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福島第一原発の現在〜どうする「トリチウム」汚染水

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
廃炉作業中の福島第一原発と汚染水を貯蔵したタンク群:写真:代表撮影(北村行孝)

 東日本大震災から7年経つ。地震によって未曾有の事故を起こした福島第一原発は、廃炉へ向けて新たなフェーズに入ったと伝えられている。そのフェーズとは何か。何が問題で今後どうなるか、汚染水対策を中心に現地取材とともに考える。

低灌木が生えつつある帰還困難区域

 筆者は2014年5月、福島第一原発と福島第二原発を取材した。当時、まだ常磐線は広野駅(いわき駅より5つ目)までしか復旧しておらず、原発事故対策の前線拠点は広野駅の北、約3キロメートルにあるJヴィレッジ。取材陣は広野駅に集合してからJヴィレッジで事前説明を受け、ホールボディカウンターで体内線量を計ってから福島第一原発へ向かった。

 それから約4年後の2018年2月6日、筆者は日本科学技術ジャーナリスト会議の福島第一原発の見学会に参加し、その間の事故対策の進展ぶりを比較することができた。常磐線は富岡駅(広野駅より3つ目)まで運転再開され、富岡駅に集合後、一行は用意されたバスで直接、福島第一原発へ向かう。今回は立ち寄らなかったが、富岡駅近くにある旧エネルギー館で見学者などの対応をしているようだ。

 富岡駅から福島第一原発まで、依然として帰還困難区域に指定され、国道6号線から福島第一原発区域内に見学者などのほか、一般車は立ち入ることができない。バスからは国道沿いの家屋や商店しか見ることができなかったが、その様子は4年前と変わらず、荒れ果てていた。また、田畑にヤナギなどの低灌木が生えてしまっているのは、4年前には見られなかった光景だ。

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JAふたば大熊の集配センター。4年前にも見た車がまだあった。低灌木が生え始めている。写真:撮影筆者

 福島第一原発区域内へ入ってから、見学者や取材陣は代表者以外の写真や動画の撮影を禁じられる。ここからは、東京電力のメディア担当者が撮影代表者につきっきりで撮影禁止対象などを指示していた。

大きく改善された作業環境

 4年前は免震重要棟で取材前のレクチャーを受けたが、構内の山側に本館として新事務所と作業員のための1000人規模の大型休憩所ができ、そこでのレクチャー後にバスで各原子炉周辺へ移動することになる。事故直後から対策本部が置かれていた免震重要棟は緊急時の対策本部となり、本部機能は本館新事務所に移されている。

 また、構内の放射線量が低減してきたことで、敷地内の95%のエリアでほとんど平服での作業が可能となっている。筆者も4年前は下着以外の衣服を防護服に着替え、防塵メガネとマスクに身を固めるという姿で取材したが、今回は線量計を胸ポケットに入れるためのベストとヘルメット、マスクのみでよくなっていた。

 ピーク時は約7000人の作業員が働いていた福島第一原発の現場だが、今は約5000人になり、平服や簡易マスクでの作業が可能となるなど労働環境は格段に改善されているようだ。新事務所に併設されている大型休憩所には、大熊町にある給食センターで調理された食事が運ばれ、温め直した料理を提供する食堂もある。筆者らもここで昼食(380円均一)を食べた。

 作業員の規制放射線曝露量は、1年で50ミリシーベルト以下、5年で100ミリシーベルト以下となっている。また、1/4の作業員が5年以上、福島第一原発で働いているというが、まだ線量の高いところも多く累積線量は無視できない。規制値を上回らないように配置など換えながら作業に当たってもらっているようだ。

目処がつきつつある汚染水対策

 原発事故の対応対策では、まず原子炉を止め、次に冷却し続け、放射線を閉じ込めることが重要となる。福島第一原発には1〜6号機まであるが、事故当時4〜6号機は検査のために停止中だった。稼働中だった1〜3号機は地震と津波により緊急停止したが、電源喪失のために冷やし続けることができず、燃料棒が溶けて水素爆発を起こすなどし、原子炉内から溶け落ちて下部でデブリと呼ばれるかたまりになっていると考えられている。

 ようするに、依然として強い放射線を出し続ける物体が破壊された複数の原子炉の下にあるわけで、原子炉やデブリを冷やし続けるための冷却水とは別に、雨水や地下水など周辺環境から敷地内へ流れ込んだ大量の自然水が放射能によって汚染されている状態にある。この高濃度汚染水の対策は、まず廃炉作業よりも前になされなければならない。汚染水が環境中へ放出されれば作業どころではないからだ。

 福島第一原発の作業では、まず高濃度汚染水対策をどうするかを考えてきた。そのため、原子炉の周囲地下に凍土遮水壁と呼ばれる一種の壁を、1〜4号機までの周辺にめぐらせ、土を凍らせて水の侵入を防ごうとする。2014年夏頃から税金約320億円を使って凍土遮水壁を作り始めたが、当初はなかなか土が凍らず、無駄な技術だったのではないかと批判もされた。

