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透明アバターでもVRで「身体感覚」が

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:アフロ)

 バーチャルリアリティ(VR)では、現実世界のプレイヤーの身体性が仮想空間との感覚に反応的なインタラクションがどれくらいとれるかが問題になる。アバター(Avatar)は仮想空間や遠隔地におけるプレイヤーの分身だが、アバターの身体感覚についての研究は多い。最近、日本の研究者が、仮想空間の透明なアバターでもプレイヤーが身体的な感覚を得られることを実証した。

VR空間での知覚とは

 我々の身体はセンサーの塊りといっていいが、皮膚を含めた目や耳などの感覚器官から得られた情報は脳へ送られるものもあれば、各部位で反射的に反応する場合もある。プリミティブな情動反応の多くは反射的なものだが、言語機能が発達した我々の脳では思考や記憶、経験などによる一種の内的な刺激が起きる。この外と内の刺激が統合され、我々は現実世界を把握しつつ日々の活動をしているわけだ。

 ところで、時として我々の意識は身体の中から離れ、自らを客観視するドッペルゲンガー体験(自己像幻視)や臨死体験(Near-Death Experiences、NDEs)といった幻覚や幻視を知覚することもある。事故などで手足を失ったりした人が、存在しない四肢があたかも存在するように感じたり痛みを感じたりする幻肢(幻影視、Phantom Limb)や幻肢痛(Phantom Pain)も、脳が記憶していたりアプリオリに備わった機能が刺激に反応しているのだろう。

 VRでは一般的にヘッドマウントディスプレイ(HMD)を装着するなどして仮想空間を体験するが、これは自らの身体を仮想空間に置き換え、身体性を拡張するということでもある。こうした仮想空間に身を置くことにより我々の意識や感覚、イメージも変わるのではないかと考えられているが、日本の豊橋科学技術大学大学院などの研究グループは、仮想空間のアバターが透明であっても自分の身体を動かしているような感覚を得ることを発見した。

 この研究(※1)は英国の科学雑誌『nature』系の「Scinetific Reports」オンライン版に出されたもので、第1著者は文部科学省が行っている大学院教育改革である博士課程教育リーディングプログラム(豊橋技術科学大学大学院)の大学院生だ。また、研究グループには、同大学院で知覚心理学も研究する北崎充晃教授、光学迷彩の研究(※2)やVR研究で著名な東京大学の稲見昌彦教授らが名を連ねている。

 研究グループによれば、我々の視覚と触覚の錯覚には、ゴムの手を筆でなぞりながら隠された本当の手をなぞるとゴムの手を自分の手のように感じるラバーハンド錯覚などがあるが、VRを利用して自分の身体から離れた場所にある透明な身体を自分の身体だと感じることができるか、つまりラバーハンド錯覚のような感覚を得られるかどうかを実験したという。

 実験では、大学生や大学院生の参加者20人にHMDを装着してもらい、VR空間で四肢先端の手袋と靴下を表示して身体を透明にし、手袋と靴下を現実の身体の動きに同期させた場合、そして同じ条件で動きを非同期させた場合を各2回、5分ずつやってもらった。次に、手袋と靴下の透明アバターと全身が表示されたアバターの動きを同期した場合でも実験を行った。

 VRでは仮想空間の2メートル前方にアバターが位置するように設定している。実験後に参加者に感想を書いてもらうというアンケート方式で比較したという。

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現実とVRを示した実験の模式図。実際に参加者はVRの外にいて、アバターとの距離も仮想的なものだ。左では手袋と靴下しか見えていない。Via:豊橋科学技術大学のプレスリリースより

複雑な技能の習得に応用可能か

 すると、透明アバターの場合、非同期より同期した条件のほうが2メートル先の透明アバターを自分の身体であるかのように知覚される傾向があったが、透明アバターと全身アバターではその差はなかった。また透明アバターを自分の身体だと錯覚した場合、自分の存在位置が透明アバターのほうへずれて知覚することがわかったという。

 これまでの先行研究(※3)では、VRの中の自分のアバターが透明になると多くの人に見られているような状況でも不安や緊張が抑えられることがわかっているが、今回の論文の第1筆者は「自分の身体やその外見が気に入ってなかったり、そうでなくても今とは違う身体や外見に変わってみたいという願望がある人は多いのではないでしょうか。VRは私たちが好きな身体を自由に手に入れることを可能とします」という。

 また研究グループの北崎充晃教授(豊橋科学技術大学大学院)は「人は異なる身体を体験し、所有することで、行動も心も変わります。それゆえ、将来、私たちが異なる身体を自由に手に入れることが可能になったとき、その社会においてコミュニケーションがどう変わるかを研究する必要があります」という。

 今回、VRの透明アバターを身体の運動と同期させることで、離れた場所にある透明な分身をあたかも自分の身体のように感じることができることがわかった。この方法を使えば、他人が行っている複雑な技能や動作を全身や手足だけで提示し、そこに自分の透明アバターを重ね、物理的に身体に遮られず、技能や動作を真似することでそれらを学習できるかもしれない。研究グループは、技能の伝承や複雑な動作学習などへの応用の可能性があるという。

 VRのアバターで変身し、VR環境での経験や知覚が変われば、それを操るプレイヤーの心理状態や物事に対する見方、イメージも変化することがわかっている。サイバー空間で我々は身体性から解放されるが、内と外との刺激の統合がなくなったとき、我々はいったいどんな生物になっていき、その社会はどんなものになるのだろうか。

※1:Ryota Kondo, et al., "Illusory body ownership of an invisible body interpolated between virtual hands and feet via visual-motor synchronicity." Scientific Reports, doi:10.1038/s41598-018-25951-2, 2018

※2:Masahiko Inami, et al., "Optical Camouflage Using Retro-reflective Projection Technology." Proceeding ISMAR'03 Proceedings of the 2nd IEEE/ACM International Symposium on Mixed and Augmented Reality, 348-349, 2003

※3:Arvid Guterstam, et al., "Illusory ownership of an invisible body reduces autonomic and subjective social anxiety responses." Scientific Reports, DOI: 10.1038/srep09831, 2015

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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