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人類は「麻しん(はしか)」に勝てるのか

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
中国で児童1億人に麻しん予防接種(写真:ロイター/アフロ)

 麻しん(はしか)の感染が少しずつ拡がっている。感染力の強い麻しんウイルスは、WHO(世界保健機関)も撲滅を目指し、各地で活動を継続中だ。米国や英国などで土着性のウイルス株の根絶が宣言されるなどしているが、国際的な移動が常態化している現代において完全制圧する場合、世界人口のほとんどに予防接種が必要とされる。

拡がる麻しん

 2018年3月23日、沖縄県内に滞在していた台湾旅行者に麻しんの診断が出た。おそらく、この旅行者から二次感染者が発生し、その後、沖縄県内で麻しん患者が多数発生し、沖縄県によれば5月4日時点で調査中を含めて91例が報告されている(※1)。

 4月20日には愛知県で麻しんの疑いのある報告が出る。この患者は沖縄や海外への旅行歴はなかったが医療関係者で、この患者が接触したと考えられる患者は3月28〜4月2日にかけて沖縄へ旅行していたことがわかっている。愛知県によれば、5月5日までに17例が報告され、そのうちの1人は4月にタイへ旅行していた(※2)。

 厚生労働省の「麻しんについて」というホームページによると麻しんとは、 

・麻しんウイルスによって引き起こされる急性の全身感染症

・麻しんウイルスの感染経路は、空気感染、飛沫感染、接触感染で、ヒトからヒトへ感染が伝播し、その感染力は非常に強いとされる

・免疫を持っていない人が感染するとほぼ100%発症し、一度感染して発症すると一生免疫が持続するとされる

・2007・2008(平成19・20)年に10〜20代を中心に大きな流行がみられた(土着ウイルス株の遺伝型D5が中心)

・2008(平成20)年より5年間、中学1年相当、高校3年相当の年代に2回目の麻しんワクチン接種を受ける機会を設けたことなどで、平成21年以降10〜20代の患者数は激減した

・近年の患者発生の中心は、20歳以上の成人とワクチン接種前の0〜1歳

・2010(平成22)年以降、ウイルス(遺伝型は)海外由来型のみ認めており、2007・2008(平成19・20)年に国内で大流行の原因となった遺伝子型D5は認めていない

 ということになっている。

 麻しんにかかった場合、どうなるかというと同じ厚生労働省のホームページによれば、

・感染すると約10日後に発熱や咳、鼻水といった風邪のような症状が現れる

・2〜3日熱が続いた後、39℃以上の高熱と発疹が出現する

・肺炎、中耳炎を合併しやすく、患者1000人に1人の割合で脳炎が発症するとされる

・死亡する割合は、先進国であっても1000人に1人とされる

・その他の合併症として、10万人に1人程度と頻度は高くないものの、麻しんウイルスに感染後、特に学童期に亜急性硬化性全脳炎(SSPE)と呼ばれる中枢神経疾患を発症することもある

・妊娠中に麻しんにかかると流産や早産を起こす可能性がある

・妊娠前なら未接種・未罹患の場合、ワクチン接種を受けることを積極的に検討すべきだが、既に妊娠しているのであればワクチン接種を受けることができない

・(妊娠中の場合)麻しん流行時には外出を避け、人込みに近づかないようにするなどの注意が必要

・(妊娠中の場合)麻しん流行時に、同居者に麻しんにかかる可能性の高い人(例えば麻しんワクチンの2回接種を完了していない者で、医療従事者や教育関係者など麻しんウイルスに曝される可能性が高い者など)がいる場合はワクチン接種等の対応について、かかりつけの医師に相談する

感染力の強い麻しん

 このように、妊娠中以外、感染力の強い麻しんウイルスにはワクチン接種による予防が効果的だ。現在、1歳児のときに最初の予防接種を受け、小学校入学前の1年間で2回目の予防接種を受けることになっている。まだ、麻しん予防接種を受けていない人、1回しか受けていない人で、これまで麻しんにかかっていない人は麻しんワクチン接種を考えたほうがいい。