 凍土遮水壁には、261キロワットの冷却用電源30台を使っている。1ワットも電気を生み出していない発電所なのに、電気を使い続けなければ破綻してしまうという皮肉な状況なのは、福島第二原発をはじめ全国の停止中の原発に共通だ。このシステムでようやく土が凍って壁ができ始めたのが2016年末。今では、凍土遮水壁が地下水の浸入をほぼ防ぐことができているようだ。

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凍土遮水壁を凍らせる装置。地上部分の機器に霜が付着していた。写真:代表撮影(北村行孝)

 また、雨水の浸透を防ぐために敷地内の表面をモルタルでおおい、建物や貯水タンクなどに降った雨水を地表に染みこませないための雨樋などをめぐらせている。こうして当初、敷地内へ1日400トンの地下水が敷地内へ流れ込んでいたが、現在では1日に約80トンにまで減らすことができたという。

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手前の土塁のように敷地内ではほとんどの地表をモルタルなどでおおい、雨水が地下に浸透することを防いでいる。背景、左が2号機、右の円筒形ドームが3号機。写真:代表撮影(北村行孝)

 高濃度汚染水の発生量を減らすことができたが、そのままでは危険なため、セシウムを吸着する装置や放射線核種を除去するフィルター設備(ALPSなど)を使ってトリチウム以外の62核種を除いた汚染水にし、タンクへ貯蔵している。2018年1月25日現在、ストロンチウム処理済み(β線、数十万ベクレル/1リットル)の汚染水が約18万4867立方メートル、トリチウム以外を除去した汚染水(β線、数十ベクレル/1リットル)が約85万1196平方メートル、溜まっているようだ。

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1日500トンの処理能力のある新たに作られた高性能の多核種除去設備。ほかにこれまで使われてきた多核種除去設備(ALPS)が2機ある。写真:代表撮影(北村行孝)

 トリチウムなどが含まれた汚染水を貯蔵したタンクは、現在約830基になっているが今後も増え続ける。流入地下水の量を1/5に抑えたとはいえ、敷地内のタンク増設には物理的な限界があり、トリチウム以外の核種が取り除かれている汚染水をどうするかが問題だ。これは4年前から同じ状況で何も変わっていない。福島第一原発では日々、汚染水を汲み上げて処理し、貯め続けている。

増え続けるトリチウム汚染水をどうするか

 東電は、汚染水対策が軌道に乗ってきたことで廃炉作業は新たなフェーズに入ったというが、果たしてそうだろうか。トリチウムについては安全という人もいれば、環境濃縮などでは今後、無視できないとする研究者もいる。

 事故前の福島第一原発を含め、世界中の原発は低濃度トリチウムを含んだ排水を環境中へ放出してきた。ロンドン条約による国際的な基準値は6万ベクレル/1リットル以下で、現在もサブドレインなどから1500ベクレル/1リットル未満の福島第一原発由来のトリチウム汚染水が海(港湾)へ放出されている。

 だが、トリチウムから出るベータ線の生物学的な効果は、セシウム137のガンマ線より2〜6倍高い、とする研究(※1)もある。過去に核実験などで環境中へ放出されたトリチウムの量は無視できないほど多い。その後、世界中の原発や原発事故由来のトリチウムが出ることにより、環境中の生体濃縮などを監視し続ける必要があると指摘する研究者もいる(※2)。トリチウムをめぐる論議は、これまでもなされてきた低線量被曝への評価をどうするか、という問題だ。

 我々はリスクとベネフィットの兼ね合いをつけながら生きている。トリチウムは自然界に存在する核種だが、人為的に増やされたトリチウム、しかも原発事故由来のトリチウムなどまっぴらごめんだという感情もあるだろう。

 ひょっとすると許容できるくらい危険なものではないかもしれないトリチウムを含んだ汚染水をどうするか。原発事故処理と廃炉作業はこの問題を避けては通れない。

 ひとたび事故を起こせば、その悪影響ははかりしれないほどのコストとなる原発。原発由来の電力は、けっして低コストではないことを嫌と言うほど思い知った国の国民が、廃炉への道筋を示す汚染水問題にいったいどんな判断選択をするのかが問われている。

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福島第一原発の敷地面積は約350万平方メートルあるが、新事務所の周辺から汚染水を貯めるためのタンクが林立するようになる。4年前と違うのはタンクの形状だ。以前はボルト締めの分割タイプだったが、表面がつるっとしている溶接タイプのタンクに切り替えてきたという。写真:代表撮影(北村行孝)

※1:M I. Balonov et al., "Tritium Radiobiological Effects in Mammals: Review of Experiments of the Last Decade in Russia." Health Physics, Vol65(6), 713-726, 1993

※2:Frederique Eyrolle-Boyer, et al., "Apparent enrichment of organically bound tritium in rivers explained by the heritage of our past." Journal of Environmental Radioactivity, Vol.136, 162-168, 2014

※2018/03/09:0:54:最後のパラグラフを追加した。

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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