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飲食店は「全面禁煙」にすべき5つの理由

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
写真:筆者撮影

 筆者の地元は横浜だ。神奈川県の受動喫煙防止条例のエリア内で、都道府県で受動喫煙防止条例を制定しているのはまだ神奈川県と兵庫県のみとなる。神奈川県の条例では、飲食店は禁煙か分煙を選ぶことができ、100平方メートル以下の店舗の禁煙は努力義務だ。

神奈川県の受動喫煙環境の今

 そんな横浜の飲食店の喫煙事情を紹介すれば、哀しいことにほとんど条例は守られていない。なにしろ喫煙可の寿司店もたくさんあり、明らかに100平方メートル以上あるのにも関わらず、堂々と灰皿が置かれている飲食店も少なくないからだ。

 条例では施設管理者5万円以下、個人2万円以下という罰則規定もあるが、これまでのところ適用された事例はない。県では各地域の保健所から担当者が出向き、調査や指導をしたりすることはあるが、罰則にまで踏み込んだことはないのだ。

 神奈川県の受動喫煙防止条例は前県知事の松沢成文・現参議院議員が制定したものだが、神奈川県民の肌感覚として現在の黒岩祐治知事は未病対策には熱心でも、受動喫煙防止条例の適用に対しては消極的なのではないかと思う。もちろん病気を予防することは重要だが、せっかく全国に先がけて制定した受動喫煙防止条例が骨抜き状態になっているのはもったいない。

 通常国会が始まったが、新年度予算案のほか、今国会では健康増進法の改正案が審議される。安倍晋三総理が施政方針演説で述べたように、健康増進法改正案の眼目は2020年の東京オリパラを前にした受動喫煙防止強化策をどう盛り込むかだろう。

 厚生労働省(以下、厚労省)は2017年3月に「受動喫煙防止対策の強化について(基本的な考え方の案)」を出した。その中に「喫煙禁止場所の範囲」として「集会場、飲食店、事務所、鉄道等は屋内・車内禁煙としつつ喫煙専用室(省令で定める技術的基準に適合したもの)を設置可 ※ ただし、飲食店のうち、小規模(●m2以下)のバー、スナック等 (主に酒類を提供するものに限る)は、喫煙禁止場所としない(管理権原者が喫煙を認める場合には、受動喫煙が生じうる旨の掲示と換気等の措置を義務付け)。」という文言がある。

 ご覧の通り、面積については「●」と未定となっており、厚労省は今でもこの見解から一歩1ミリも動いていない。面積規制は未定なのだ。これは厚労省の健康局健康課の公式見解である。

怪しげな記事が跋扈する受動喫煙界隈

 ところがこれまで面積について、塩崎恭久前厚労相が「30平方メートル以下の飲食店は努力義務」などとコメントしたり、各報道が店舗面積150平方メートル以下などと報じたり、厚労省の公式見解とは別の数値が一人歩きしている。先日も朝日新聞が「東京都も面積規制の緩和を検討」などという、どこからの情報か不明な怪しげな記事を書いていた。

 今国会で審議予定の受動喫煙防止対策強化については、この面積規制の数値が焦点になるはずだ。数値をめぐっては、与党自民党のいわゆる「タバコ族議員」らが暗躍し、マスメディアも彼らに荷担するかの如き真偽不明の情報を流している。

 そんな中、ファミリーレストランチェーンやファストフードチェーンが、続々と店内での原則禁煙へシフトしつつある。また、いくつかの世論調査では、1/2以上が飲食店の全面禁煙化を容認するという結果も出た。実世界のほうでは、とっくに受動喫煙はおろかタバコについての態度が明確になっているというわけだ。

 筆者は、最近になって禁煙にした飲食店の数人の店主から話を聞いた。なぜ禁煙にしたかという理由は「時代の趨勢」という答えが多く、タバコを吸わない客が増えてきている事情が垣間見える。また、接待などで使う店の場合、接待先に一人でも喫煙者がいると禁煙の店が敬遠されるという悩みを訴える店主もいた。

 喫煙者の友人に聴くと、飲食店ではタバコを我慢する、という人が圧倒的に多い。吸いたくなれば店外へ出て吸う、というわけだ。接待などで一人だけ喫煙者がいる場合、その人はおそらく我慢できるだろうが、取引先がおもんぱかって喫煙可の店を探してくるのだろう。

 面積規制は数値のせめぎ合いだ。だが、例外をもうければ必ず違反者が出てくる。神奈川県のように、罰則規定があっても実態として取り締まりがなければ執行機能がないことになる。

全面禁煙すべき5つの理由

 筆者の知り合いの飲食店主は、繁華街に店があるため客に喫煙者が多く、やむを得ず喫煙を許している。だが、タバコを吸わない多くの客が、次第に来なくなったと言っていた。

 店主一人の個人営業の小さな飲食店で店主がタバコを吸わない場合、密室状態でタバコの煙に長時間さらされ続ける。スナックのママさんは65歳で体調を崩す傾向にあるなどと言われるが、客の喫煙による受動喫煙の影響は無視できない。従業員を雇う場合も人手不足の昨今、喫煙可の店ではタバコを吸わない応募者から敬遠されるだろう。

 地域の飲食店組合などが受動喫煙防止対策強化に反対しているようだが、本音はどうなのだろうか。これは筆者の個人的な感想に過ぎないが、横並びで屋内全面禁煙にしてもらったほうが、実は助かる店主・経営者が多いはずだ。

 筆者も同じで、屋内全面禁煙するのが最もシンプルで効果的だし、喫煙者を含めたみんながハッピーになると考える。その理由は主に以下の5つだ。

・店主や従業員、客を受動喫煙から守ることができ、タバコを吸わない客が増える。

・店主に他店との違いを気にしたり、分煙にしようかどうかという迷いが生じない。

・政府は受動喫煙防止に対する東京オリパラ要請や国際条約を守ることができる。

・接待などで取引先に喫煙者がいても、全面禁煙だからと幹事も肩の荷が下りる。

・分煙改装にかかる費用や公的な補助など店や行政のコストを減らすことができる。

 ポイ捨てなど美観や環境重視、歩きタバコによる火傷防止などのため、路上喫煙を禁止している自治体も少なくない。国が喫煙自体を認め、財務大臣が日本たばこ産業(以下、JT)の株の1/3以上をもっている日本では、屋内を全面禁煙するバーターとして屋外喫煙所の整備も必要だろう。もちろん設置費用は、JTからの株の配当、財政投融資から出してもらえばいい。

 数値で区分けしたり、許可制にしたり、分煙設備をつけたりすると、必ず抜け穴ができたり、守らない店が出てくる。150平方メートルという面積規制など噴飯もので、大穴の開いたザルそのものだ。良識ある国会の議論では、ここはすっきりと屋内全面禁煙という考え方に踏み出してはどうだろうか。

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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