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なぜ「夜に爪」を切ってはいけないのか

石田雅彦サイエンスライター、編集者
(ペイレスイメージズ/アフロ)

 すっかり年末モードで仕事納めが待ち遠しい感じだが、年末年始は忘年会や新年会、大晦日の年越しなどがあり、生活リズムを崩しがちだ。ところで、今年をちょっと振り返れば、ノーベル生理・医学賞はサーカディアン・リズム(概日リズム、体内時計)のメカニズムとその遺伝子を発見した研究者に与えられた。

 サーカディアン・リズムについてここで詳しく説明しないが、簡単に言えば人間などの生物には太陽が昇って朝になり日が沈んで夜になる1日のリズムに合わせた身体の反応がある。

SNSでサーカディアン・リズムがわかる

 例えば、皆さん大好きなSNSにもサーカディアン・リズムが影響している。英国のブリストル大学の研究者が調べたところ、Twitterへのポジティブなつぶやきとネガティブなつぶやきがサーカディアン・リズムと関係していることがわかったと言う(※1)。

 この研究では、英国におけるTwitterにつぶやかれた言葉を4年間、分析し、ポジティブな感情(喜びや笑い、活力を含む)と怒りや悲しみ、疲労に関連する言葉を分けて拾い出し、季節、平日と週末、1日などの周期性を比べてみた。人間の活動時間によってつぶやき数が変動するのは当然だが、平日と終末で感情変化に大きな違いがあり、悲しみの感情は平日の朝6時が最小だが8時になると最大になる。

 これが週末になると、悲しみは午前9時に最小になった。また、怒りの感情は2つの谷があり、平日の午前7時と10時に最小となり、深夜の2時に最大になった。

 一方、ポジティブな感情は、午前5時に最小で9時まで増えていく。平日の場合、こうした1日のパターンは季節には関係しなかったが、週末の感情には季節との関連が示唆されたようだ。仕事をする平日は日の出などの変化より、時刻によって感情が影響を受け、週末になると本来のサーカディアン・リズムを取り戻すのだろうか。

 サーカディアン・リズムは太陽光線に強く関係していることがわかっているが、それを感知する身体のセンサーはまず目だ。目が太陽の光を感じ、それが脳へ伝えられて1日のリズムがセットされる。また、皮膚も太陽光線を感じるセンサーだろう。

 皮膚はサーカディアン・リズムのセンサーであると同時に、サーカディアン・リズムが皮膚の再生や老化、がん、免疫などに影響を与えていることも次第にわかってきた。人間の皮膚は複雑な層状になっていて、それぞれのレイヤーでサーカディアン・リズムと関係した働きを示す。

 環境変化などのストレスが皮膚の毛根などから伝わると、サーカディアン・リズムがそれを調整する。例えば、皮膚を介してサーカディアン・リズムが身体を正常な状態に戻したり、幹細胞の働きを活発にしたりするようだ。皮膚には多種多様な微生物が共生し、身体の免疫系とバランスを取りながら暮らしているが、彼らとの関係にもサーカディアン・リズムが大きな役割を果たしている。

 また、サーカディアン・リズムは感染にかかりやすい時間帯に免疫応答を活発化させ、そうでないときに抑えるような働きもしているようだ。実際、皮膚の免疫系遺伝子はサーカディアン・リズムと同調することがわかっている。そのほか、皮膚のメラニンやメラノーマなどの皮膚がんにも関係しているらしい(※2)。

夜の火傷は6割も治りが遅い

 昼夜逆転するような生活でサーカディアン・リズムが崩れると、免疫系が変調をきたして感染症にかかりやすくなったり、傷が治りにくくなったりするようだ。

 例えば、サーカディアン・リズムを乱して不整脈を起こさせたハムスターを使った米国シカゴ大学などの研究者による実験では、サーカディアン・リズムを戻すと傷の治りが早くなった。一方、サーカディアン・リズムには関係なく作られた不整脈ハムスターのサーカディアン・リズムを乱すと傷の治りが遅くなったと言う(※3)。

 また、昼夜の違いによっても傷の治り方に違いが出ることがわかっている。英国のMRC分子生物学研究所などの研究者の研究(※4)では、活動が活発になる時間帯と活動が不活発になる時間帯、例えば昼と夜とのように分けてマウスに傷を付けてみたところ夜の傷のほうが治癒が遅かった。

 また火傷をした人間の患者のデータを分析したところ、夜間の患者は昼間の患者よりも治り方が60%遅かったようだ。これは、細胞を修復するアクチンというタンパク質の産生にサーカディアン・リズムが関係し、皮膚の修復能力がサーカディアン・リズムにコントロールされていることを意味する。傷や火傷の治りが遅い場合、サーカディアン・リズムの影響があるのかもしれず、研究者は手術の時間帯など臨床にも影響を与える可能性もあると言う。

 サーカディアン・リズムは皮膚のみならず、神経や内臓の働き、代謝サイクルなど身体の様々な機能に大きな影響を与えている。だが、サーカディアン・リズムの研究は始まったばかりでまだわからないことも多い。

 よく「夜に爪を切るな」などと言うが、昔の夜間照明は暗く、深爪したり皮膚を切ってしまったりすることも多かったのだろう。それを戒めるための伝承だが、もしかしたら昔の人は夜の傷が治りにくいことを知っていたのかもしれない。

※1:Fabon Dzogang, et al., "Circadian mood variations in Twitter content." Brain and Neuroscience Advances, Vol.20, 1-14, DOI:10.1177 / 239821281774450, 2017

※2:Maksim V. Plikus, et al., "The circadian clock in skin: implications for adult stem cells, tissue regeneration, cancer, aging, and immunity." Journal of Biological Rhythms, Vol.30(3), 163-182, 2015

※3:E J. Cable, et al., "Circadian rhythms accelerate wound healing in female Siberian hamsters." Physiology & Behavior, Vol.171, 165-174, 2017

※4:Nathaniel P. Hoyle, et al., "Circadian actin dynamics drive rhythmic fibroblast mobilization during wound healing." Science Translational Medicine, Vol.9, Issue415, 2017

サイエンスライター、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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