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なぜ我々は「人面魚」に人の顔を見てしまうのか

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
立体再現されたアルチンボルドのだまし絵(写真:アフロ)

 顔文字などのように、丸に並んだ黒い点が二つあると我々はそれを無意識に「顔」と認識してしまう。二十数年前に「人面魚」というコイが話題になったことがあったが、あれは頭部の模様が人の顔のように見えただけだ。我々はなぜサカナの模様や岩山などに人の顔を見つけてしまうのか、最新の脳波研究が出た。

脳波から考える我々の認知

 我々の脳からは、微弱な電気信号が出ている。これは大脳皮質のニューロンが情報をやりとりするため、シナプスから化学的な物質を出したり、電気的な信号の出入力を行っているからだ。

 この電気的な信号が脳波(Electroencephalograms、EEG)だが、以前はロボトミー手術のように頭蓋骨を開けて電極を差し込むなどして実験していた。もちろん、現在では頭蓋骨の外側の頭皮に電極を貼り付け、脳の中の様子を探る測定法ができている。

 脳波を最初に記録して研究したのはハンス・ベルガー(Hans Berger)というドイツ人の精神科医で、1924年のことだ。彼は脳波という言葉を考え出してα(アルファ)波やβ(ベータ)波という特徴的な脳波のパターンを見つけ、その結果を1929年に論文にまとめて発表した(※1)。

 脳波でよく知られているのは、前述したα波やβ波、そしてδ(デルタ)波、θ(シータ)波だろう。安静時に脳の後方で出てくるのがα波で深い安静時や浅い睡眠時にθ波のほうが優勢になり、深い睡眠時にはδ波が出てくる。また、不安に襲われたり何かに集中している時に出てくるβ波は不規則で低振幅の脳波だ(※2)。

 頭蓋骨の外側から測定できる脳波はかなり微弱なものになり、ノイズの干渉も多いので精度はそれほど高くない。だが最近では、研究の蓄積や機械的な性能の進化、繰り返し実験で情報を集めることなどで以前よりずっと豊富な情報を得ることができるようになってきているようだ。

 こうした手法によって得られる脳の反応情報を事象関連電位(Event-Related Potential、ERP)という。ERPは文字を読んだり言葉を理解したり人の顔を認識したりする際に起きる脳の電気的な反応だ。

 ERPの成分は、刺激の提示からの時間(ms、ミリ秒)を単位とし、脳波の上向きの振れ(Deflections)をNegativeの頭文字をとってN、下向きの振れをPositiveのPとし、時系列的な出現の順番でN1やP2、その振れの頂点の刺激開始からの時間でN170とかP300などというように示す。その後、このERPを使った研究が進み、脳波のERP成分が次第に明らかになってくる。

 例えば、刺激が起きてから400ミリ秒後に生じる上向き(Negative)の振れをN400というが、この振れは言語の修辞的な不一致という刺激を受けた時に出てくる。赤や青などの色の表現は柔らかさや固さといった感触を表す言葉とそぐわない。赤い手触りや青い感触というフレーズはどこかおかしいが、我々の脳はこうしたミスマッチなフレーズを耳にした際にN400というERP成分が出てくるようだ(※3)。

 同じように、N170(170ミリ秒後の上向きの振れ)というERP成分がある。これは脳の場所(左右半球)によって変わるようだが、我々が人の顔を認知したり日本語ではひらがなを読む際に出てくる振れと考えられている(※4)。例えば、我々が他人の顔を認知するとN170という脳波の成分が出てくるというわけで、幼児のN170を調べた研究(※5)によれば日本人は13歳くらいになると上下逆さまになった顔を成人と同じ程度に認知できるようになるようだ。

 これは「(*´I`)ノ」のような顔文字でも同じで、これを認知すると我々の脳にはN170が出てくる。だが、上下逆さまの顔を認知する幼児のようにはいかず、顔文字の向き次第では我々は「:-)」と「(-:」の区別を認知しにくくなるようだ(※6)。逆にいえば、N170が出てくれば顔を顔と認知してしまうことになる。

素早く顔と認知する

 顔ではないのに、我々はサカナのコイの模様が人間の顔に見えて人面魚などと話題にしたり、単なる奇岩をゴジラ岩と名付けたりする。こうした認知の錯覚をパレイドリア(Pareidolia)というが、月にウサギがいるように見えたり、ロールシャッハ・テストで左右対称の模様がチョウに見えたり、だまし絵や心霊写真に引っかかったりする。

