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愛知県で報告された「エキノコックス症」とは

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
キタキツネはエキノコックスの宿主だ(ペイレスイメージズ/アフロ)

 エキノコックス症は、エキノコックス(echinococcus)という寄生虫によって引き起こされる人獣共通感染症だ。感染者に深刻な健康被害をもたらすハイリスクの感染症として指定されている(※1)。2018年3月28日、愛知県の保健当局は県内で4例(平成26年1例、平成30年3例)のエキノコックス症の届出があったことを発表した(※2)。

キツネからイヌへ

 エキノコックス症は人獣共通感染症で、エキノコックスという寄生虫に感染したキツネやイヌの糞便により汚染された食物や水などを、人間が偶然、口に入れて飲んだりすることで感染する。人間から人間への感染はない。

 発表リリースによれば日本で毎年、北海道で10〜20人ほどの患者の報告があるという。日本で最初にエキノコックス症とされたのは、1936年に診断された北海道礼文島出身の28歳の女性の例だ。

 エキノコックスには大きく単包条虫(Echinococcus granulosus)と多包条虫(Echinococcus multilocularis)の2種類があり、多包条虫は北海道の固有寄生虫とされる。日本で発症したエキノコックス症のほとんどは、この多包条虫によるものとされ、北海道以外における多包条虫による感染例は北海道の1/10以下だ。

 北海道に多いのは、キタキツネが感染源であるためで、キタキツネからペットのイヌ(まれにネコ)へ、イヌから人間へ感染する。近年になり、キツネと人間との生活環境が隣接することで、キツネからの感染も疑われるようになった。

 北海道以南のイヌでエキノコックス(多包条虫)が発見されたのは、届出義務が施行されて以降、2005年に埼玉県の野犬から1例、今回の1例である2014年の愛知県の野犬の1例、そして今回の2018年付けの3例となる。青森県などのブタで発見される例もあるが、イヌの移動により他地域へ侵入しているのではないかという研究者もいる。

 例えば、北海道からは移住や転勤などにともなって毎年多くのイヌが本州へ連れてこられているが、その実数は未届け犬などが含まれるため正確にはわからない。過去の研究では年間300〜400頭程度(すべてのペットでは1万頭あまり)ではないかとも見積もられ、さらに海外からの輸入犬も年間1.5万頭あまりになるという(※3)。

 複数の研究から、北海道のイヌのエキノコックスの罹患率は0.2〜1.1%と考えられている(※4)。仮に年間400頭のイヌが北海道から本州へ移動しているとすれば、そのうち4頭程度はエキノコックスに罹っている可能性が高い。

 また、輸入犬についても無検疫で入ってくる個体も多く(数百頭か)。すでに飼われている未届け犬も含め、強制的な検疫や寄生虫駆除の必要性を警告する研究者もいる。

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イヌのエキノコックスのタイプ別分布。日本は2000年の時点でいえば、赤い文字の「Em」つまり多包条虫(Echinococcus multilocularis)だけが犬から発見されている。また、多包条虫は今のところ北半球でのみ発見されているようだ。Via:David Carmena, et al., "Canine echinococcosis: Global epidemiology and genotypic diversity." Acta Tropica, 2013

症状が出るまで10年かかることも

 このエキノコックスという寄生虫のやっかいなのは、症状が現れるのが感染後、長い例で10年ほどしてからというところだ。感染すると人間の身体へ入り込み、主に肝臓や肺に寄生して肝不全などの障害を引き起こす。その間は無症状の患者が多く、発見や治療が遅れると死に至ることもある。

 エキノコックス症には有効な治療薬がまだない。外科的に感染部位を切除するしかなく、感染から長期間、無症状のため発見が遅れることも少なくない。そのため、なによりも予防が重要だ。

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多包性エキノコックス症の感染経路。Via:国立感染症研究所「エキノコックス症とは」より

 愛知県の発表リリースによれば、エキノコックス症は人間と動物に共通する感染症だが、適切な予防で人間への感染の危険性はない、といっている。野山へ出かけ、寄生虫などに汚染された可能性のある水や野草などに触れた場合、よく手洗いをするように注意を喚起している。また、北海道へ旅行するなどした際にキツネやイヌなどに触れた場合も同じだ。

 一般的に人獣共通感染症の予防のために、野犬や野生動物には触れず、もしも触れた場合はうがいや手洗いをし、帰宅前に衣服や靴の泥や埃をよく払い落とし、山菜などはよく洗ってから食べるように心掛けたい。また、イヌの散歩の際も、他のイヌの糞便や小動物などを口に入れていないか注意するべきだろう。

※:2018/03/30:10:27:Facebook経由で愛知県在住の読者の方から指摘されたので以下を追記する。

 愛知県の知多半島は新美南吉の童話『ごんぎつね』の舞台とされ、かつてはキツネの一大繁殖地だったという。この地のキツネはすでに絶滅したとされていたが、近年になり野生個体の生息が観察されるようになり、現在ではかなりの数になっているようだ(※5)。

 今回、愛知県の報告による野犬の捕獲場所は知多半島になり、キツネから野犬へエキノコックスが感染した可能性は大きい。この地域では、ハクビシンなどの生息も拡大しているようで、引き続き観察が必要だろう。

※1:厚生労働省は「感染症法に基づく医師及び獣医師の届出について」でエキノコックス症を第4類にしていしている

※2:愛知県保健医療局健康対策課感染症グループ「犬におけるエキノコックス症の発症に伴う注意喚起について」(2018/03/29アクセス)

※3:土井陸雄ら、「北海道および海外からの畜犬を介するエキノコックス本州侵入の可能性」、日本公衆衛生雑誌、第50巻、第7号、2003

※4:David Carmena, et al., "Canine echinococcosis: Global epidemiology and genotypic diversity." Acta Tropica, Vol.128, 441-460, 2013

※5:福田秀志ら、「新聞記事に見る知多半島におけるキツネ(Vulpes vulpes)の生息状況」、日本福祉大学健康科学論集、第16巻、2013

※2018/03/30:10:41:下記の数値を修正した。

「年間300〜400頭程度(すべてのペットでは1万頭あまり)ではないかとも見積もられ、さらに海外からの輸入犬も年間1.5万頭あまりになるという(※3)。

 複数の研究から、北海道のイヌのエキノコックスの罹患率は0.2〜1.1%と考えられている(※4)。仮に年間400頭のイヌが北海道から本州へ移動しているとすれば、そのうち4頭程度はエキノコックスに罹っている可能性が高い。」

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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