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「キタシロサイ」最後のオスが死ぬ

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
最後のキタシロサイのオス「スーダン」(写真:ロイター/アフロ)

 サイはどの種類も絶滅の恐れがあるが、その中でもシロサイ(ceratotherium simum)の仲間は最も脆弱なサイの一種として知られている。2018年3月19日、シロサイの一種キタシロサイ(ceratotherium simum cottoni)の最後のオス「スーダン」が死んだ。保護していたケニアの自然動物園のリリースによれば、45歳で老衰にともなう合併症により安楽死(euthanize)させたという。

絶滅に瀕するキタシロサイ

 昨年2017年3月、フランスのトワリー(Thoiry)動物園のシロサイが侵入者により射殺され、チェンソーで角が切り落とされて奪われる、というショッキングな事件があった。殺されたシロサイは4歳のオス、バンスという名前だったという。

 このフランスのシロサイはミナミシロサイ(ceratotherium simum simum)だ。シロサイにはキタシロサイとミナミシロサイがいて、ミナミシロサイの2007年の推定数は野生の個体1万7460頭(IUCN 2008)とされ、数を戻しているのに比べ、キタシロサイのほうはほぼ絶滅状態とされている。

 キタシロサイが個体数を減らす速度があまりにも急激で、気付いたときには世界に数頭しか残っていなかった。チェコの動物園には6頭いたので、絶滅を防ぐために2009年にそのうちの4頭を本来の自然環境に近いケニアのオルペジェタ自然保護区(Ol Pejeta Conservancy)へ移送。その後、チェコに残った2頭のうち1頭が2011年に死に、年齢的に自然交配が可能なオス2頭も2014年に死んで、オスは高齢のスーダンだけになっていた。

 キタシロサイの数が激減した原因は、そもそも生息域がコンゴや南スーダン、ウガンダ、チャドと狭く、その狭い地域で内戦や密猟、環境破壊、農地開発などが急速に起きたことだ。2006年以降、野生個体は確認されていない。今回、死んだスーダンの故郷はその名の通りスーダンで、野生状態で生まれた最後の個体だった。

人類の愚行の象徴

 キタシロサイとミナミシロサイは、遺伝的に近い亜種同士というのが定説だったが、より詳しく調べてみたところ、形態学的にも遺伝的にも異なった種類ということがわかっている(※1)。この2種が分岐したのは約100万年前と考えられているが、種の多様性と保全という意味でスーダンの死は大きい。

 残された2頭のメスは、スーダンの娘ナジンとその娘ファトゥだ。すでにスーダンからは遺伝物質と遺伝情報が取り出されているので、残ったメスの卵子でミナミシロサイのメスを使って体外受精させ、キタシロサイの子孫を残すことが考えられている。

 絶滅寸前のキタシロサイは、内乱と環境破壊、密猟と言った人類の愚行の象徴だ。生前のスーダンは、出会い系アプリによる基金でアワードをもらうなど、自分の種の保護と繁殖について働いてきたという。今回のプレスリリースの最後にも、スーダンを記念して種の保全のための資金を集める寄付URLが記載されている。

※1:Colin P. Groves, et al., "The Sixth Rhino: A Taxonomic Re-Assessment of the Critically Endangered Northern White Rhinoceros." PLOS BIOLOGY, doi.org/10.1371/journal.pone.0009703, 2010

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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