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秀才かワルか〜「思春期」の脳刺激

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:アフロ)

 思春期にさしかかると、人間の多くは自我が目覚め、反抗期が始まり、その不安感からさらに精神的な混乱が生じる。二次性徴により男性は喉仏が出たり骨太になったりして男っぽくなり、女性は生理が始まったり皮下脂肪がつきやすくなったりし、体格も変化していわゆる「心と体」がアンバランスになりやすいのもこの頃だ。

思春期には脳も大変化

 思春期の頃には、人間の脳の中にも大きな変化が起きている。簡単に言えば、脳の中の自分を律する部分と欲望を充足させたい部分が拮抗し、せめぎ合いながら成長するのだ。

 大人の世界に興味を抱き、あえて危険な行動に身をさらしたり、バイクなどで暴走行為をするように、高いリターンが得られるような気がするとハイリスクをいとわない。報酬に対して過度な期待が起き、リスクを顧みずに行動するというわけだが、普通なら理性が抑制するはずが、その機能がうまく働かない時期でもある。

 こうした思春期特有の脳の変化では、fMRI(機能的MRI)による分析で、脳の前頭皮質や脳の内部にある線条体という部分の感受性が増加していることがわかってきた(※1)。例えば、思春期の年代の脳をfMRIで調べたところ、金銭的な報酬をもらったときに線条体の感受性が高まるようだ(※2)。

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このグラフは、年齢の変化ごとの前頭皮質(青、Prefrontal cortex)と線条体(赤、Striatum)の成長と機能強化をわかりやすく表したもの。前頭皮質が比例的に増えていくのに比べ、線条体のほうは思春期の時期に急激に増え、その後はなだらかになっている。イメージで定量的なものではない。Via:Leah H. Somerville, B J. Casey, "Developmental neurobiology of cognitive control and motivational systems." Neurobiology, 2010

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年代による前頭皮質と線条体の相互関係の違いの概念図。PFCは前頭皮質(Prefrontal cortex)、Striatumは線条体で色の濃さが働きの強弱を表す。子どもの頃、2つはほぼ拮抗しているが、思春期(Adolescents)の脳は赤の線条体が強く、大人になると逆に前頭皮質が強くなる。Via:Leah H. Somerville, B J. Casey, "Developmental neurobiology of cognitive control and motivational systems." Neurobiology, 2010

 こうした脳の変化により、思春期の少年少女を危険な行動に駆り立てることが多くなるわけだ。飲酒運転や薬物、フリーセックス、暴力行為などに興味を持ち、犯罪に巻き込まれることも少なくない。線条体や前頭皮質の一部の報酬系が強化され、報酬感受性の高い刺激を受けることで脳が反応してしまう(※3)、というわけだ。また思春期には、悪い仲間によるピア効果がより刺激を高めることもわかっている(※4)。

報酬系刺激で学習能力が向上

 だが、脳の働きは想像以上に複雑だ。オランダで行われた研究(※5)では少し異なった結果が出ている。8歳〜10歳(13人)、12歳〜14歳(15人)、16歳〜17歳(15人)、19歳〜26歳(15人)の4グループの男女にギャンブルをしてもらったところ、報酬を得られればハイリスクを選択するのは年齢を問わなかったが、報酬が低くなるとリスクを取らなくなった。

 この研究では、低リスクを選ぶ脳では外側の前頭皮質が、高リスクを選ぶ脳では腹側の前頭皮質がそれぞれ活発になっていたらしい。前頭皮質の部位でも思春期で活発になる部分、そうでない部分の違いがあるようだ。また、これは思春期の脳ではないが、前頭皮質は報酬の制御系にも関係しているようで、例えばタバコを吸いたい、という気持ちを抑えようとするときに前頭皮質の二カ所の部位が連携して活発化するらしい(※6)。

 最近になってわかってきたのは、前頭皮質の発達は単純ではなく、それが思春期の脳の脆弱性を表している、ということだ。つまり、思春期の時期にどんな環境に置かれていたのか、社会的な関係はどうか、イジメに合わずに公平に扱われたか、感情にどのような刺激が与えられたのか、などによって少なくとも前頭皮質の発達に大きな影響を与えるのではないか、と考えられている(※7)。例えば、思春期からタバコを吸ったりすれば、前頭皮質の報酬系に何らかの影響を及ぼすことは十分に考えられるのだ。

