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アイコスで輸入額が4年で「16倍」以上に

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
写真:筆者撮影

 下のグラフは、日本がマレーシアから輸入した電気機器「その他の機器」を財務省の貿易統計のホームページからデータを得て作成したものだ。電気機器「その他の機器」は、音響機器や測定機器の付属品、部品などを指すが、加熱式たばこ(加熱式電子たばこ、以下、加熱式タバコ)を含む電子タバコのデバイスも入る。

アイコスに喰われる紙巻きタバコ

 マレーシアからの同品目の輸入額の伸びが2014年から急激に上がっていることがわかるが、マレーシア貿易開発公社の東京ブランチに確認すると担当者は、公式なコメントではないが「貿易額を押し上げている理由は、おそらくアイコス(IQOS)のマレーシアからの輸出ではないか」と回答した。マレーシアにはフィリップ・モリス・インターナショナル(以下、PMI)の工場があり、そこでアイコスの世界向けデバイスのほとんどが作られている。

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財務省貿易統計より、電気機器のその他の機器(HSコード8543の70000)、年間のマレーシアからの輸入額。2017年は11月まで。単位は億円。2014年(49億3092万3000円)からの4年(2017年は791億0043万9000円)で16倍以上の取引額になっている。表作成:筆者

 日本たばこ協会が発表した2017年11月までの紙巻きタバコ月次販売実績によると、5月から11月までの販売数量・販売代金ともに過去3年の同じ月よりかなり低くなっている。これは、アイコスなどの加熱式タバコに紙巻きタバコが喰われているせいだ。

 この趨勢が続けば、紙巻きタバコの販売はどんどん厳しくなっていくだろう。ある調査によれば、加熱式タバコは5年で紙巻きタバコの売上げを約8500億円も減らす可能性があるらしい。

 ただ、加熱式タバコといっても、その85%以上はPMIのアイコスだ。同社によれば、2017年の第3四半期の日本におけるタバコ全体のシェアは前年同期より3.5%上がり11.9%になっている。ブリティッシュ・アメリカン・タバコ(以下、BAT)の「グロー(glo)」や日本たばこ産業(以下、JT、インターナショナルはJTI)の「プルーム・テック」は、アイコスにかなり水をあけられている状況だ。

 PMIのアイコスは、2014年11月にイタリアと日本で先行発売されたが、このパイロット版デバイスはイタリアのボローニャ工場で作られていた。同社はアイコスの開発費に約2200億円かけたと発表しているが、世界の先進諸国で健康志向が高まり、喫煙率の減少に歯止めがかけられない現状を打開するキラーコンテンツとしてアイコスを位置づけている。

巨額の設備投資を世界中で

 そのため同社は、世界中の工場群をアイコスとアイコス用ヒートスティックの製造に振り分けようとしている最中だ。

 2016年には2年前に操業を停止していたオランダの工場を約80億円かけて再稼働させ、ヒートスティックの材料の生産を始めた。また2017年3月には、スイス、イタリアに次ぐヒートスティックの製造に特化した3番目の生産拠点として、ギリシャの現地製造企業に約360億円の投資をすると発表する。ギリシャでの生産が軌道に乗れば、年間200億本のヒートスティックを供給できるはずだ。

 PMIは、さらにドイツのドレスデンにも2019年までにヒートスティックの製造を行う工場を建てる予定だ。ここには約390億円を投資し、4番目の生産拠点にするという。

 一方、PMIがアイコスのデバイスを作っているマレーシアは、たばこ規制枠組条約(WHO FCTC)の締約国(日本も)だ。同国政府は、2010年にタバコ価格の下限を決める法律を制定(the 2011 Malaysian minimum price law、以下、MPL、実施は2011年から)した。この法律は約1年ごとに下限価格が上がっていくというマレーシア独特の法制度で、2015年11月にはタバコ税を40%へ引き上げるなどして相乗効果を狙う。

 タバコの増税は価格を引き上げ、その結果として喫煙率を下げる効果があることが知られているが、価格が上がっても安いタバコがあれば、喫煙者はそちらへシフトし、なかなか喫煙率が下がらないという指摘もある。また、闇タバコや密輸タバコが横行し、既存の正規タバコを圧迫する弊害も出るようだ(※1)。

 マレーシアのMPLはそれほど効果を発揮しなかったようだが、思わぬ影響を与えることになる。それはタバコ会社がマレーシアから撤退する、という事態だ。

 マレーシアの喫煙率は約23%で、マーケットシェアはBAT、JTI、PMIの順に大きかった。だが、MPLと安価な闇タバコ、マレーシア政府のタバコ規制などに悲鳴を上げ、BATが2016年3月に製造を中止して撤退し、JTIも2017年末までにセランゴール州の工場を閉じると発表した。また、2009年の初めに起きた洪水で、マレーシアのタバコ農家が打撃を受けたことも大きかったらしい。

 残ったのがPMIだが、同社は1995年にアジアで初めてマレーシアにタバコ葉の加工工場を建てた新参者だ。だが、競合他社が退いた後、PMIはマレーシアでのシェアと業績を伸ばし続け、さらにアイコスの生産でうれしい悲鳴を上げているだろう。

 もちろん、タバコ会社はグローバル産業だ。軸足を組み換える国際戦略の変更などはよく行う。

 実際、JTIはフィリピン第2のタバコ会社(Mighty)を約1000億円で、またインドネシアのタバコ会社(KDM)を約750億円で買収し、マレーシアからの撤退分を補おうとしているのだ。

日本人には泣きっ面に蜂

 ただ、2016年末までにPMIは、日本でアイコスを300万台以上売り上げている。1台5000円としても約150億円となる。この金額はデバイスだけだが、ヒートスティックの売上げのほうがずっと大きいだろう。タバコは日々、習慣的に消費するロイヤリティが高い嗜好品なので、ユーザーを取り込んだブランドが強い。

 現状、アイコスの割合は、PMI全体の生産規模からみると1%にも満たない。だが、2025〜2030年までに加熱式タバコのシェアを50%まで伸ばすつもりだという。

 アイコスなど加熱式タバコについては、健康への害が明確ではないままユーザーが増えている。百歩譲って害がないと考えれば、日本の国民が株式の1/3以上を持っているJTのふがいなさにより、PMIという外資においしいところを持っていかれている状況だ。これで健康に害があるなら、日本人にとってはまさに泣きっ面に蜂だろう。

※1:Alex C Liber, et al., "The impact of the Malaysian minimum cigarette price law: findings from the ITC Malaysia Survey." BMJ, Tobacco Control, Vol.24, Issue3, 2015

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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