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日本で「肥満児が少ない」のは「学校給食」のおかげだった

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:Fujifotos/アフロ)

 文部科学省によれば、全国の国公私立学校で学校給食を実施している学校数は約3万校、実施率は約95%となっている。中学校では約9000校で約89%(※1)だが、都道府県によってバラつきがある。今回、東京大学の研究により、日本に肥満児が少ないのは学校給食のおかげだったという研究報告が出された。

中学生男子の肥満は給食で防いだ

 世界的に肥満の子どもが増えている。2017年にWHOなどの研究グループが調査したところ、世界で肥満に分類された子ども(5〜19歳)の数は1億2400万人に達し、40年前から10倍以上に増加しているという(※2)。この調査によれば、日本はコロンビア、ベトナム、エチオピア、インド、コンゴ、ネパールなどと並び、女子の肥満率が1〜2%と低い。

 実際、日本は他の先進諸国に比べ、13〜15歳の中学生の肥満率が低いという。その理由の一つは特に10年前から全国で普及した学校給食の影響があると考えられてきたが、これまでそれを確かめた研究はなかった。

 今回、東京大学大学院医学系研究科社会医学専攻公衆衛生学分野の研究者が、日本人中学生に肥満が少ないのは学校給食の影響があることを初めて明らかにし、英国の公衆衛生雑誌『Journal of Public Health』オンライン版で発表した(※3)。

 研究者は、2006〜2015年において毎年春に行われている学校保健統計調査を元にしたデータから、各都道府県の栄養状態の指標(※4)、平均身長と平均体重の性別、年齢別の抽出を取得し、こうした栄養状態の指標に対して前年度の都道府県別の中学校の給食実施率(※5)との関連を調べたという。栄養状態の指標と給食実施率の因果関係を調べるために、時系列で複数の時点で観察されたデータを分析し、データが分散せずに誤差も正規分布していると仮定する統計手法で推論した(※6)。

 その結果、各都道府県で給食の実施率が10%増加すると、翌年の過体重の男子の割合は0.37%、肥満の男子の割合は0.23%、低下していたことがわかった。男子中学生の過体重と肥満の割合はそれぞれ約10%と約5%であり、研究者は、給食実施率が10%増加すると、1年間で過体重の男子の約4%、肥満の男子の約5%がそれぞれ減ることを意味しているという。

 女子についても過体重と肥満が減る傾向がみられたが、統計的に有意の差はなかった。これは思春期の女子が体形を気にし、前述したWHOの調査にあるようにもともと痩せ型であり、学校給食による影響が顕著に表れなかったからではないかと研究者は考えている。また、痩せについては男女とも給食の影響は認められなかった。

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A:2006年の各都道府県の給食実施率、B:2010年の各都道府県の給食実施率、C:2015年の各都道府県の給食実施率、D:2006〜2015年の給食実施率の変化(色が暖色系の赤になるほど増加率が高い)Via:東京大学のプレスリリース

 いずれにせよ、中学生男子の場合、学校給食に過体重や肥満を抑制する効果があることがわかった。体重が減って身長が伸びる傾向にあることも学校給食の影響が考えられる。

 子どもに過不足のない適切な栄養バランスが考えられた食事を提供することは、政治や行政の義務でもある。先進国のみならず途上国でも子どもの肥満が問題になっているが、日本における学校給食の効果は、各国の教育政策にとって参考になりそうだ。

 前述した通り、学校給食は全国で約95%、中学校でも89%の実施率になっている。だが、いわゆる「ハマ弁(横浜型配達弁当)」が問題になったり大磯町の残念な給食問題が起きている神奈川県の実施率は、全国でもダントツに低く中学校では27.3%でしかない(※1)。

 もし学校給食によって肥満児が少なくなるのなら、そのうち地域差の影響は少なからず出てくるだろう。横浜が地元の筆者としては、そうした観点での調査研究もほしい。

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全国の公立中学校の給食実施率を各都道府県別に比較した(地震のあった熊本県を除く)。神奈川県は横浜市と川崎市の実施率が低いことが影響しているようだ。全国で中学校の学校給食が実施される中、横浜市などは食育や家庭の味の普及を理由にしていたが、実際は財政的な理由から実施が遅れたようだ。Via:2016年の文部科学省の学校給食実施状況等調査:グラフ作成筆者

※1:文部科学省:「学校給食実施状況等調査─平成28年度結果の概要」実施率(学校数比)は完全給食、補食給食、ミルク給食の合計(2018/06/14アクセス)

※2:NCD Risk Factor Collaboration, "Worldwide trends in body-mass index, underweight, overweight, and obesity from 1975 to 2016: a pooled analysis of 2416 population-based measurement studies in 128.9 million children, adolescents, and adults." THE LANCET, Vol.390, Issue10113, 2627-2642, 2017

※3:Atsushi Miyawaki, et al., "Impact of the school lunch program on overweight and obesity among junior high school students: a nationwide study in Japan." Journal of Public Health, doi:10.1093/pubmed/fdy095, 2018

※4:性別、年齢、身長によって定められた基準体重により、過体重(20%以上、上回る)、肥満(30%以上、上回る)、痩せ(20%以上、下回る)と定義し、県別、年度、年齢、性別ごとに、各生徒数を全生徒数で割って割合を算出

※5:給食実施率:都道府県別、年別で「完全給食のある公立中学校」の生徒数の和を「全公立中学校」の生徒数の和で割ったもの。国立と私立の中学校は入っていないが、公立中学校の生徒数の割合が90%未満である県を除外しても結果はほぼ同じだったという

※6:過体重や肥満になる原因は、経済状態や栄養状態、教育、食の知識など、給食との関係だけで推論できず、また個々人の実態を反映しているとはいえない。どうしても誤差を想定しなければならないため、給食を食べたときに個人の体重や身長が平均でどれだけ変化するかを最小二乗法という因果推論の手法で分析した

※2018/06/14:12:00:最下段の棒グラフとキャプションを追加した

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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