 そこでfMRIによる一時的な分析ではなく、同じ被験者を時間的なインターバルをおいて脳の変化を探る研究が多くなってきた。例えば、米国のカリフォルニア大学バークレー校の研究者が、まず10歳から25歳(75人)を対象にfMIRで脳のスキャンデータを取り、半数が脱落したが同じ被験者(33人)を2年後に調べた結果、腹側線条体と内側前頭皮質が活発になることがわかった、と言う(※8)。

 そんな思春期の脳研究に最近、新たな知見が加わった。英国の科学雑誌『nature communication』に掲載された論文(※9)によれば、思春期に大きく成長する線条体へ上手に報酬刺激を与えれば学習能力が高まるかもしれない、と言うのだ。

 これはオランダのライデン大学の研究者による5年間の追跡研究だが、彼らはまず8歳〜25歳(男女271人)を、その2年後に再び10歳〜27歳(同じ233人)を、さらにその2年後に12歳〜29歳(同じ232人)をそれぞれfMRIで脳スキャンし、データを取った。そして、スキャン時に児童版と成人版のウェクスラー式知能検査を受けてもらい、言語性と動作性のIQのデータも合わせて取った。

 すると予想通り線条体の活動は17歳〜20歳の間に活発化したことがわかった。さらに、線条体の活発化と関連する報酬刺激に対して反応が高いとIQが良好な結果になった、と言う。つまり、報酬刺激に敏感な被験者のほうが成績がいい傾向にあったのだ。

 線条体の成長と報酬系は思春期の少年少女を危険な行為に誘うなどネガティブな影響を与える、とこれまで考えられてきた。だが、この結果が正しければ思春期の報酬系刺激を上手に使うことでプラスの効果も期待できることになる。

 人間の脳はなかなか一筋縄ではいかない。思春期の脳にどんな刺激をどう受けるかによって、秀才になるか悪ガキになるか決まる可能性もあるのだ。

※1:Leah H. Somerville, B J. Casey, "Developmental neurobiology of cognitive control and motivational systems." Neurobiology, Vol.20, 236-241, 2010

※2:Van Leijenhorst L, et al., "What motivates the adolescent? Brain regions mediating reward sensitivity across adolescence." Cerebral Cortex, Vol.20(1), 61-69, 2010

※3:A Galvan, et al., "Risk-taking and the adolescent brain: who is at risk?" Developmental Science, Vol.10(2), 2007

※3:Elizabeth P. Shulman, et al., "Severe Violence During Adolescence and Early Adulthood and Its Relation to Anticipated Rewards and Costs." Child Development, Vol.88, Issue1, 16-26, 2017

※4:Jason Chein, et al., "Peers increase adolescent risk taking by enhancing activity in the brain’s reward circuitry." Developmental Science, Vol.14(2), 2011

※5:Linda Van Leijenhorst, et al., "Adolescent risky decision-making: Neurocognitive development of reward and

control regions." Neuroimage, Vol.51, 345-355, 2010

※6:Takuya Hayashi, Ji Hyun Ko, Antonio P Strafella, Alain Dagher "Dorsolateral prefrontal and orbitofrontal cortex interactions during self control of cigarette craving." Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, DOI:10.1073/pnas.1212185110, 2013

※7:Eveline A. Crone, Ronald E. Dahl, "Understanding adolescence as a period of social-affective engagement and goal flexibility." Nature Reviews Neuroscience, Vol.13, 636-650, 2012

※8:van Duijvenvoorde, ACK, et al., "A cross-sectional and longitudinal analysis of reward-related brain activation: Effects of

age, pubertal stage, and reward sensitivity." Brain and Cognition, Vol.89, 2014

※9:S Peters, E A. Crone, "Increased striatal activity in adolescence benefits learning." nature communication, DOI: 10.1038/s41467-017-02174-z, 2017

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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