Yahoo!ニュース

ソニーaiboは「不気味の谷」を飛び越えられるか

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
ソニーの新型aibo(写真:つのだよしお/アフロ)

 ソニーが、かつて販売していたペット型ロボット「AIBO」後継機「aibo」を出した。筆者はAIBOが販売されていた当時、ソニーの開発担当者に何度か取材したが、彼らは頑なにAIBOを「イヌ」型ロボットとはいわなかった。だが、今回新たに販売を始める新型aiboについて、ソニーは明確にペットのイヌを意識している。

不気味の谷

 実際、製品カテゴリーは「イヌ型ペットロボット(旧型はペット型ロボット)」とし、丸みを帯びたデザインや動きなど、イヌを人工的に模倣しようという確かな開発意図がうかがえる。だが、実際のイヌに似せようとすればするほど、いわゆる「不気味の谷」に落ちてしまうのだ。aiboはこの谷を越えることができるのだろうか。

 不気味の谷(uncanny valley)は、ロボット研究者の森政弘が東京工業大学工学部制御工学科教授だったときにヒューマノイド(ロボット)に対して提唱した概念だ(※1)。

 そもそも我々人類の多くは、有史以前の古代から自然や超自然的なものに対し、畏怖や畏敬の念を抱いてきた。それらは太古の昔はアニミズムや神々、霊魂や幽霊、デジャヴ、ドッペルゲンガーなどの形で、さらに現代においては戦争や暴力、社会的な疎外、屈服などの形になって存在し続けている。

 心理学的に不気味の谷は、これらの感情とつながりがあるとされている。森は、人間に似ていない工業用ロボットに対して我々は慣れ親しんでいないが、顔や腕などを持たせて人間の姿形に似せていくと次第に親しみを感じ、さらにそれがよりリアルになると不気味さを感じる、と唱えた。

画像

東工大教授だった森政弘が唱えた不気味の谷の関数。動きのない動物のぬいぐるみ(Stuffed animal)が実線、動くロボットのヒューマノイドが破線。ヒューマノイドが人間に似ていくと親しみやすさが上がっていくが、70%を越えたあたりから急速にマイナスへ落ちていく。最低がゾンビだが、森は文楽の人形浄瑠璃の親しみやすさは生きている人間に近くなると唱えた。Via:※1:Masahiro Mori, "The Uncanny Valley." Energy, 1970

 工業的メカニズムのX軸Y軸の関数はあまり山から谷という線を描かないが、ロボットに対する感情は親しみから不気味へ落ちる。この落ち込みを森は不気味の谷と呼んだ。

 だが、文楽の人形浄瑠璃で使われる人形は、舞台の上で客席と離れていて大きさも小さいため、動き自体のリアルさを不気味に感じない。文楽人形は一見して人間にそれほど似ていないが、動きは人間により近いと森はいう。

 この動きについて、不気味の谷はマネキンが急に動き出したときの恐怖心に似ているようだ。ロボットのヒューマノイドの動きをいかに人間に近づけても、どこかに違和感を覚え、それが不気味の谷につながる。

パーキンソン病と関係が

 我々人類の観察眼は鋭く、容易に違いを見抜くのだ。そしてロボット・テクノロジーの目的の一つは、不気味の谷の問題をいかに解決するかというところにもある。

 なぜ不気味の谷を感じるのだろう。

 最新の研究によれば、我々の大脳皮質と視床、脳幹を結びつけている大脳基底核の視床下核(subthalamic nucleus、STN、ルイ体)が、人間を見たときに比べてアンドロイドを見たときに大きく活性化することがわかっている(※2)。人間そっくりのアンドロイドといえば、大阪大学の石黒浩教授の研究が有名だが、英国の科学雑誌『nature』系『Scientific Reports』オンライン版で発表されたこの論文も石黒教授らによるものだ。

 石黒教授らの研究では、女性型の遠隔操作型アンドロイド「ジェミノイドF」と実際の人間を比較した。実験の参加者は21〜26歳の男女14人(女性3人、男性11人)で、これまでロボットのヒューマノイドの実験経験がない人たちを選んでいる。

 事前にジェミノイドFと人間の同じ表情の動画を撮影しておき、参加者にそれらを見せて脳の活動をfMRI(機能的磁気共鳴断層撮影装置)で調べた。動画の人間は、ジェミノイドFの表情を模倣するように工夫した。

 それぞれの表情は36パターンあり、ネガティブな表情12パターン、ニュートラルな表情10パターン、ポジティブな表情14パターンからなる。ジェミノイドFと人間で合計72パターンの動画を撮影した。72動画を見ている間の参加者の脳の活動をfMRIで調べたところ、どの表情に対する反応も視床下核の活動がジェミノイドFが人間より3倍以上、大きかったという。また、脳の後頭葉にあり視覚刺激の処理を行っている一次視覚野(V1)の反応もジェミノイドFのほうが大きく、特にネガティブな表情に対しては人間の約2倍の大きかった。

 この視床下核は、最近になってパーキンソン病の電気刺激による治療(脳深部刺激療法、Deep Brain Stimulation、DBS)の対象部位になりつつある。研究者は、アンドロイドの不自然な動きの検出とパーキンソン病との間に、何らかの関係があるのではないかと考えている。

画像

アンドロイド(ジェミノイドF)と人間の表情動画(3パターン)に対する参加者(n=14)の脳の活動(一次視覚野と視床下核)の違い(パラメータ推定)。Via:Takashi Ikeda, et al., "Subthalamic nucleus detects unnatural android movement." Scientific Reports, 2017

 一方、不気味の谷が「未知への不安」からくる感情ではないか、という研究もある。九州大学基幹教育院などの研究者がインターネット上で722人の男女(平均年齢39.65±9.61歳、女性288人、男性434人)を対象に参加者それぞれの性格を調べ、その後、イラストの顔から実際の人間の顔への変化させたモーフィング画像を見てもらった。その結果、未知への不安を抱きやすい参加者のほうが、より不気味の谷を感じやすい傾向があることがわかった(※3)。

 どんな状況や対象でも、はっきりと分けることができない場合、我々は不安を抱く傾向がある。この研究では、どんな人が不気味の谷を感じやすいのかを調べているが、見慣れない対象、新規なものに対する回避心理が影響しているのかもしれない。

 ソニーの新型aiboに不気味の谷を感じる人は、視床下核が強く反応し、aiboを実際のイヌというよりも見慣れない何かと感じている可能性がある。不気味の谷を知りつつ開発されていた旧型AIBOより、新型aiboがどれだけ実際のイヌに近く進歩しているのか疑問だ。この谷をaiboが飛び越えるためには、現在の技術で実際のイヌに近づけていくアプローチでは難しいだろう。

※1:Masahiro Mori, "The Uncanny Valley." Energy, Vol.7(4), 33-35, 1970

※2:Takashi Ikeda, et al., "Subthalamic nucleus detects unnatural android movement." Scientific Reports, Vol.7: 17851, DOI:10.1038/s41598-017-17849-2, 2017

※3:Kyoshiro Sasaki, et al., "Avoidance of Novelty Contributes to the Uncanny Valley." frontiers in Psychology, doi.org/10.3389/fpsyg.2017.01792, 2017

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

石田雅彦の最近の記事