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「認知症の予防」に運動がいいのは本当か

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:アフロ)

 有酸素運動などの適度な運動は心肺機能や身体機能を強化するが、認知症などの脳神経疾患との関係がわかってきたのはこの十数年のことだ。最近になって発表されたいくつかの研究により、運動機能が高いと中高年の脳神経疾患の一部の発症リスクが低くなることがわかってきた。

運動と脳の関係とは

 これまでの研究により、身体運動が脳や神経、認知などの機能によい影響を与えることが明らかになってきている(※1)。脳で記憶などに関係する海馬は、成人の後半から縮小を始めるが運動すると縮小の割合を少なくするようだ(※2)。

 これらの研究は、運動と中高年からの認知症の発症リスクについて帰納的に推察するといった内容のものが多かったが、集団に対する長期的な追跡調査も研究され始めている。

 米国で行われているフラミンガム研究(Framingham Heart Study、FHS)という疫学調査データ(調査の第2世代)を利用したボストン大学などの研究者による論文(※3)では、心血管疾患と認知症にかかっていない1094人(女性53.9%、40±9歳)を対象に、運動をしながら行う心電図検査(treadmill test)をやってもらった。

 その20年後(58±8歳)に同じ検査をやってもらい、さらにMRIにより脳の状態を調べた。すると、運動不足、高血圧などと脳の容量(大脳皮質の量)に相関関係があることがわかったという。

 2018年にはスウェーデンのヨーテボリ大学と米国のメイヨークリニックから、これに関する2つの研究論文が出た。

 まずヨーテボリ大学の研究(※4)では、1968年の時点で38〜60歳だった女性1462人を対象に、そのうちの191人をサンプル抽出した。彼女たちに自転車型のトレーニングマシンによる心肺機能評価のテスト(erugometer cycling test)をやってもらい、その後、精神障害の規準を定めたDSM(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders、III-R)という診断手法や面談、通院歴、保健データ(2012年)を使い、認知症の発症危険度を1974年、1980年、1992年、2000年、2005年、2009年と平均29年間、追跡調査した。

 彼女たちを社会経済的な状態、ライフスタイル、健康指標の交絡など複数の変数を調整して分析する手法(Cox回帰分析)により評価したところ、中程度の身体機能(自転車漕ぎテスト)の女性の認知症の危険度(調整ハザード比)に比べ、高い身体機能を持っていた女性の危険度は0.12(95%の信頼区間、0.03-0.54)、低機能の女性では1.41(95%、0.72-2.79)と明らかに身体機能によって差があることがわかった。

 研究者は、高い身体機能を持つ女性は、中程度の女性より約5年、低機能の女性より約9.5年、認知症を発症する年齢が遅くなり、高い身体機能は88%もリスクを低減すると指摘する。また、この間、被験者のうちの23%が平均80歳で認知症と診断されたが、身体能力の高い女性が認知症発症リスクが低いのか、身体能力を強化することで発症リスクが低くなるのか、つまり運動によって認知症の予防ができるのかは明確にわからない。

パーキンソン病の進行を遅らせるか

 メイヨークリニックから出された論文(※5)は、有酸素運動とパーキンソン病に関する複数の研究を比較したシステマティック・レビューだ。

 こうした研究では、個々人の長期的な追跡がしにくく、その間に運動以外の多種多様な要素が絡み合い、パーキンソン病の緩慢な進行を評価するバイオマーカーがまだないことも影響し、ランダム化比較対照試験(randomized control trial、RCT)が難しいことが指摘されている。ただ、適度な運動がアテローム性動脈硬化症を減らして脳血管疾患のリスクも低める可能性は確かめられているため、研究者は動物実験や対象が若い世代の認知を含む有酸素運動とパーキンソン病、認知に関する論文を検索したという。

 マウスやラットでの動物実験では回し車での運動が焦点となっていたが、運動と認知機能の向上、より大きな脳用量と大脳皮質とに有意な正の関係があることがわかった。これは人間のエアロビクスのような運動に結びつけられ、単に走るだけではなく、心拍数を増加させ、発汗し、適度に疲労するという多種多様な有酸素運動でも効果があることを示唆する。

 パーキンソン病の進行を遅らせる治療法はないとされているが、継続的で徐々に段階的に運動量を増やすようなエクササイズにはその可能性がありそうだ。パーキンソン病と運動機能のドーパミン報酬系には強い関係があり、研究者は患者が運動を突然中断したり、ある種の治療薬の使用に注意が必要というが、運動には脳神経疾患のリスクを下げる以外にも多くの利点がある。

 このシステマティック・レビューでは運動とパーキンソン病の進行の関係を分析しているが、有酸素運動と認知症予防についてはまだはっきりとした研究は出ていない。ただ、有酸素運動によって血液によって酸素が脳へ運ばれ、脳内の血液が豊富になるなどすることで何らかの影響を及ぼすのではないかと考えられている。

 いずれにせよ、様々な病気を予防するため、若いうちから運動する習慣をつけておくことが大事だ。強い負荷をかけずに40〜60%の感覚で身体を動かし、呼吸しながら1回20〜60分程度の疲れが長く残らないような運動がいいとされる。事前に柔軟体操などをし、無理なく計画的に続けよう。

 ただ、肥満の人、高血圧や高脂血症、糖尿病の人は運動メニューを作る際に注意が必要なこともある。これらの疾患にかかっている人は、激しい運動を急に始めず、医師や専門家、文献などを参考にして準備をしてから楽しく運動をするのがいいだろう。

※1:Charles H. Hillman, et al., "Be smart, exercise your heart: exercise effects on brain and cognition." nature review neuroscinece, Vol.9, 58-65, 2008

※2:Kirk I. Erickson, et al., "Exercise training increases size of hippocampus and improves memory." PNAS, doi.org/10.1073/pnas.1015950108, 2011

※3:Nicole L. Spartano, et al., "Midlife exercise blood pressure, heart rate, and fitness relate to brain volume 2 decades later." Neurology, Vol.86(14), 2016

※4:Helena Horder, et al., "Midlife cardiovascular fitness and dementia A 44-year longitudinal population study in women." Neurology, doi.org/10.1212/WNL.0000000000005290, 2018

※5:J. Eric Ahlskog, "Aerobic Exercise: Evidence for a Direct Brain Effect to Slow Parkinson Disease Progression." MAYO CLINIC PROCEEDINGS, Vol.93, Issue3, 360-372, 2018

※2018/03/17:20:53:「このシステマティック・レビューでは運動とパーキンソン病の進行の関係を分析しているが、有酸素運動と認知症予防についてはまだはっきりとした研究は出ていない。ただ、有酸素運動によって血液によって酸素が脳へ運ばれ、脳内の血液が豊富になるなどすることで何らかの影響を及ぼすのではないかと考えられている。」のパラグラフを追加した。

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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