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アトピー性皮膚炎「細菌移植」治療の可能性

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:アフロ)

 アトピー性皮膚炎(Atopic Dermatitis、AD)は、日本人の10%前後がかかっていると推定されるアレルギー性の慢性疾患だ。痒みによる睡眠障害や集中力の低下、皮膚の損傷などにより患者の生活の質(QOL)を著しく損なう。そんなアトピー性皮膚炎で皮膚に生息する微生物を移植するという治療法が新たに報告された。

最近になってわかった常在菌の役割

 アトピー性皮膚炎は、主に痒みや痛みを伴う湿疹が出るアレルギー性の病気であり、治療にはステロイド外用剤などの薬物療法などがあるが、完治寛解させる治療法もまだ確立されていない。原因は環境や免疫系の異常など多様と考えられ、患者の多くがアトピー素因(家族歴、IgE抗体の産生しやすさ)を持ち、皮膚が乾燥したり(角層、皮膚バリア機能の低下)アレルギー性炎症を起こしたりする(※1)。

 以前からアトピー性皮膚炎の患者の皮膚には、黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)が多く繁殖していることがわかっていた。だが、この微生物とアトピー性皮膚炎との間にどんな関係があるのかが解明されたのはごく最近のことだ(※2)。

 腸内細菌叢などの研究が進んでいるように、人間の常在菌が健康や病気に大きな影響を与えていることが次第に明らかになってきている。アトピー性皮膚炎も微生物研究により、皮膚上の常在菌であるブドウ球菌叢の中で黄色ブドウ球菌が異常繁殖(コロニー形成)し、黄色ブドウ球菌から発生する毒素がアトピー性皮膚炎の原因や悪化させる要因なのではないかと考えられるようになった。

 同時に、この黄色ブドウ球菌をなんとかすればアトピー性皮膚炎の治療につながるのではないか、という研究も進められるようになってきている(※3)。黄色ブドウ球菌に対抗する微生物を導入したり薬物で減少させたりする研究(※4)もあるが、導入微生物や薬物による副作用などの危険性も捨てきれない。

 そこで、アトピー性皮膚炎の患者の皮膚へ、健康な人から皮膚の微生物を移植すればどうかという研究が発案される。

 米国の国立アレルギー・感染症研究所の研究グループは、2016年に健康な人の皮膚から採取したRoseomonas mucosaというグラム陰性菌を使い、ヒトのアトピー性皮膚炎を再現させたモデルマウスに移植してみたところ症状が改善した。アトピー性皮膚炎の患者から同じグラム陰性菌を採取し、移植するとむしろ悪化したという(※5)。

 同じ研究グループは、実際に人間の患者で同じ臨床試験を成人10人、幼児5人で行ってみたという論文(※6)を最近発表した。このグラム陰性菌は試験前に毒性がないかマウスを使って確認され、参加者に使用された。

化粧品などの防腐剤が悪化させる

 10人の成人患者に対しては、6週間、週に2回、患部に健康な人の皮膚から採取されたグラム陰性菌が局所投与され、5人の幼児患者には、月に1回、4ヵ月間にわたって局所投与された。それぞれ成人は2週ごと、幼児は1ヶ月ごとにグラム陰性菌の用量を上げていったという。

 この臨床試験の結果、成人患者10人のうち6人で、幼児患者5人のうち4人、15人の参加者のうち10人でアトピー性皮膚炎の症状が緩和した。これはプラセボ群の緩和率(5〜30%)より高い50%以上(66.7%)の効果であり、副作用などは確認されなかったという。

 症状が緩和しなかった5人についてはアトピー性皮膚炎の家族歴との関連が示唆され、血縁者の中には黄色ブドウ球菌の感染症で幼児期に亡くなっていたケースもあった。研究グループは、皮膚の常在菌や微生物に対する耐性と遺伝的な要因に何らかの関係があるのではないかと考えている。

 試験参加者は、通常の生活やステロイド外用剤などこれまでの治療を継続するように求められていたが、研究グループは参加者がどのような化学物質などにさらされていたかも同時に調べた。その結果、食品や化粧品などの防腐剤(※7)がRoseomonas mucosaというグラム陰性菌の増殖を阻害し、それがアトピー性皮膚炎の悪化と関係していることがわかった。

 研究グループは、アトピー性皮膚炎の患者の皮膚では、常在菌のバランスが崩れ、皮膚上のブドウ球菌叢で毒素を出す黄色ブドウ球菌が皮膚の乾燥や痒みなどを引き起こしているという。今回の研究により、健康な皮膚からRoseomonas mucosaなどのグラム陰性菌を移植し、皮膚の常在菌のバランスを正常に戻すことで治療に役立てられる可能性が出てきた。

※1:日本皮膚科学会:アトピー性皮膚炎診療ガイドライン2016年版(PDF、2018/05/24アクセス)

※2:Tetsuro Kobayashi, et al., "Dysbiosis and Staphylococcus aureus Colonization Drives Inflammation in Atopic Dermatitis." Immunity, Vol.42, Issue4, 756-766, 2015

※3:Teruaki Nakatsuji, et al., "Antimicrobials from human skin commensal bacteria protect against Staphylococcus aureus and are deficient in atopic dermatitis." Science Translational Medicine, Vol.9, Issue378, 2017

※4:Kyung-Duck, et al., "The Pathogenetic Effect of Natural and Bacterial Toxins on Atopic Dermatitis." toxins, Vol.9(1), 3, doi:10.3390/toxins9010003, 2016

※5-1:米国国立アレルギー・感染症研究所:National Institute of Allergy and Infectious Diseases、NIAID、米国国立衛生研究所(National Institutes of Health、NIH)の機関

※5-2:Ian A. Myles, et al., "Transplantation of human skin microbiota in models of atopic dermatitis." JCI insight, Vol.1(10), e86955, doi:10.1172/jci.insight.86955, 2016

※6:Ian A. Myles, et al., "First-in-human topical microbiome transplantation with Roseomonas mucosa for atopic dermatitis." JCI insight, doi:10.1172/jci.insight.120608, 2018

※7-1:パラベン:paraben、飲料などの食品、医薬品、化粧品の防腐剤の成分名:パラオキシ安息香酸エステルの総称

※7-2:クオタニウム-15:quatrium-15、発がん性も疑われている化粧品などに使用される防腐剤

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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