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男性のほうがインフルエンザにかかりやすいのは本当か

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:ロイター/アフロ)

 インフルエンザが本格的に猛威を振るい始めたようだ。新年早々から避けるべき状態だが、インフルエンザにかかると、高熱で寝込んでしまうことも多く、しばらくは養生しなければならなくなる。

病気のかかりやすさに性差がある

 昨今の情勢をみると性差について述べる際には注意が必要だが、あえて書けば女性より男性のほうがよりインフルエンザに注意すべき、というのには理由がある。

 感染症を含む病気へのかかりやすさ、薬物の代謝や耐性、副作用などに性差、つまり男女差があるのはよく知られている。例えば、骨粗鬆症やアルツハイマーが女性に多く、閉経前後で罹患率が変わる循環器系の病気なども女性に特有なものだ。

 一方、女性のほうが健康に気をかけ、通院したり入院の頻度も高く、死亡率は男性よりも低く、平均寿命も男性より長い。こうした性差に関する研究は多く(※1)、日本にも性差に関する学会があったりする。

 筆者のテーマであるタバコ問題にしても男女で喫煙率に大きな差があることから、喫煙関連疾患にも性差が現れているとしても不思議ではない。実際、14年間の米国国民健康調査「NHIS」(National Health Interview Survey)でみたところ、男性の死亡率に喫煙の悪影響が関係していることが示唆されている(※2)。

 また、薬の効きやすさなどでも性差があり、米国ではある睡眠薬の用量を女性に対して半分にするよう推奨したりしている。最近も男女の心筋梗塞患者にスタチン(血中コレステロール値を低下させる薬)を投与した場合に性差によって予後が変わるかどうかで議論が起きているが、副作用についても女性のほうが感受性が高い。心臓発作などで医療機関を受診しても女性患者に対して誤診が多く、自宅で再度、発作を起こしてしまうケースも多く報告されている。

 ただ、薬の効果に関しては臨床試験の方法などに問題があるのではという指摘もある。というのは、実験動物でよく使用されるマウスなどの齧歯類の場合、オスのほうがより使われやすい傾向があるからだ。メスは性成熟による性周期が起き、代謝やホルモン分泌などに影響が出る。個体によって周期が一致していないから、分析データをそろえにくい。

 一方、人間のほうも男性の研究者が接した齧歯類などの実験動物がストレスを感じ、正しく分析できなくなることもあるようだ(※3)。実験動物と男女研究者でいえば、逆にアカゲザルやチンパンジーのような霊長類の場合、女性研究者には反抗的になって扱いが難しくなることもある。

ホルモンが関係しているのか

 余談はさておき、男女で病気へのかかりやすさには、どうやらホルモンが関係しているらしい。前述したように閉経前後の女性がかかる病気に変化が起きるが、男性の性ホルモンであるテストステロンと免疫系になんらかの関係があることがわかってきた(※4)。

 脊椎動物の場合、性成熟したオスで感染症のリスクが高まり、寄生虫などにも寄生されやすくなる(※5)。これについては、有性生殖の性選択でオスはコストを払って優位性を誇示するが、そのコストによる負荷で感染症などに対する抵抗力が落ちるのではないかと考えられている(※6)。

 逆に、一般的にメスは感染症への抵抗性が高く、オスよりも免疫力が強いようだ(※7)。マウスを使った実験によれば、女性ホルモンのエストロゲンが感染症への防御壁になっているらしい。また、細胞死に関係するカスパーゼ(caspase)12という酵素がエストロゲンによって制御され、それが感染症への抵抗性に影響を与えているのではという研究もある(※8)。

 さらに、人間の小児の女性の場合、火傷を負った後の回復が男性より早いことが知られている(※10)。これは身体の中で作られるステロイドホルモンや成長ホルモンの量が性差によって影響していると考えられ、これらホルモンの抗炎症作用が火傷の治癒に関係しているようだ。ただ、このあたりの詳しいメカニズムはまだよくわかっていない。

 インフルエンザなどの感染症に対し、一般的に女性のほうが男性よりも耐性が強いようだが、これは性ホルモンだけでなく鉄などの代謝系の性差が関係することも示唆されている。さらに言えば、インフルエンザにかかった際、男性のほうが大げさに騒ぎたて、女性のほうは冷静で罹患が顕在化していないなどということも考えられる(※11)。

 今週末には大学入試センター試験もある。筆者の甥っ子も試験に挑むが、男性がインフルエンザにかかりやすいかどうかは別にして男女ともにインフルエンザのリスクをよく知って予防することをオススメする。

※1:Constance A. Nathanson, "Illness and the feminine role: A theoretical review." Social Science & Medicine, Vol.9, Issue2, 57-62, 1975

※1:Harald Engler, et al., "Men and women differ in inflammatory and neuroendocrine responses to endotoxin but not in the severity of sickness symptoms." Brain, Behavior, and Immunity, Vol.52, 18-26, 2016

※1:Virginia Zarulli, et al., "Women live longer than men even during severe famines and epidemics." PNAS, doi: 10.1073/pnas.1701535115, 2017

※2:Anne Case, Christina Paxson, "Sex differences in morbidity and mortality." Demography, Vol.42, Issue2, 189-214, 2005

※3:Robert E. Sorge, et al., "Olfactory exposure to males, including men, causes stress and related analgesia in rodents." nature methods, Vol.11, 629-632, 2014

※4:S L. Klein, "The effects of hormones on sex differences in infection: from genes to behavior." Neuroscience & Biobehavioral Reviews, Vol.24, Issue6, 627-638, 2000

※5:Marlene Zuk, Kurt A. McKean, "Sex differences in parasite infections: Patterns and processes." International Journal for Parasitology, Vol.26, Issue10, 1009-1024, 1996

※6:Robert Poulin, "Sexual Inequalities in Helminth Infections: A Cost of Being a Male?" The American Naturalist, Vol.147, No.2, 1996

※7:Ian Marriott, et al., "Sexual dimorphism in innate immune responses to infectious organisms." Immunologic Research, Vol.34, Issue3, 177-192, 2006

※8:Garabet Yeretssian, et al., "Gender differences in expression of the human caspase-12 long variant determines susceptibility to Listeria monocytogenes infection." PNAS, Vol.106, No.22, 2009

※9:M G. Jeschke, et al., "Sex differences in the long-term outcome after a severe thermal injury." Shock, Vol.27(5), 461-465, 2007

※10:Trude H. Flo, et al., "Lipocalin 2 mediates an innate immune response to bacterial infection by sequestrating iron." nature, Vol.432, 917-921, 2004

※11:B Karshikoff, et al., "Modality and sex differences in pain sensitivity during human endotoxemia." Brain, Behavior, and Immunity, Vol.46, 35-43, 2015

※2018/01/11:1:30:※1:Virginia Zarulli, et al., "Women live longer than men even during severe famines and epidemics." PNAS, doi: 10.1073/pnas.1701535115, 2017を追加した。

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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