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ウサギの胎児は「サカナ」ではない

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:アフロ)

 今年2018年のイースター(Easter、復活祭)は4月1日だ。イースターはキリスト教で最も重要な祭日とされ、十字架にかけられて死んだキリストが3日目に復活したことにちなむ。

エイプリルフールのいわれ

 イースターは移動祝日なので、エイプリルフールと同じ日になるのは珍しい。エイプリルフールがなぜ4月1日なのかについては諸説あり、その中にはキリストの復活との関連を説明したものもあるが、西洋の暦法が変えられたという説が説得力のある一般的な理由として流布している。

 それまでのフランスでは、民衆が慣習的に春分から新年が始まるとして4月1日に年末年始のような扱いで祭りをしていたが、シャルル9世が1564年に1年の始まりを1月1日とする現行の暦に従うように布告したため、昔の慣習を懐かしむ人々がその後も4月1日にバカ騒ぎをするようになったという説だ。つまり、4月1日がウソの新年になったため、バカ騒ぎのついでにウソをついてもいいとされるようになったという。

 このほか、4月1日がノアの箱船から陸地を探すためにハトが放たれた日で、まだ洪水の水が引いていないときだったためにハトは陸地へたどり着けず、結果的にノアにだまされたからというもの、また春分から一週間が修行の期間だったインドの仏教徒が、修行の終わる4月1日に再び煩悩の状態になってしまうため、この日を「揶揄節」とした習慣が西洋に伝わったという説もあるが、エイプリルフールの慣習はどこかでキリストの復活やイースターにつながる。

 フランスではエイプリルフールのことを「Le poisson d'avrile(4月の魚)」というが、キリスト教ではイースターまでの四旬節でキリストの受難をしのんだ断食や節制をするが肉や乳製品が禁忌でも魚は食べてもいいとされていたからとも、簡単に捕まる4月のバカ魚からきたとも、騙される人の背中に紙で作った魚を貼ったからともいわれている。

 イースターの前日まで断食するという宗教的な慣習は古く、辛い断食を逃れる言い訳も多い。例えば、ヨーロッパではウサギをよく食べるが、四旬節の期間中は肉食が禁忌なため、中世のヨーロッパ人はウサギの胎児(laurices)をよく食べたという。

 これはローマ教皇のグレゴリウス1世(Gregorius I)が西暦600年に、ウサギの胎児は子宮という水分の多い場所で獲れるのでサカナである、だから断食中でも食べてもかまわない、と布告したからとされている(※1)。これについてグレゴリウス1世の勅令がないとして否定する主張(※2)もあるが、ウサギの繁殖が中世以前から行われていたのは事実だ。

ウサギは美味いか

 ヨーロッパにおけるウサギの家畜化は、6世紀にフランスの修道僧によるものが最初とされている。ただ、ウサギはしばしば脱走し、野生種と交雑するため、遺伝子による家畜化などの解析は難しいようだ。

 グレゴリウス1世の布告がどうであれ、ヨーロッパ人がウサギの胎児を食べていたのも事実で、ローマの軍人貴族が西暦1世紀にイベリア半島での体験を報告しているのが最初だ。また、英国のノーフォークの西暦1世紀頃とされる遺跡からは、野生か家畜かわからないがウサギが食べられていた痕跡が発見されている。

 英語では18世紀まで若いウサギを「rabbit」とし、成獣を「coneys」と呼び分けていたようだが、日本でもウサギは「1羽、2羽」とまるで鳥類のように数える。獣食が禁忌だったため、ウサギを鳥類と偽って食べていたのだ。

 日本人はさすがにウサギの胎児は食べなかったようだし、今の欧米人もあまり好んで食べないとは思うが、ウサギ自体は古くから人類にとって貴重な栄養源だった。江戸時代に人見必大という人物によって書かれた『本朝食鑑』(1697)という日本の食事の歴史を解説した本によると、徳川家康の9代前の祖先が零落していたとき、信濃の林藤十郎という豪族が大晦日にウサギ狩りをした獲物を羹(あつもの)の兎汁にし、元旦に家康の祖先へ献上したという。

 その頃から徳川家が次第に栄えるようになり、江戸幕府を開いた後でも徳川家では縁起物として元旦に兎汁を食べるようになった。将軍家だけではなく兎は庶民もよく食べていたようで、池波正太郎の小説『鬼平犯科帳』にも京橋の大根河岸にあった「万七」という料理屋の兎汁が出てくる。ネギとショウガをあしらい、淡泊な中に脂肪が溶けた美味な汁物だったようだ。

 今年のエイプリルフールはイースターと重なるため、キリスト教徒にはちょっと微妙なスケジュールだが、イースターは日本人にはまだ馴染みが薄い。最近では、イースターエッグにちなんだキャンペーンが食品メーカーなどから打ち出され始めている。

 欧米の慣習を日本でビジネスにつなげようというたくましい商魂は相変わらずだ。イースターには卵をウサギが運んでくる、という伝承もあり、イースター・バニーというキャラもある。日本では、胎児ではないウサギとイースターを合わせたイベントなどどうだろうか。

※1:Joel M. Alves, et al., "Levels and Patterns of Genetic Diversity and Population Structure in Domestic Rabbits." PLOS ONE, doi.org/10.1371/journal.pone.0144687, 2015

※2:Evan K. Irving-Pease, et al., "Rabbits and the Specious Origins of Domestication." Trends in Ecology & Evolution, Vol.33, Issue3, 149-152, 2018

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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