とは

 アイコスの新モデルだが、リチウムイオン電池の進化とコスト低減によるものもあり、従来型に比べると格段のイノベーションを感じることができるのは確かだ。

 しかし、加熱式タバコにおけるタバコ・スティックは、プリンターのインク商法のようなもので、アイコスのヒートスティックも今後に新モデルが出たとしてもサイズや仕様を変えずに使えるようにしていくだろう。逆にいえば、それがイノベーションの可能性を制限し、足枷になるかもしれない。

 また、従来型のアイコスのほとんどはマレーシアで作られているが、新モデルのラインは中国に置くという。タバコ会社は、タバコの専売制をしく巨大な中国市場を虎視眈々とうかがっているが、新モデルの工場が中国進出の尖兵となるのだろうか。

 今回のアイコス新モデル発表をみると、加熱式タバコに関する背景がいくつかあることがわかる。まず、紙巻きタバコからの切り替えが一段落し、市場がある意味で飽和状態にあることだ。新製品投入は様子見の喫煙者に対する刺激になるだろう。

 充電時間の短縮や小型化など、製品を改良できる技術的に実現できるタイミングと投入時期の兼ね合いもありそうだ。また、従来型アイコスからスムーズに移行できるかどうかも問題になるだろう。

 日本において、タバコ増税による喫煙者の動向変化も今回の新モデル投入に影響しているようだ。価格帯も含めた製品ラインナップを広げれば、ユーザーの選択肢が増え、タバコ値上げによるユーザー減少を食い止めることもできるかもしれない。

 どんな業種業態でも、競合他社に先行することが勝ち残るために重要だ。アイコスの新モデル投入は、まさにPMIの戦略思想が現れた事例といえるだろう。2機種は11月15日よりアイコス・ストアとインターネットのオンラインストアで購入可能だ。

※1:Barbara Davis, et al., "iQOS: evidence of pyrolysis and release of a toxicant from plastic." Tobacco Control, doi.org/10.1136/tobaccocontrol-2017-054104, 2018

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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