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悲喜こもごも「ビデオ・アシスタント・レフェリー」の影響を考える

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
初めてVARが適用されたフランスvsオーストラリア戦(写真:ロイター/アフロ)

 サッカーW杯で今回のロシア大会から初めて導入された新ルールが、ビデオ・アシスタント・レフェリー(Video Assistant Referee、以下、VAR)だ。この技術は勝敗に重要な影響を与えるようになったが、動画再生のスピードによって審判の判定が変わる可能性があるという論文が出された。

最終的な判断はあくまで主審

 VARがW杯で最初に適用されたのは、2018年6月16日に行われたグループリーグC組・第1節のフランス対オーストラリアの試合だった。結果は2-1でフランスが勝つが、0-0の前半から後半に突入した13分、フランス選手がペナルティエリア内で倒され、VAR判定の結果、ペナルティキックとなった。また、この試合ではゴールラインテクノロジーによる無効判定もあった。

 FIFAによれば、ロシア大会のグループリーグを検証した結果、VARの適用が考えられる事象が335回(1試合平均6.9回)起き、17回のVARチェックが行われ、VARによって決定が覆った事象が14回あったという。これにより、VARあり(99.3%)のほうが、VARなし(95%)よりも正確な審判ができたそうだ(※1)。

 W杯では今回が初となるVARだが、国内では2018年5月30日に日産スタジアムで行われたガーナ戦で導入されている。このVARは、2018年にスイスのチューリッヒにあるFIFA(国際サッカー連盟)の第132年次総会(AGM)において満場一致で採択されたルールだ(※2)。

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2016年3月にIFAB(国際サッカー協会)は第130年次総会においてVARのテスト実行を決めた。これはその時の様子。Via:IFABのホームページより(2018/07/03アクセス)

 試合会場とは別のブースにいるビデオ・アシスタント・レフェリー(AVR)とアシスタント・ビデオ・アシスタント・レフェリー(AVAR)が試合会場の副審と同じ権限を持って主審に助言するが、試合の流れを可能な限り止めずにできるだけ正確な審判をするためのアシスタントをすることがVARの目的となる。

 最終的な決定はあくまで試合会場にいる主審が行い、VARが適応されるのは、ゴール、ペナルティ、レッドカードによる一発退場(2枚目のイエローカードではない)、反則選手の間違いの4つだ。

 ロシア大会の場合、FIFAの審判13人のうち、AVR1人とAVAR3人がモスクワのオペレーションルームでモニターする。試合会場には33台のビデオカメラと2台のオフサイド判定用カメラが設置され、このうち8台がスーパースローの再生が、4台がウルトラスローの再生が可能となっている。

スロー再生による影響とは

 このVARによる試合の動画再生について興味深い論文が出された。ベルギーのルーヴェン・カトリック大学などの研究グループによるもので、スロー再生を見たほうが主審はより厳しい判断をする傾向があるという(※3)。

 W杯に限らずスポーツ競技の審判では、ビデオによる動画再生でプレーを検証することが増えてきた。スーパースローやウルトラスローの再生が可能なVARもそうだが、複数の角度から撮影された動画について、速度を落としたスロー再生で繰り返し状況が吟味される。

 映画監督のサム・ペキンパーはあるシーンをスローモーションで動かして印象的な効果をあげようと意図したが、人間の動体視力はそれほど優れていない。1秒に30フレーム(画面)を動かせば、ほぼスムーズに見えるが、これを15フレームまで落としても動画のように感じる。

 現実世界を繰り返すことは不可能だが、動画再生を使えばそれぞれのフレームごとにゆっくりと動かすことができ、同じシーンを繰り返し、スローで視聴できる。このスロー再生の効果は、犯罪の裁判で記録動画をもとにスロー再生した場合、司法は厳しく罰する傾向があるようだ(※4)。

 ルーヴェン・カトリック大学などの研究グループによれば、ヨーロッパ5カ国の経験豊富なサッカーの国際審判139人(平均37.8歳)が実験に参加し、彼らにUEFA(欧州サッカー連盟)から提供された身体接触の事象60シーンを判定してもらったという。これらのシーンは動画撮影されており、現実に行われた通常速度の再生と1/4のスロー再生で再検証し、10秒以内でファウルかどうか、それが偶発的なファウルか意図的で悪質なファウルかを審判する。

 その結果、通常速度とスロー再生で審判の精度はほぼ変わらなかった(61%:63%)が、意図的で悪質なファウルかどうか、つまりイエローカードやレッドカードにつながりかねないという判断では、スロー再生したほうでそう審判する確率が高かったという。

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動画再生の速度と反則カードの関係。それぞれ、NCはノーファウル、YCはイエローカード、RCはレッドカードで基準の判定別に実験者が審判したものとの違いを示す。黒いドットが通常再生、黄色が1/4スロー再生。微妙な差だが試合の推移や結果に大きく影響しそうだ。Via:Jochim Spitz, et al., "The impact of video speed on the decision-making process of sports officials." Cognitive Research: Principles and Implications, 2018

 サッカーのVARは導入されたばかりだが、今のところ目立った批判はない。むしろ好意的に受け入れられているが、どの場面でビデオ判定するかという基準はあいまいだ。

 最終的にはVARの助言をもとにして主審が判断するわけで、動画の再生速度によって影響されるとすれば、VARの再生速度についても統一されていなければならないだろう。W杯ロシア大会は決勝トーナメントが行われているが、ビデオ判定で物議を醸すようなことが起きず、無事に最終戦までいって欲しいものだ。

※1:FIFA:2018/06/28:「RELIVE:Referee media briefing held after group stage」(2018/07/03アクセス)

※2:国際サッカー協会(The International Football Association Board、IFAB):2018/03/03:「132nd Annual General Meeting 3 March, 2018」(PDF):「Historic step for greater fairness in football」:(2018/07/03アクセス)

※3:Jochim Spitz, et al., "The impact of video speed on the decision-making process of sports officials." Cognitive Research: Principles and Implications, Vol.3:16, doi.org/10.1186/s41235-018-0105-8, 2018

※4:Eugene M. Caruso, et al., "Slow motion increases perceived intent." PNAS, doi.org/10.1073/pnas.1603865113, 2016

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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