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都内で全席禁煙「焼鳥店」経営者の想いとは

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
写真:撮影筆者

 最近、ネットで話題になっているのが「全面禁煙」を掲げる都内の焼鳥チェーン店だ。経営者はマッチョなガタイの関西人。脱サラして焼鳥店を始めたが、禁煙にこだわるのはスポーツマンだからだけではない。

飲食検索サイトによる禁煙店の割合

 安くて美味い店は多いが、全面禁煙の店、特にアルコールを提供し、アルコールの売上げに期待する店で禁煙店に出くわすことはあまりない。焼鳥といえばビールなどのアルコールもよく合う。お酒を飲むとタバコを吸いたくなる喫煙者もいるだろう。

 受動喫煙防止条例のある神奈川県が筆者の地元だが、完全禁煙にしている焼鳥店は数えるほどだ。100平米という規制もなんのその、堂々とタバコを吸う客が横行し、条例破りが常態化しているのが神奈川県の実態でもある。

 一時期、東京都は小池百合子都知事が受動喫煙防止条例を策定しようとしていたが、国の動向をうかがって様子見の状態だ。都内のアルコールを出す小規模飲食店で、全席禁煙の割合はかなり低いだろう。

 ところで、ネット上には多種多様な飲食系の検索サイトがある。筆者はその中の1つから「土曜日の夜」「2名」「アルコールあり」で検索してみた。

 まず、禁煙喫煙の指定なしで「全国」、そして国民生活基礎調査、2016年の都道府県別喫煙率(熊本県を除く)から上位(喫煙率が高い)3道県、下位(喫煙率が低い)3府県を調べた。その後、禁煙(分煙を含まず)で再検索し、指定なしを母数とした比率を出して比較した。

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飲食検索サイトによる「禁煙(分煙含まず)で検索」/「検索条件に禁煙喫煙指定なし」の割合(%)。喫煙率上位の3道県より喫煙率下位の3府県のほうが禁煙店の比率が高いことがわかる。ちなみに東京都の場合、同じ検索条件では2%(2977/133412)しか禁煙店はなかった。グラフ:筆者作成

 ネットのざっくりとした検索なので一概にいえないが、全国平均の禁煙店の割合は12.63%だ。京都は国際的な観光地で飲食店が多く、また京都市として受動喫煙防止対策に積極的なこともあり5店に1店の割合で全面禁煙店がある。喫煙率の低い奈良県の禁煙店比率が高い一方、喫煙率の高い青森県などでの禁煙店の比率は低い。

子ども連れに優しい店

 喫煙という行動は周囲の環境なども大きく影響するが今後、禁煙店が増えていくことが予想される。喫煙者の多い地域の飲食店の動向がどうなるか興味深いが、意外だったのは東京の結果だ。同じ検索条件で2%(2977/133412)しか禁煙店はなかった。

 そんな東京で全席禁煙店の焼鳥チェーンがある。炭火焼きの焼鳥を1本80円均一で提供する「焼鳥どん」だ。板橋・荻窪・駒込のチェーン3店舗のうち荻窪と駒込2店舗が全席禁煙で、板橋店舗のみ喫煙可にしているという。

 経営者の日垣宏章(37)さんは大阪の出身だ。関西学院大学時代はパワーリフティングをやっていたといい、肩の辺りや二の腕の筋肉が厚く盛り上がる。大学卒業後は飲食とはまったく関係ない損害保険会社に就職した日垣さん。5年間のサラリーマン生活後に脱サラして起業したという。

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焼鳥チェーン「焼鳥どん」経営者の日垣宏章さん。マッチョな容貌だが焼鳥を繊細に扱う。写真:撮影筆者

日垣「もともと母親の影響で、外食という特別な食事に強い関心があったんです。小中学生時代はテレビの『料理の鉄人』を欠かさず見ていました。両親や親戚に飲食関係もいませんし、サラリーマン時代も飲食とはまったく無関係の仕事をしていたんですが、どうしても飲食の仕事をしたくなって会社を辞め、2009年12月に板橋に最初の『焼鳥どん』を出しました」

 串刺しの焼鳥だからパワーリフティングのバーバルと関係が? と聴くと笑いながら「なんとなく焼鳥にしただけ」と否定された。1店舗目の板橋店はさすがに勇気がなく、禁煙にできなかったという日垣さん。2014年3月に開店した2店舗目の荻窪店で初めて全席禁煙にした。

日垣「自分も亡くなった父親に連れられ、おしゃれして出かけた神戸のレストランでオムライスを緊張しながら食べた記憶があります。アルコールを飲むサラリーマンなどのお客さまだけでなく、家族連れ子ども連れで外食していただき、タバコの煙にさらされずに美味しい焼鳥を食べてもらいたいんですが、起業4年目にようやく念願の禁煙店を出すことができました。その後、3店舗目の駒込店も全席禁煙にし、今後は板橋店も禁煙にする予定です」

喫煙店を嫌悪する禁煙成功者

 禁煙にこだわった理由は、家族連れ子ども連れも入りやすい店にしたかったこと、外食という非日常の食事で美味しく料理を味わって欲しかったこと、またパワーリフティングをやってきたため、タバコの害について知識があったためという。確かに、筋肉を効率よく作るためには高タンパク低脂肪の鶏肉が合っている。

 焼鳥屋はアルコールの売上げも無視できないが、家族連れだとそれが期待できないのではと聞くと日垣さんは穏やかに首を振った。

日垣「確かに同じお客さまの4人グループでも、サラリーマンの方々4人のほうがお子さま2人とご両親という家族連れよりもアルコールの売上げが多いです。しかし、うちの場合は必ずしも利益最優先でやっていませんし、焼鳥を美味しく召し上がっていただきたいという気持ちのほうが強いんですね。逆に禁煙で入りやすい、安心感がある、とおっしゃってくださるお客さまも多いんです。特に女性のお客さまや初めて来店されるお客さまからそういった感想をよくいただきます」

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「焼鳥どん」駒込店の店内カウンター。灰皿がなくすっきりしている。写真:撮影筆者

 中高年の男性でも禁煙した元喫煙者が、タバコ可の店を敬遠することもあるという。タバコの煙で再喫煙する危険を避けることもあるが、禁煙してみて改めてタバコ煙の臭さを実感し、嫌悪感さえ抱くようになるらしい。サラリーマンのグループでもすでに上司が禁煙し、部下にも禁煙を勧める場合が少なくなく、そうした客もよく来店するようだ。

日垣「板橋店はまだ喫煙可なんですが、換気扇やエアコンの汚れがひどいんです。自分は主に駒込店にいるんですが、たまに板橋店に行くとあまりの臭さに辟易することもあります」

 禁煙の焼鳥屋という理由で選ばれることも多く、現状は他店との差別化ができ、経営的にも順調だという。なるべく早く全店全面禁煙にしたいという日垣さんだが、喫煙への寛容さは地域性もあるようで少しずつ様子をうかがいながらということになりそうだ。

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「焼鳥どん」駒込店の店頭には「全席禁煙、お子様歓迎」の文字が。もちろん加熱式タバコもNG。最近ではJT(日本たばこ産業)の担当者がプルームテックのポップ(禁煙店だが加熱式タバコはOKという内容)を置かせて欲しいとよく来るようになったというが断っているそうだ。写真:撮影筆者

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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