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宇宙飛行士を「宇宙放射線」からどう守るのか

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
ESA(欧州宇宙機関)の火星探査試験(写真:ロイター/アフロ)

 先日、日本人の金井宣茂宇宙飛行士を乗せたソユーズ宇宙船が打ち上げられ、無事にISS(国際宇宙ステーション)へ向けて飛行を続けているようだ。金井飛行士は、ISS第54次/第55次長期滞在クルーとしてISSで実験し、地球への帰還は約6ヶ月後の2018年6月となる。

 また、米国のトランプ大統領が月面開発を指示し、火星探査にもハッパをかけたようだ。どちらも実行されれば、短期的な宇宙ステーション滞在とは比べものにならないほど長期間の宇宙飛行になるだろう。

危険な宇宙線が飛び交う空間

 大気圏外、つまり宇宙を飛び交う宇宙線には、銀河宇宙線(Galactic cosmic rays、GCR)や1次宇宙線(Primary cosmic rays)などがあるが、これらの実態は高エネルギーのHZEイオン(※1)だ。銀河宇宙線や1次宇宙線が主な宇宙の放射線で、太陽フレアなどからもHZEイオンが生まれ、また宇宙の彼方で超新星爆発などが起きてもHZEイオンが飛び出す。

 また、HZEイオン以外に、高エネルギーの陽子やヘリウム核も宇宙放射線を構成する。さらに、これらの宇宙放射線が、宇宙船や宇宙服にぶつかると、それらが相互作用してX線やアルファ粒子、電子(ミュオンを含む)、中性子などの2次放射線(Secondary cosmic rays)が生じる。宇宙飛行士は宇宙へ飛び立ったときから、常にこれら宇宙放射線にさらされているわけだ(※2)。

 宇宙放射線にさらされると遺伝子が傷つけられ、発がん、白内障、心臓病、変性組織疾患、骨髄やリンパ節の損傷、HZEによる中枢神経の損傷、そして急性放射線症候群などのリスクが高まる。米国のNASA(アメリカ航空宇宙局)は、放射線の暴露リスク基準(risk of exposure-induced death、REID)を定め、宇宙飛行士の年齢や性別、喫煙などの生活習慣などを評価に入れつつ、リスクを3%以下(信頼区間95%)にしなければならないとしている。

 ただ、可能な限り不確実性を排除するため、このリスク基準はこれまで何度か改訂されてきた。宇宙の滞在期間や船外活動などのミッションを考慮し、新たな知見が基準策定に加えられてきたというわけだ。

日本人宇宙飛行士も被曝量を測定

 日本のJAXA(宇宙航空研究開発機構)も、国際宇宙ステーション(ISS)の実験棟「きぼう」で宇宙放射線を計測し、ESA(欧州宇宙機関)やロシアとも共同実験(マトリョーシカ実験)を行うなどしている。また「こうのとり」などの人工衛星を打ち上げるのと同時に、PADLESという線量計を使った宇宙線の計測を行い、金井宇宙飛行士らもストラップ型の線量計(Crew PADLES)を携行して宇宙放射線のモニタリングをしているようだ。

 JAXAによれば、ISSに滞在中の宇宙飛行士は1日あたり0.5〜1ミリシーベルトの宇宙放射線を被曝するから、ISSの宇宙飛行士が半年間180日、宇宙に滞在すると最大で180ミリシーベルト(0.18シーベルト)被曝することになる。JAXAの放射線防護管理は、ICRP(International Commission on Radiological Protection、国際放射線防護委員会)の基準により生涯の被曝線量から決められ、41歳の金井飛行士の生涯被爆制限値は0.95シーベルトだ。

 我々が地球上で受ける自然放射線による被曝線量は、1年間で平均約2.4ミリシーベルトと言われている。つまり、地球へ帰還後の余命が仮に50年として90歳で天寿を全うすると仮定しても、地上の被曝線量は90年間で0.216シーベルトになり、ISS滞在中の0.18シーベルトと合計0.396シーベルトで0.95シーベルトの制限範囲内に収まる。この制限範囲内なら追加であと何度か宇宙へ行くことも可能だろう。

長期間の宇宙飛行に課題

 半年といった短期間の宇宙滞在の場合、被曝線量はそれほど多くない。だが、往復に最低でも2年はかかると言われている火星探査では0.73シーベルトも被曝してしまうことになる。その間、太陽フレアなどで高いエネルギーの宇宙放射線が発生することも考えられ、被曝量を予測することは難しいだろう。

 また、宇宙船の被曝で宇宙飛行士の健康に悪影響が出た場合、すぐに地球へ引き返して治療することもできず、ミッションの続行も難しくなる。つまり、火星探査を含む長期的な宇宙開発計画では、いかにして宇宙飛行士を宇宙線から守るかが重要な技術的な課題になるのだ(※3)。

 これは宇宙飛行士だけの問題ではない。人間と共生している細菌や寄生虫を完全に除去して宇宙船へ乗り込むことは不可能だ。彼らが宇宙線に被曝してどんな変化をするか、まだはっきりとわかっていない。こうした共生菌の振る舞いも、長期の宇宙滞在では不確実なリスクとなるだろう。

 この課題について、NASAやESA、JAXAなどが対策を研究している。例えば、宇宙船や宇宙服の構造や機能を宇宙線を通しにくく強化したものにする、内服薬などで放射線の悪影響を抑える、などだ。また、火星探査の宇宙飛行士を、例えば50代から人選し、放射線からの影響を受けにくい年代に絞る、といった案もあるらしい。

 さらに、倫理的にも法的にも問題はあるが、宇宙飛行士を遺伝的に「改造」し、宇宙線に強い体質に換えたらどうか、という提案もある。これはいかにもSF的だが、サイボーグやアンドロイドに宇宙開発をさせる、という話にもつながっていくだろう。

 いずれにせよ、NASAが想定している3%よりリスクは高まる。これを乗り越えなければ、さらなる宇宙開発は難しい。人類はこのハードルをどう克服していくのだろうか。

※1:陽子(proton、プロトン)と中性子(neutron、ニュートロン)から構成される原子核で、陽子の数を「原子番号(atomic number)Z」と呼び、HZEというのは高(high)い原子番号Zのエネルギー(energy)という意味。

※2:NASA, "Space Radiation Cancer Risk Projections and Uncertainties- 2010." NASA, 2011

※3:Christine E. Hellweg, Christa Baumstark-Khan, "Getting ready for the manned mission to Mars: the astronauts’ risk from space radiation. Naturwissenschaften, Vol.94, 517-526, 2007

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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