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「呼吸(5/9)の日」と五月病

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:アフロ)

 大型連休も終わって日常生活が再開した。今週は全国的に天気が悪く、連休中との気温の変動に体調を崩しがちだ。いわゆる五月病というように精神的にも不安定になる季節でもある。今日5月9日は日本呼吸器学会が定めた「呼吸の日」でもあるので、呼吸を整えながら心の安定を考えてみる。

季節性の情動障害とは

 よく五月病などというが、そんな病名はない。一般的には、職場や学校などの環境変化に対する適応障害と考えられているが、配置転換や転勤、新入学やクラス替えなどによって不安になった心理状態のようだ。生活が不規則になったり環境変化が激しくなると、ストレスに対して不適合になってセロトニンの分泌が不安定になるなどしてこうした状態に陥りやすくなる(※1)。

 季節による不安定な心理状態を季節性情動障害(Seasonal Affective Disorder)などというが、欧米でもホリデーシーズンや大型連休の後などにも同じような心理状態になることがあり、日本ではこれを一般的に五月病と呼んだりするというわけだ。このような心理学的な病気についてはマスメディアや口コミなどによる社会文化的な大衆心理の影響も無視できないが、精神と体調は相互に悪影響を及ぼすこともあるので油断大敵ではある。

 新しい職場や環境にも慣れず不安だし、大型連休後で気分も浮かないし、天気が悪くて憂鬱、というような状態を長く放置しておかないほうがいいだろう。今日5月9日は「59」で「呼吸の日」でもある。そこで呼吸に意識を集めた瞑想法を紹介したい。

 瞑想(meditation)という治療補助は、宗教的なケアなどと同様、エビデンスも蓄積して心理療法として一定の効果があることがわかってきつつある(※2)。瞑想法の中でも「マインドフルネス(Mindfulness、※3)」という認知療法による瞑想法は近年、医療の現場で応用されるようになっている方法だ。

 マインドフルネス(Mindfulness Training、MT)はもともと仏教の瞑想法だが、1990年代から主に米国で取り入れられて宗教色を払拭し、2000年代に入ってから抑うつや適応障害などの治療支援のための瞑想と呼吸法による認知療法として認知されつつある。日本でも心理学研究の分野で検証が進められ、マインドフルネス瞑想や呼吸法で心理状態が安定し、不安が低減するといった実験結果も出ている(※4)。

呼吸に意識を向ける瞑想法

 自分がしている「呼吸」という身体的な感覚に注意を向ける呼吸法もマインドフルネス瞑想の特徴だ(※5)。マインドフルネスは専門性が高く4〜8週間のプログラムが一般的なトレーニング法なので、ここでは詳しい呼吸法を説明できないが、禁煙法などに応用され、マインドフルネスを応用したアプリも出ている(※6)。解説書も多いので探してみればすぐに見つかるだろう。

 マインドフルネスの瞑想法と呼吸法では、開放的で、とらわれのない心の状態を目指す。そのために注意を意図的にコントロールすることで心を今この瞬間に集中させ、思考せずにありのままを観察し、呼吸に意識を集中することを重視する。

 自分の呼吸に意識を集中させ、鼻の穴から肺へ入っていく空気の流れや胸や腹部が呼吸によって膨らんだり凹んだりする身体の状態の変化を感じるようにする。呼吸の数を数えたりしながら、意識や思考が呼吸以外のことに向かわないようにし、雑念が心に入ってこないようにする。

 呼吸とその感覚を意識することで、心と体の関係に気づき、その関係性に注意を向けることができる。禁煙法に応用されているのも、このあたりの効果を期待したといえるだろう。

 大学生を対象にしたマインドフルネス呼吸法による研究(※4-4)では、抑うつの発症とその持続に関わる要因とされるネガティブな反すう(ものごとを何度も繰り返し考え続けること)をする傾向が低減するようだ。これはマインドフルネスをする過程で、思いやりと好奇心をともなう気づきの心理状態になったことが大きい、つまりネガティブな反すうに対する認知と自分との関係性が変わることで、自己否定が減って自己受容が増えるからという。

 いずれにせよ、我々は「ストレス」とか「五月病」という言葉に影響を受けがちだ。よく「ブルー・マンデー」とか「サザエさん症候群」などというが、実際に調査してみると曜日による心理的な効果はほとんどないという研究もある(※7)。ようするに、五月病も気の持ちようというわけだ。

 何もしなくても時間が経ち、季節は移ろっていく。梅雨の後は夏が来る。環境変化にも少しずつ慣れていくだろう。どうしても辛かったら、自分の今している呼吸に意識を向け、生きているという実感をしばし体感してみたらどうだろうか。

※1-1:Juan F Lopez, et al., "Regulation of Serotonin1A, Glucocorticoid, and Mineralocorticoid Receptor in Rat and Human Hippocampus: Implications for the Neurobiology of Depression." Biological Psychiatry, Vol.43, Issue8, 547-573, 1998

※1-2:Javier Gonzalez-Maeso, et al., "Identification of a Novel Serotonin/Glutamate Receptor Complex Implicated in Psychosis." Nature, Vol.452, No.7183, 93-97, 2008

※2:Madhav Goyal, et al., "Meditation Programs for Psychological Stress and Well-being A Systematic Review and Meta-analysis." JAMA, Vol.174(3), 357-368, 2014

※3:Kirk Warren Brown, et al., "The Benefits of Being Present: Mindfulness and Its Role in Psychological Well-Being." Journal of Personality and Social Psychology, Vol.84, No.4, 822-848, 2003

※4-1:Shian-Ling Keng, et al., "Effects of Mindfulness on Psychological Health: A Review of Empirical Studies." Clinical Psychology Review, Vol.31(6), 1041-1056, 2011

※4-2:平野美沙ら、「マインドフルネス瞑想の怒り低減効果に関する実験的検討」、心理学研究、第84巻、第2号、2013

※4-3:Xinghua Liu, et al., "Can Inner Peace be Improved by Mindfulness Training: A Randomized Controlled Trial." Stress & Health, Vol.31, Issue3, 245-254, 2015

※4-4:前川真奈美、「マインドフルネス呼吸法が大学生の抑うつにもたらす効果に関する検討─ネガティブな反すう、自己受容の観点から─」、WASEDA RILAS JOURNAL、No.5、2016

※5:Joanna J. Arch, et al., "Mechanisms of mindfulness: Emotion regulation following a focused breathing induction." Behaviour Research and Therapy, Vol.44, Issue12, 1849-1858, 2006

※6:Judson A. Brewer, et al., "Mindfulness Training for smoking cessation: results from a randomized controlled trial." Drug and Alcohol Dependence, Vol.119(1-2), 72-80, 2011

※7:A. Stone, et al., "Day-of-week mood patterns in the United States: On the existence of ‘Blue Monday’, ‘Thank God it's Friday’ and weekend effects." The Journal of Positive Psychology, Vol.7, Issue4, 2012

※8:John F. Helliwell, et al., "Weekends and Subjective Well-Being." Social Indicators Research, Vol.116, Issue2, 389-407, 2014

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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