 このパレイドリアについて日本の豊橋技術科学大学の研究者が新たな実験結果(※7)を発表した。研究者は、脳波のERP成分として、視覚認知の素早さであるP1、個人識別であるN250、そして顔認知であるN170の成分の相関関係を調べてみたという。

 この実験では、普通の顔、ヘッドライトが目でグリルが口のように見えるクルマ、顔のようにみえる昆虫、そして果物などを集めて顔のように見せた16世紀イタリアの画家ジュゼッペ・アルチンボルド(Giuseppe Arcimboldo)の肖像画を使った。その結果、脳の右半球の顔認知N170と素早い視覚認知P1(両半球)の間に、倒立した顔と顔に見えるパレイドリアで相関関係があることがわかったという。

画像

脳のERP成分を4つの画像を見たときの反応で比べた実験。青い線は普通の顔、ミドリの線はアルチンボルドの肖像画、赤い線は昆虫、紫の線はクルマ。P1は早期の認知、N170は顔認知、N250は人間や個人の顔認知。早期認知P1と顔に見えるパレイドリアN170の間に相関があったという。Via:Yuji Nihei, et al., "Brain Activity Related to the Judgment of Face-Likeness: Correlation between EEG and Face-Like Evaluation." Frontiers in Human Nuroscience, 2018

 研究者は、顔かどうかの認知が100ミリ秒という短時間で起きているとし、我々は顔を顔と認知するよりも早い段階で顔らしさの処理が起きて処理されている可能性が示唆される。また、こうした実験結果を明らかにしたのは世界で初めてとのことだ。

 広告などでアナログ時計の文字盤は、長針短針で10時10分を指すようになっている。実はこの時間表示、1950年代まで8時20分が定番だった。時計を顔に見立てた場合、笑顔に見える10時10分にしたほうがよく売れるようになったからだという(※8)。

 人面魚が話題になるように、我々はけっこうパレイドリアに影響を受けているのだろう。コンビニでなぜ無意識にその商品に手を伸ばしたかといえば、顔のようにニコニコ微笑みかけてきたからかもしれないのだ。

※1:L F. Hass, "Hans Berger (1873-1941), Richard Caton (1842-1926), and electroencephalography." Journal of Neurology, Neurosurgery, & Psychiatry, Vol.74, Issue1, 2004

※2:Bernard J. Baars, et al., "Fundamentals of Cognitive Neuroscience- A Beginner's Guide." Academic Press, 2013

※3:Tsutomu Sakamoto, et al., "An ERP study of sensory mismatch expressions in Japanese." Brain and Language, Vol.86, Issue3, 384-394, 2003

※4-1:Shlomo Bentin, et al., "Electrophysiological Studies of Face Perception in Humans." Journal of Cognitive Neuroscience, Vol.8(6), 551-565, 1996

※4-2:Urs Maurer, et al., "Left-lateralized N170 Effects of Visual Expertise in Reading: Evidence from Japanese Syllabic and Logographic Scripts." Journal of Cognitive Neuroscience, Vol.20(10), 1878-1891, 2008

※4-3:Yasuko Okumura, et al., "Attention that covers letters is necessary for the left-lateralization of an early print-tuned ERP in Japanese hiragana." Neuropsychologia, Vol.69, 22-30, 2015

※5:Kensaku Miki, et al., "Differential age-related changes in N170 responses to upright faces, inverted faces, and eyes in Japanese children." Frontiers in Human Nuroscience, Vol.2, doi: 10.3389/fnhum.2015.00263, 2015

※6:Owen Churches, et al., "Emoticons in mind: An event-related potential study." Social Neuroscience, Vol.9, Issue2, 2014

※7:Yuji Nihei, et al., "Brain Activity Related to the Judgment of Face-Likeness: Correlation between EEG and Face-Like Evaluation." Frontiers in Human Nuroscience, doi.org/10.3389/fnhum.2018.00056, 2018

※8:Ahmed A. Karim, et al., "Why Is 10 Past 10 the Default Setting for Clocks and Watches in Advertisements? A Psychological Experiment." Frontiers in Psychology, doi.org/10.3389/fpsyg.2017.01410, 2017

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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