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身体が持っていた「マダニ」防護のメカニズム

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(ペイレスイメージズ/アフロ)

 野山や藪などでごく普通に見られるマダニ(Ixodidae)は、日本紅斑熱やダニ媒介性脳炎、マダニ媒介SFTSなどの人獣共通感染症の病原体を媒介する節足動物だ。マダニに咬まれた動物は、ダニを死滅させたり卵の産生を阻害するなどの後天的な抵抗性を持つが(※1)、今回、その理由とメカニズムがわかった。

被災地でもマダニに要注意

 ダニ媒介感染症とは、人獣共通感染症の病原体を持つダニに咬まれることで引き起こされる病気だ。温血動物の血液を吸うダニの中でもよく見られるのがマダニで、本来の宿主は、ネズミ、ウサギ、シカ、タヌキ、イノシシなどの野生動物、イヌやネコなどのペットだが、これらの動物から人間に飛び移り、咬んで血を吸うことで病原体を媒介する(※2)。

 マダニが媒介するのは、高熱や発疹ができて重症化すると死に至ることもある日本紅斑熱、新種が出てきたツツガムシ病、感覚麻痺などの症状が出るダニ媒介性脳炎、致死率の高い(6.3〜30%)マダニ媒介SFTS(重症熱性血小板減少症候群、Severe fever with thrombocytopenia syndrome)、関節炎など多様な症状を引き起こすライム病などだ。ダニの生息域は、温暖化などの気候変動、自然環境の変化によって広がりつつあり、世界各国で警戒が呼びかけられている。

 気温が高いと活発化するが、水害などの被災地でも生息域が広がっている危険性があり、復興作業の妨げになるのではないかという指摘もある。暑いが肌をあまり露出させず、虫除けスプレーなどを使い、野外活動後は衣服を払ったりシャワーを浴びるなどしてマダニを侵入させないようにしたい。

 また、刺されたり吸血跡があったりし、発熱や発疹などが出たら早いうちに医療機関などを受診して適切な治療を受けたほうがいいだろう。マダニの除去には殺虫剤が有効だったが、最近では薬剤耐性のマダニが出現しているようだ。

 マダニに何度か咬まれると、その動物に寄生したマダニがやせ細ったり死滅したり卵を生みにくくなったりする免疫反応が起きることが知られてきた。マダニに対して血を吸いにくくするなどの耐性を持つようになるというわけだが、さらにこの免疫反応によってマダニ媒介感染症のリスクも低減させることもある(※3)。

 こうしたメカニズムを理解すれば、マダニによる感染症予防に役立つだろう。最近、東京医科歯科大学などの研究グループが、マウスを使った実験によりアレルギー反応で放出されるヒスタミン(Histamine)がマダニへの耐性に重要な役割を果たしていることを解明した(※4)。

 ヒスタミンは、花粉症や気管支喘息といったアレルギー症状を引き起こす細胞(肥満細胞、マスト細胞)やアレルギー反応に重要な役割を果たす好塩基球(白血球の一種)などから放出される生理活性アミン(生理的調整機能に作用する物質)の一種で、通常は筋肉の収縮や消化器官の活性化、血圧調整などの作用に関係している。だが、ヒスタミンが大量に放出されると、炎症やアレルギー反応を引き起こす。

ヒスタミンが関与するメカニズムとは

 マダニへの耐性について、これまでの研究からヒスタミンがそのメカニズムに関与していることがわかっているが(※5)、どうして免疫反応が起き、マダニが血を吸いにくくなるのかは謎だった。今回の研究グループが行った以前の研究では、マダニに咬まれたマウスの皮膚を観察し、そこに大量の好塩基球が存在することを発見したという(※6)。

 塩基性色素でよく染まる性質を持つ好塩基球は、白血球の中で最も大きく本来ならそれほど大量に存在しないが(ヒトの白血球の0.5〜1%)、ヒスタミンを放出することが知られている。研究グループは、マダニに咬まれたマウスで咬まれた場所周辺の皮膚が分厚くなっていることに注目し、皮膚を厚くしているのがヒスタミンであることを解明したという。

 つまり、マダニが分泌する唾液の物質により、好塩基球などがヒスタミンを放出し、皮膚が分厚くなってマダニは血を吸いにくくなるというわけだ。

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何度かマダニに咬まれることで、ヒスタミンが放出されて皮膚が分厚くなり、マダニが血を吸いにくくなる。マダニ耐性ができた動物に寄生したマダニは、栄養不足になって卵を産生しづらくなったり死滅したりする。Via:東京医科歯科大学のリリース(PDF、2018/07/30アクセス)

 ヒスタミンは、皮膚に発疹や痒み、腫れなどのアレルギー症状を引き起こすことが知られ、ヒスタミンを多く含む魚類などにより食中毒の原因にもなるが、今回の研究によりヒスタミンの果たす新たな役割が発見されたことになる。

 マダニ対策やマダニ媒介感染症の予防として、抗マダニ・ワクチンの研究開発も進められているが、ヒスタミンの役割とマダニ耐性メカニズムが解明されたことで、より効果的なワクチン開発にも寄与するのではないかと研究グループはいう。

※1:Stephen, K. Wikel, "Host Immunity to Ticks." Annual Review of Entomology, Vol.41, 1-22, 1996

※2:「肌寒くなっても『ダニ』による感染症には要注意」Yahoo!ニュース:2017/10/8

※3:Stephen, K. Wikel, "Tick modulation of host immunity: an important factor in pathogen transmission." International Journal for Parasitology, Vol.29, Issue6, 851-859, 1999

※4:Yuya Tabakawa, et al., "Histamine Released From Skin-Infiltrating Basophils but Not Mast Cells Is Crucial for Acquired Tick Resistance in Mice." Frontiers in Immunology, Doi: 10.3389/fimmu.2018.01540, 2018

※5:P Willadsen, et al., "The relation between skin histamine concentration, histamine sensitivity, and the resistance of cattle to the tick,Boophilus microplus." Zeitschrift fur Parasitenkunde, Vol.59, Issue1, 87-93, 1979

※6:Takeshi Wada, et al., "Selective ablation of basophils in mice reveals their nonredundant role in acquired immunity against ticks." The Journal of Clinical Investigation, Vol.120(8), 2867-2875, 2010

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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