 東京都感染症情報センターの「麻しん」ホームページによれば、

・一度感染して発症すると一生免疫が持続すると言われているが、修飾麻しんといって過去のワクチン接種の効果が弱まった場合など、麻しんに対する免疫が不十分な状態の人が感染した場合、軽症で非典型的な症状になることがある。例えば、潜伏期が延長する、高熱が出ない、発熱期間が短い、などで、感染力は弱いものの周囲の人への感染源になるので注意が必要

・感染力が最も強いのは発しん出現前の期間

・発症した人が周囲に感染させる期間は、発しんが出現する4日前から発しん出現後4〜5日くらいまで

 としている。つまり、麻しんの初期には、鼻水や咳が出たり、身体がだるくなったりと風邪をひいたような症状が出る。

 海外旅行などの後にこうした体調不良の症状が出た場合、待合室などで感染を広げないため、すぐに病院へ行かずに電話で相談するようにしたい。風邪のような症状の後、発疹が全身に広がり、39度を超える高熱が出る。発疹は3〜4日で消え、熱も下がるが発疹が消えたり解熱した後、最低でも5日は外出などで人との接触をしないことも重要だ。

 感染症の感染力の強度については、基本再生産数(basic reproduction number、R0)という概念がある。もともとは、1人の女性が生まれてから生き延びる確率と出生率で人口が増減するような人口の再生産のための概念だが、基本再生産数では1人の感染者から二次感染してどれだけ感染が拡がるかを計ることもできる。

 疫学における感染症の流行の基本再生産数は、感染率を快復率や隔離率で割って求める。麻しんの基本再生産数(R0)は12〜18で、ジフテリア6〜7、天然痘やポリオ、風疹の5〜7より格段に高い。疫学的には麻しんのように基本再生産数の高い感染症には、人口の90%以上にワクチンを接種させないと根絶できないと考えられている(※3)。

 麻しんはそのウイルス株の多様さをみるとわかるように土着性の強い感染症だが(※4)、ビジネスや旅行で人の移動が世界規模で格段に多くなっているので地域を越えた感染経路への注意が必要だ。WHOは麻しんの根絶を目指しているが、現在、流行している国や地域、そこからの感染経路などを監視し続けることが重要と考えられている(※5)。

 土着性が強いと考えられる麻しんウイルスだが、日本の過去の遺伝型は数年ごとに異なっている。最後に流行した2007・2008年はD5型だったが、その前にはC1型やD3型の遺伝型が流行した。どこかの国や地域でワクチン接種率が下がったりすれば、ウイルスが残って拡がる危険性がある。

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麻しんの累積報告数の推移:2012〜2018年(1〜53週)。2018年は16週の時点で100に近いが、例年は200前後に達している。この伸びを押さえ込み、頭を叩いて流行を防ぐことが重要だ。Via:国立感染症研究所「感染症発生動向調査」より

 ワクチン接種への誤解も根深く、麻しんワクチンは保険適用もされず安くはない。だが、麻しんを押さえ込むためには、今後も国際的に歩調を合わせ、ワクチン接種の国や地域を広げ続け、ワクチンを複数回接種することを励行することが重要だろう。

※1:沖縄県「麻しん(はしか)患者の発生状況について」(2018/05/08アクセス)

※2:愛知県「麻しん(はしか)の発生状況について」(2018/05/08アクセス)

※3:J Mossong, et al., "Estimation of the basic reproduction number of measles during an outbreak in a partially vaccinated population." Epidemiology & Infection, Vol.124, Issue2, 273-278, 2000

※4:Paul A. Rota, et al., "Global Distribution of Measles Genotypes and Measles Molecular Epidemiology." The Journal of Infectious Diseases, Vol.204, Issue1, S514-S523, 2011

※5-1:David N. Durrheim, et al., "Measles- The epidemiology of elimination." Vaccine, Vol.32, Issue51, 6880-6883, 2014

※5-2:Yuki Furuse, et al., "Global Transmission Dynamics of Measles in the Measles Elimination Era." viruses, Vol.9(4): 82, 2017

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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