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「ウミガメ」の赤ちゃんが警鐘を鳴らす「微小プラスチック」の致命的危険性

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
写真(Photo):Loggerhead Marinelife Center

 海のプラスチック汚染が問題視されているが、微小なマイクロプラスチックは自然環境から循環し、我々の生活の中へも侵入しつつある。米国の大学の研究によれば、こうしたプラスチック片がウミガメの赤ちゃんに甚大な悪影響を与えることがわかった。

細胞膜も通過する微小プラスチック

 海洋生物の生態系は、バクテリアや海藻、植物性や動物性のプランクトンを食べる小さな魚介類からサメや鯨類、海鳥、海棲哺乳類などの最終捕食者まで、緻密なネットワークを組み上げている。こうした生態系へ人間が作って環境中へ廃棄したプラスチックのゴミが入り込み、彼らが餌と間違えて摂取することも増えている。

 プラスチックのゴミは、紫外線や風雨によって細かく砕かれ、数mmからμm(マイクロメートル)、nm(ナノメートル)にまで微細化される。環境中で分解されたプラスチックは、内分泌撹乱などを引き起こすとされるビスフェノールA(bisphenol A、BPA)、発がん性のあるポリ塩化ビフェニル(PCB)、ポリスチレン(polystyrene)などを発生させることが知られ、プラスチック製品の製造時に添加されるフタル酸エステル類が内分泌撹乱物質、いわゆる環境ホルモンになるのではないかと危惧する研究者も多い。

 マイクロ・サイズのプラスチックは、海洋のプランクトンやサンゴも食べることができることが知られている(※1)。また、こうしたサイズのプラスチックは細胞膜も通過し、生物の組織の内部へも侵入する(※2)。

 当然、プラスチックは栄養にもならず、むしろ毒物であり、消化もできない。海鳥の場合、雛に吐き戻して餌を与えるが、親鳥から雛へプラスチックが与えられる。また、プラスチックは消化器官を傷つけることもあり、消化器官の中につまって蓄積されれば、満腹中枢を刺激されて採餌行動が減り、また消化器官がプラスチックで満ちているのでそれ以上、食べることができずにその生物は死ぬ。

 胃の中に大量のプラスチックを飲み込んだ海鳥や鯨類も発見されているが、今回、米国のジョージア大学などの研究グループがフロリダ州の海岸で孵化後のウミガメの赤ちゃんを調べたところ、そのうちの93%の個体がプラスチックを食べたために死んでいる可能性があることがわかった(※3)。

プラスチックを餌と間違えるウミガメ

 フロリダの海岸は、ウミガメの産卵地として知られ、この研究グループは118kmの海岸線でウミガメの赤ちゃんを採集したという。これらのウミガメはアオウミガメ(Chelonia mydas)とタイマイ(Eretmochelys imbricata)で、96匹のうち45匹はリリースされ、採集後に死んだ27匹の消化器官の内容物を調べた。

 その結果、全体の93%がポリエチレン(PE)、ポリプロピレン(PP)、ポリエステルの一種であるポリエチレンテレフタラート(PET)、ポリスチレン(スチロール樹脂、PS)といったプラスチックを食べていると考えられた。これらのプラスチックのサイズは、極小のもので5〜169nm(ナノメートル)、最も大きいもので8.7mmだったという。

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光学顕微鏡で撮影したプラスチックのサンプル。上は比較のためにダイム硬貨が置かれている。下は、ポリエチレン(PE、黄色)、ポリプロピレン(PP、青色)、ポリスチレン(PS、赤色)の違い。Via:Evan M. White, et al., "Ingested Micronizing Plastic Particle Compositions and Size Distributions within Stranded Post-Hatchling Sea Turtles." Environmental Science & Technology, 2018

 ウミガメの赤ちゃんが飲み込んだプラスチックの容量は体重1gあたり2.07mgで、彼らの体重は15〜20g程度だ。研究グループは、こうしたプラスチックを食べたため、ウミガメの赤ちゃんの多くは栄養不良で死んでいるのではないかと推定する。また、ビニールを好物のクラゲと間違えて食べるウミガメはよく知られているが、赤ちゃんウミガメも微小プラスチックを魚介類の卵と間違えて摂取しているだろうともいう。

 こうした微小プラスチックは、小さいものではナノサイズにもなり、環境中へ拡散しつつあるようだ。水道水やビールにも混入していることがわかっているが(※4)、ウミガメは我々に対して警告しているのに違いない。

※1-1:Matthew Cole, et al., "The Impact of Polystyrene Microplastics on Feeding, Function and Fecundity in the Marine Copepod Calanus helgolandicus." Environmental Science & Technology, Vol.49(2), 1130-1137, 2015

※1-2:N M. Hall, et al., "Microplastic ingestion by scleractinian corals." Marine Biology, Vol.162, Issue3, 725-732, 2015

※2-1:Giulia Rossi, et al., "Polystyrene Nanoparticles Perturb Lipid Membranes." The Journal of Physical Chemistry Letters, Vol.5(1), 241-246, 2014

※2-2:Amy Lusher, "Microplastics in the Marine Environment: Distribution, Interactions and Effects." Marine Anthropogenic Litter, 245-307, 2015

※3:Evan M. White, et al., "Ingested Micronizing Plastic Particle Compositions and Size Distributions within Stranded Post-Hatchling Sea Turtles." Environmental Science & Technology, Doi: 10.1021/acs.est.8b02776, 2018

※4:Mary Kosuth, et al., "Anthropogenic contamination of tap water, beer, and sea salt." PLOS ONE, doi.org/10.1371/journal.pone.0194970, 2018

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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